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オグノム・バローダを撃墜せよ


「う………………おぉ!?」

「こ、これは痛い! 足が!」


 発射の瞬間を鉄閃とブドーは見逃さなかった。それ以降の槍の軌道に関しても目でしっかりと追えていたという自負がある。

 だというのに槍は二人の肉体を貫いた。二人が行った回避と防御を躱し、貫き、鉄閃は脇腹を大きく抉られ、ブドーは投げ技を行う際に重要となる足腰の一部を。

 鍛え上げられた鋼鉄より硬い筋肉などないかのように、いともたやすく抉り抜かれたのだ。

 その事実と襲い掛かる鉛のように思い絶望を味わいながら二人は戦闘により大いに荒れた地面に着地。

 鉄閃は口から多量の血を吐き、ブドーは両肩を僅かに揺らした。


「なぁブドー。おまえさんいい治癒術は持ってるか?」

「残念ながら止血程度ですな。ゆえにこれは………………中々きつい!」


 ほんの数秒前まで、優位ないし拮抗状態だった状況が覆る。

 その事実と損傷具合から彼らの顔には無数の汗が浮かぶのだが、彼らにとって厄介なことは自分らの傷だけに留まらなかった。


「UUUUUUOOOOOOOOOOOO!!」

「おいおいこりゃ………………!」

「力が膨れ上がっている。話に聞いた学習能力か!?」


 鉄閃にブドーそれにシェンジェン。彼らが戦い始め数分が経過し、対峙していたオグノム・バローダの体が黒く発光する。

 その意味を、彼らは明確に知らずとも肌で感じ取った。


 オグノム・バローダがここまでの戦いにおける経験を学習したのだ。


「ウオウ!」

「ち、いぃ!」


 その結果は瞬く間に。


 今まで大斧を振り抜く事や能力を使うなどの基本的かつ乱雑な動きしかしてこなかった巨体が、その身に似合わぬステップを披露。

 緩急を伴った動きは鉄閃がしっかりと反応するより早く距離を詰め、巨大かつ目立つ刃ではなく、無骨な鈍色の持ち手を前に突き出し、止血だけ済ませられた彼の脇腹の傷に躊躇なく振れた。


「んの野郎っ!」


 速さに重点を置いたその一撃は、肉を抉るような威力を秘めてはいない。

 しかし傷口の表面だけを整える程度のヤワな守りならば貫くことが可能で、触れた瞬間に脇腹の傷から噴水のような勢いで血が溢れ、鉄閃の顔が苦痛に歪み多量の汗が流れた。


「こっちは僕が持たす! だからそいつを!」

「うむ! 負かされた!」


 刻一刻と変化していく状況にシェンジェンとブドーも対応するように動く。

 ギルガリエという存在が恐ろしい事をしっかりと把握した上で、ここでオグノム・バローダを放置する事だけは後々に響くと判断。

 爆炎が生んだ乱暴な光を背景に、悠然とした足取りで近づくギルガリエの前に地上すれすれまで高架下シェンジェンが立ち、片足を想うように動かせないブドーが鉄閃とギルガリエの側にまで迫っていく。


「助太刀する!!」


 両腕を大きく広げ、熊が威嚇するような体制で声を張り上げるブドー。とすればオグノム・バローダの視線はそちらに動き、その隙を突いた鉄閃の槍が分厚い両腕へと向かっていく。


「神器さえ外せりゃやりようはあるんだが………………クソが! 上手く決まらねぇ!」


 だがしかし、彼は思うような成果を得られない。

 繰り出した鋭利な突き二発のうちの一発は右腕に向こう側が見えるほどしっかりとした風穴を開ける事が出来たが、脇腹の負傷が原因でもう一発は左腕を貫くことが出来ず弾かれる。


「ウウウウウウウウウウウウ!!」

「ヤベェ!」


 直後、押し負け一歩後ずさった鉄閃の首を狩るように、大斧の刃は振り抜かれる。

 それは罪人の首を吹き飛ばすギロチンのような空気を発しており、鉄閃は勢いよく後退して回避。鼻先を切り取られる程度の結果で何とか留め、


「ぬぅん!」

「お、汚男!?」


 そうしてオグノム・バローダが鉄閃に意識を向けた一瞬の隙に、ブドーが覆いかぶさりながら足払い。

 そのまま投げ飛ばすようなことはせず、自分ごと大地に沈めた。


「て、鉄閃どのぉぉぉぉぉ!!」

「!」


 そこから普段行うような投げ技ではなく締め技に移行し、狙いを察した鉄閃が複数の鋼属性の槍を生成。もう一度神器を両腕から剥がすために撃ち出すが………………上手くいかない。

