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仮面の狂軍 八頁目


 月光はなおも白亜の大都市ラスタリアを照らさず、争いの激しさを示す業火が、白い僧衣を身に纏った浅黒い肌をした美女と、白い紳士服に白手袋を嵌めた、皺ひとつない綺麗な肌をした美女を移す。


「役に立たない木偶の棒が落ちましたか」

「………………そうみたいね。これで一気に状況はこちらに傾いたわ。このままでいいの?」

「古い時代の住人というのは、頭まで古いのですね。彼一人負けたところで戦況は変わりません。私にギルガリエ殿、それに指示を出せば従う僕がいる。これを思えば、木偶の坊の失脚など指先が少し傷つけられた程度です」


 戦場を支える一要素。オグノム・バローダが鉄閃とブドーにより封印された。

 それにより生じた大きな力の消失は少々離れていた位置にいる太平法師とアイリーンにまで届き、不意に行った挑発には失笑で返される。


「アハァ!」

「下品な笑い方ね。新しい時代の人らは品性を置いて来たのかしら?」

「うるさい!」


 それから瞬きほどのあいだに百度、白手袋と錫杖が衝突し、アイリーンは目の前にいる存在、そして『仮面の狂軍』という者達に対する見解を深めた。


 まず第一に彼等の稼働時期と、生まれに関して。


「等羅裸螺イィィィィ!」

「土度百々ォォォォォォォォォ!!」

(千年前の戦争で見た人は………………やっぱりいないわね)


 絶え間なく迫ってくる狂声の数々であるが、その者達の中にアイリーンの見覚えのあるものは一人として存在しない。迫る相手の仮面を革靴を履いた長い脚の一撃で砕いては頭の中の記憶とすり合わせているが、どれもこれも知らない顔であった。


(意味があるかはわからないけど、集められるなら情報は集めておくべき!)


 つまりこれは『仮面の狂軍』と呼ばれる存在が自分らが居た時代より後に生まれたという事を示している。


(強さはまちまち。あの番号は………………仮面の製造年月かしら?)


 個々の強さに関してもわかる事があり、彼ら個人個人の強さは、本体性能の差も重要だが被っている仮面の性能も重要で、封印した面々の仮面の中には製造年月が記されている物もあったのだが、一歩抜きん出た強さの者は、現代に極めて近い製造年月の仮面を被っている場合が多かった。

 

 要約すると、イグドラシルはかなり古い時代から数々の強者を集めているとはいえ、目立つ強さを持つ者は極少数。現代に近い者に限るということ。

 この考えが正しいとすればオグノム・バローダは現代の猛者かつ最新の仮面を被っている存在。

 つまり決して軽視できる存在ではないはずで………………、


(奥の手を隠してる?)


 そこからアイリーンの考察は更に先へ。

 太平法師と名乗る目の前の存在が語る言葉が嘘でないとするなら、まだ何か大きな厄災が待ち受けているという結論に至る。


「そこです!」

「考え事ばかりしてる場合じゃないかしらっ!」


 集まった情報に関しては『仮面の狂軍』だけではない。目の前にいる太平法師という女性に対しても同じである。


(やりにくいわね)


 結論から言ってしまえば、彼女はアイリーンととても似たタイプの戦士であった。

 手にしている錫杖は神器ではないが神器と同格に近いレベルの『名品』で、込められた粒子を光属性に変換し、光の獣として放出する術式が付与されている。


「貴方の事は知っていますよアイリーン・プリンセス。確か光属性しか使いこなせない脳筋だとか。ですが貧弱な光属性ではアタシの守りは破れない!」


 これに加え彼女の周りには無数の護符が浮かんでおり、記されている文字に鋼属性を乗せ、攻撃に対し自動で守りを展開する自立式の防衛網を展開。


「でも速度を極めれば突破はできるわ」

「傷跡一つ残さず直してしまいますけどねぇ!」


 それが破られても本体である太平法師が肉体再生の名手であるようで、アイリーンが付けた傷は瞬く間に加わった。


「千年前最強格といってもこの程度! アタシの方が一枚も二枚も上手!」

(光に鋼に水。それに加えて地属性まで!)


 極めつけがそこまで知能的に構築した戦術を組み立てた上で、自身の体に地属性の強化術式を付与していることで、細腕から発せられるとは思えぬ膂力で、炎や月の光を反射する錫杖を振り回し、建物や地面を破壊している。


「すごいのね。貴方」


 その器用さと天賦の才に感嘆の息を漏らしたアイリーンは、素直な感想を口に。


「――――――――でも残念。頭を弄られてる状態じゃなくて、本来の貴方と戦いたかったわ」


 だからこそ、アイリーンは惜しいと思う。

 戦うのならば、本来の彼女でありたかったと心底思いながら、護符の守り全てを幾重にも重ねた光のナイフで貫き、掲げられた錫杖を手刀で叩き折り、強化された肉体を踵落としで無理やり地面に沈め、


「な、あぁ!?」

「情報によると最新の仮面のタイプは四種類。『学習型』に『技術継承型』。『黒い海』を付与させる『憑依型』にで、よくわからないのがもう一つあるって言ってたけど、それはおそらく『思考誘導型』といったところかしら?」


 戸惑いの息を漏らす彼女を見下ろしながら、『思い返せば違和感は最初からあった』とアイリーンは考える。

 ブドーが『本来の彼女ならばここまで口は悪くない』と言った事。

 加えて様々な洗練された技術は使えるものの、攻撃に偏った力は少なく、そのわりに前に出て自分を倒そうとしてくる違和感。


 それらの要素を重ね合わせた結果、たどり着いた推理であった。


「………………うるさい、ハエ、ですねぇ!」

「あら? 隠し事はもうしなくていいの?」


 とはいえ推理段階であり、断言できるものではなかった。

 ゆえに揺さぶりをかけ正誤についてじっくりと調べようと思っていたアイリーンは、目と鼻、それに口から零れる黒い液体。それ等を纏う錫杖や光る獣を前にして、その必要がない事を理解。


「最新型の仮面は四種類って聞いたけど、貴方のそれは『憑依型』の特徴ってことよね? という事は二つ以上の特徴を重ねる事が出来るってことなのかしら」

「アアアアアアァァァァァァァァァァァ!!」

「甘いわね」

「!?」

「エヴァに延々とぼやかれるのも嫌だし、情報収集はこれでおしまい。ここからは――――――一気に決めさせてもらうわ!」


 並みの者は勿論の事、一流の戦士であろうと恐れ慄く絶叫と醜悪な空気を纏った突撃を前にしてもアイリーンは一歩も引かず、自身の顔を這うように鈍色の線が体の隅々まで浸食。


 時間稼ぎ、相手を食い止めるといった点に特化した形態とは真逆。立ち塞がる相手を殲滅する形態。

 世間一般で語られ続けていた『聖女』と呼ばれる姿とは真逆の形。


 すなわち、敵を殲滅するという意思を具現化した姿になり、鋭い目つきで太平法師を見据え、断言した。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


強者ゆえに行える余裕のある分析回。アイリーンの強さが出てて割と好きなのですが、ちょっと地味ですね。

次回の話は今回の地味目を吹き飛ばすような派手回。

光速かつ超重量が暴れ回ります!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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