アイリーン・プリンセスVS太平法師
肌を伝う感覚。抑えていた自分の異能が足先から脳天にまで浸透していく感覚にアイリーンは思わず顔を歪めたくなる。
異能『反転』における様々な変化。
そのうちの一つである性格の変化は彼女にとって受け入れ難いものであり、しかしこの場においてはそれが必要だと思い渋々ではあるが受け入れる。
「………………ここからが本番ということですか」
その変化は対峙する太平法師からしてもすぐにわかるものであった。
アイリーン・プリンセスを包む空気の変化は実に顕著であり、太平法師が感じた通りであるのならば、先ほどまで彼女を包んでいた空気は、丸みを帯びた穏やかな気質であった。
これは対峙した相手を油断させたり、全力を発揮させにくくする空気で、これが亡くなった代わりに彼女が纏ったのは、刺々しい、それこそ肌を貫くほど鋭い敵意を込めた空気であった。
(露骨すぎますね)
間違いなく命の危機に繋がるものに違いなかったのだが、太平法師は内心で嘲笑った。
つい先ほどまでの空気はありていに言ってしまうと『戦いにくい』空気であった。
どこか気の抜けた空気であり、その空気に意識を流されないよう集中する必要があったのだ。
だが、今その厄介だった空気は霧散した。
となれば目の前にいる大敵に意識を注ぐことが出来るようになり、勝率が上昇したと踏み、太平法師は底意地の悪い笑みを顔に張り付け、
「――――――ふ!」
「は――――――あっ!?」
そんな無意味な思い込みは、一秒後には砕かれていた。
顔面に訪れた衝撃と強烈な熱。
すなわちアイリーンの放った、黒い光を纏った、能力などロクに使っていない拳の一撃によって。
「悪いけど、もうあなたに手番は回さない。最初から最後まで、私の時間よ」
いや訪れた衝撃は一度だけではなかった。
続けて腹部に襲いかかると体内に存在していた酸素全てが体外へと向け排出され、第三第四と太平法師の無防備な全身に、拳と蹴りが叩き込まれ続ける。
(なん………………なの。この重さは!)
驚くべきはその威力。光属性単一ならば、よほどのことがなければ出せない『重さ』が、アイリーンの掌を纏う薄い黒光から飛び出してきていたのだ。
「行きなさい!」
場の状況が、想定している以上に大きく変化した。
そう理解した太平法師の一手は迅速だ。
十分な余裕を持って展開していた光の獣。そして自分を守るように漂わせていた鋼属性を籠めた護符。
『黒い海』を纏ったこれらは触れるだけで相手を発狂させる狂気となっており、その効果を遺憾なく発揮させるよう、太平法師が指揮。
千を超える護符と百を超える光る獣は、汚染された状態でアイリーンへと距離を詰め、
「刃!」
「なぁ!?」
その悉くを黒く変色したナイフの雨が蹂躙する。
千の護符も百の獣も全て、アイリーンが背後に展開し射出したナイフにより撃ち抜かれ、原型を崩したかと思えば消滅し、
「鞭!」
「~~~~~~!!?」
彼女の持つ異能『反転』により、脆さを固さに逆転させた光の鞭が目で追えぬ速さで振り回され、太平法師の周りを守っていた肌を、その向こう側に存在していた薄いものの強固な僧衣を引き裂き、最奥にある肌と肉をえぐり取った。
「仲間の事を木偶の棒と言っていたけど」
「!」
「それは貴方も同じではなくて?」
普段のアイリーンであれば決して発さない愉悦を感じさせる声に合わせ、勢いよく繰り出された回し蹴り。それは太平法師の脳天を正確に捉え――――首から上を弾け飛ばした。
「………………あら?」
予想よりも遥かに易々と致命傷を与えられた………………というよりは脆すぎる頭部を前にして困惑するアイリーンであるが、疑問の答えはすぐに示される。
「私が木偶の棒?」
「そんなわけがありません」
「我こそは数多の秘術を学び、会得し、駆使する存在。すなわち太平法師!」
「であれば」
「この程度のこと造作もない!」