 片足が抉られたまま回復しないブドーと、すでに右腕の風穴を塞いだオグノム・バローダでは発せられる出力が大きく異なるのだ。


「宇男卯!!」

「お、おのれぇ!」


 一秒二秒と時間を稼ぎ、左腕を吹き飛ばすだけの結果は得るが、右腕に関しては表皮である肌を傷つけ、その先にある肉を僅かに奪う程度に終わった。


「こ、この程度で諦められるものかぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぶ、ブドー!?」

「後は頼むぞ鉄閃どのぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 しかしブドーは諦めない。鉄閃が刻んだその成果を広げるため、この一瞬に全身全霊を傾ける。

 大斧を持っている右手に全身で巻き付くと、全体重と持ちうる膂力全てを捧げ再び地面へと降下。

 今度は片膝をつかせる程度の結果しか出せなかったが、彼の狙いは『そこ』ではない。


「ふんっっっっっっっっ!!!!」

「ま、マジかテメェ!」


 地面に全身を預けたブドーは、固めることはもちろん立ち上がる素振りも見せず、その場で体を捻る。

 となればオグノム・バローダの右腕はミシミシと軋む音を発したかと思えば耳障りな音をあげながら明後日の方角に折れ曲がり、


「――――おらぁ!」


 その一瞬を突き、鉄閃が放つ正確無比にして全身全霊の突きが着弾。オグノム・バローダの右腕を吹き飛ばした。


 つまり彼の両手はほんの一瞬ではあるが失われ、神器の持つ能力無効化の効果も失われた。

 またとない千載一遇の好機の到来である。


「――――――――――――――――!」

「マジかよ!」


 だがたとえそうだとしても、それで終わるほど『仮面の狂軍』に選ばれる者は弱くない。

 仮面の口部分が割れたかと思えば黄ばんだ歯と、割れた顎。いわゆるケツ顎が露出し、地面へと堕ちていく己が神器を加え、目の前にいる鉄閃への距離を詰める。


「させぬ!」

「おらぁ!」


 直後、敵対する鉄閃とブドーの呼吸が真の意味で一つとなる。

 この一瞬こそ勝負を制するための好機であると認識し、ブドーは急いで腕以上の太さをした右脚に抱き着きバランスを崩し、鉄閃は手にしていた鋼属性の槍の柄で迫る大斧の分厚い刃を真下から渾身の力で小突く。


 この二人の必死の努力により攻撃は鉄閃の頭上を通り過ぎ、


「生まれろ! 命!」


 木属性の粒子を槍の形にすることなく地面へ。

 両腕が凄まじい速度で再生していく彼の体を拘束。

 それを振り払うようオグノム・バローダは再生しかけの腕を暴れさせ、


「――――らぁ!」


 それが終わるよりも早く、木の幹の間から零れている弱所。

 大斧を咥えている顔面と体を繋ぐ首を狙い鋼鉄の槍を振り抜き、


「この非業な行為を、オグノム殿は恨む権利がある。だとしても某らは、意に反し操られ、世界を壊すことになる貴方を止めたかったのだ。ゆえに――――この蛮行を許されよ」


 宙を舞う黒い液体。それを零す発生源たる友の頭部を前にそう告げ、続けて懐から取り出したのはそれぞれ別々の色をした五つのひし形の結晶。

 エヴァ・フォーネスから手渡されたそれをブドーは言われた通りに一つに合体させ、首から上が再生しきっていないにも関わらず動き出したオグノム・バローダの肉体に押し付け、


「じゃあな。オグノムさん。こんな形とはいえ、最後に喧嘩出来て楽しかったぜ」


 鉄閃に見送られながら、五色の刃に貫かれる。

 それは二度三度どころではなく百二百と続き、その結果ひし形を形成したかと思えば縮小。

 そのまま時空の歪みを示す黒い渦を生み出したかと思えば、現世から姿を消し、


「終わった、な」


 ブドーが見守る中、落下していく首が殺い液体となって四散する。

 それは一つの戦いが終わったことの証明。


「う、ぐぅ!」

「おい! 大丈夫か坊主!」

「ギルガリエ殿!」


 そしてもう一人の巨大な障害。

 無所属最強たる槍の名手との死闘の始まりをつげるものであった。





ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSオグノム・バローダはこれにて終了。

前回含め、鉄閃以上にブドーが頑張った感じがある物語であったと思います。

まぁ鉄閃に関しては師匠越えという大きな目標があるので、活躍はそちらで。


次回はところ移って太平法師サイド。その後はついに内部での本戦となります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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