頭部を失った太平法師の肉体は、粉々に砕けた大地に衝突すると同時に飛散。
見計らったかのようなタイミングで瓦礫の山や建物の残骸から顔を出したのは十人の太平法師で、全員が無表情の白い能面を被り、アイリーンへと腕をかざす。
「壁!」
「光属性が逃げまわらずに真正面から受けに回りますか! 豪胆ですね!」
これにより生み出されたのは鋼属性を込めた無数の護符ではない。『黒い海』を固め、護符の形にしたもの。端的に言うと先ほどまでと同じ即死攻撃の嵐で、アイリーンが地面から生やした光の壁を砕くのではなく飲み込み、そこから無数の腕へと変貌し彼女へと迫っていく。
「やはり逃げるのですね!」
距離を取るアイリーンを目にして嘲笑う太平法師は、しかし数秒後、再びその笑みを凍らせることになる。
「――――糸」
太平法師の見ている前で、アイリーンの体の至る所から黒く輝く糸が零れる。
「――――帯」
それは紡がれた言葉に沿うように、目にも留まらぬ速度で編まれていき、幅五十センチほどの、長さに関しては測ることのできない規模の、巨大な編み物へと変化。
「ふっ!」
アイリーンが気合の入った声に合わせて振り抜けば、十分な硬度を備えた光帯は万物を断つ斬撃となり五人の太平法師を切断し、右腕前腕を細かく動かせば、続けて迫る脅威全てを断ち、防ぐ、変幻自在かつ強固な盾となった。
「こ、こんな――――――こんな事が!」
『黒い海』を固めた護符が呆気なく退けられ、残っていた五体のうち四体の太平法師が瞬きほどの間に消え去った。
急いで生み出し続ける獣たちは動くよりも早く、降り注ぐ黒い刃の弾幕に押し負け形を失う。
「あ、アイリーン・プリンセスゥゥゥゥ!」
振り返ってみれば一から十まで圧倒された戦いの結末に、太平法師の口から怨念に染まった声が零れ、
「名乗った覚えはないのだけど。いえ待ちなさい。それに加えてさっき呟いた千年って単語は…………」
と同時に呼ばれた本人は驚いた様子で目を見開き、
「…………操作型と断じたさっきの予想は撤回するわ。あなた――――イグドラシルね」
「ッッ!」
「ホント、趣味悪い」
たどり着いた真実を告げた直後、太平法師――――否、彼女の体を操作していたイグドラシルが驚きから身を強張らせ、
「私は所詮千年前から流れ着いた流浪の身。現代の未来を左右する土壇場に出るつもりはない」
「う、がぁッ!」
撃ち込む。鞭でも帯でもなく、黒い光を纏った拳をしこたま打ち込む。
「まぁ最悪に向かって一直線! 止める人が誰もいない! なんて状況なら恥を承知の上で壇上に立つのだけど、今回の場合その必要はないみたい」
「ッッッッ!」
彼女が大事そうに掴んでいる錫杖を粉々に砕き、手足胴体顔面全てが腫れるどころか凹んで抉れるほどの勢いで殴り続け、
「だから、おとなしく最上階で待ってなさい。希望の未来を胸に秘めた子供たちが、必ず貴方の野望を食い止める!」
立っていられなくなるほど追い込んだところで静止。
血でべとべとになった白手袋をイグドラシルに乗っ取られていた太平法師の頭部にかざし、
「封魔の鎖!」
短くそう呟くと、直後に太平法師の体が無数の光る鎖で雁字搦めに。
「棺よ! この哀れなる魂に安らぎを!」
続けて真下から現れた長方形の光る棺が太平法師の体をすっぽりと収め、それが戦いの終わりを示していた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
アイリーンVS太平法師は今回の話でひと段落。ただもうちょっと説明したいことがあるので、次回に続きます。
そしてその後は内部での最終決戦が始まっていくのですが、一旦休止で。
というのもまた企業が行ってる賞に投稿しようと思うので、お休みをいただくことになります。
詳しい話はまた次回で。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




