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仮面の狂軍 七頁目


 午前零時を幾分か過ぎ去り、分厚い黒雲が空に浮かんでいる月を隠す。

 とくれば戦場を照らしている淡い光は消え去り、明かりを消し人の営みを明後日の方角へと置いてきた白亜の大都市ラスタリアは闇夜に包まれる。

 だがそれはラスタリアが死の都市と化した事と同義というわけではない。全ての明かりが消え去ったわけではないのだ。


「キリがないわね!」

「なんだなんだ。この程度でグロッキーか聖女様はぁ。面倒なら口の悪い色黒女も私が対処してやろうか?」

「………………そうね。それもありかもね」

「おいこら。本気にするな。私に面倒事を押し付けようとするな!」


 それを示すように夜闇を切り裂くように照らす者。この戦線において最も輝いている聖女アイリーンと不死者エヴァへと向け、死肉を漁る蠅のような勢いで仮面を被った死人は迫っていき、呆気なく落とされたかと思えばすぐに立ち上がり、飽きもせず迫っていく。


「鉄閃殿。お主の事情はある程度は察しが付く!」


 そんな主戦場とは少々離れたところで、炎の華が咲き誇り衝撃が空を衝く。

 その爆発の側にいたのは黄ばんだ道着に身を包んだ益荒男であり、今しがた起きた爆撃を背にしながら、上半身を起こした友の肩を掴み力説。


「だがそれは、ここでは捨てておく………………いや置いておくものだ!」

「………………なんだと?」


 その言葉に、鉄閃は誰の目で見ても明らかなほど明確に不機嫌になる。

 犬歯を見せつけ、鋭い視線と凄まじい殺意を籠め睨みつけるその姿は獰猛な獣そのもので、対峙する相手を竦ませるだけの凄味があった間違いなくあった。


「こだわった結果がお主の敗北。すなわち! 世界の崩壊の危機への一歩となれば、損得が釣り合っていないと言っているのだ大馬鹿者!!」

「………………!」

「………………厳密に言えば、某らは勝つ必要すらないのだ。重要なのは彼ら、オグノム殿やギルガリエ殿を、中で戦う未来ある若者たちの元に届けなければいいのだ!」


 そんな状態の『十怪』の一角を前にしても、ブドーは一歩も引かない。

 自分らがすることを声高に、目の前にいる相手をまっすぐと見つめしっかりと説く。


「うわぁ、すごい声。聞いてるだけでびっくりしちゃうよ」


 子供を叱るように一喝するその声は空に浮かぶシェンジェンの耳まで届き、怒られているわけでもないのに肩を揺らし身を竦める。

 では怒られた当の本人。鉄閃はどうかというと――――――目を丸くして唖然としていた。

 ただそれは、ブドーの発する言葉の意図を理解できなかったからというわけではなく、むしろ一から十までしっかりと把握できたゆえで、


「………………最後の一撃くらいは俺に譲れよお前」

「善処する、としか言えんなぁ」


 浅いため息を一度だけ吐き立ち上がった時には、鉄閃の身を包んでいた執念は消えていた。

 動きと思考を固くする雑念は消え、晴れ晴れとした………………とまではいかずとも、普段通りの戦意と闘気に満ちた笑みと空気が彼の身を纏っており、


「来るよ!」

「ギルガリエ殿ももちろん強いのだがな。見たところ本来のスペックを発揮できていない! 連絡があった際に話されていた『学習型』という奴だろう!」

「となりゃ先に仕留めちまった方が断然楽だな。師匠と一緒にあの野郎に相手をするなんざ地獄だぞ!」


 直後、自身が起こした爆炎から飛び出す二つの影の気配を察知し叫ぶシェンジェン。

 それに対する二人の武人の声と動きに迷いはない。

 呼吸を合わせ、先ほどまでのぎこちなさが嘘のように駆け出し、目標と定めたオグノム・バローダへの距離を詰めていく。


「白!」


 先頭をブドーに譲った鉄閃が真上へと跳躍し、勢いよく投擲するのは光り輝く白い槍。

 全属性最速である光属性の特性を帯びたその槍は、オグノム・バローダが大斧の神器を振りあげようとした瞬間を正確に見定め撃ち出され、それを察知したオグノム・バローダは身を守るため防御態勢に。

 全身を力ませ、己が身を一個の鉄塊とする。


「ぬん!」


 言い方を変えればそれは、体を硬直させ迫る衝撃を受けきる『待ち』の姿勢であるのだが、身動きを取らない事を決めた相手に対し、ブドーという男は滅法強い。

 光る槍が分厚い筋肉の壁に衝突するよりも一歩早く、それこそ光速さえ超える速度で分厚い二の腕を掴み、自身の体を支えとして、持ち上げる。

 単純な力押しとは違う、どんな存在が相手であろうが『投げる』事に特化したその技術は、猛り狂うだけの獣となった存在が振り払えるものではなく、ブドーの身の丈を超える大きさと分厚さを誇る巨体は宙へ。

 直後に鉄閃の放った光る槍はオグノム・バローダの背中に突き刺さり、そんなことなど一切考慮しない様子で、ブドーは宙に浮いた彼の体を自身が思うがままに操作。

 頭が下へ、足先が上へと来るように操る。


「ロッセニムキング!」


 このまま投げ飛ばす。はたまた背中から地面に叩きつけるのがこれまでのブドーであったのだが、此度見せた彼の技は様相が違っていた。

 腕に回していた自身の両腕を仮面を被っている頭頂部へと素早く移動させると、勢いよく真下へ。


「ドライバー!」


 すなわち勢いよく地面に叩きつけ、先ほど鉄閃が作り上げた以上のクレーターを生み出した。


「ムン!」


 そのような一連の動作が瞬く間に終わった瞬間、間に入って来るように動き出したのはギルガリエで、次元を捻じ曲げ不規則な動きを可能とする白い槍を前に突き出しながらブドーへと接近。


「させないって!」


 その間に割り込んだのは、空より戦況を一望するヒュンレイの息子シェンジェンで、つい先ほどと同じように、爆発の華が前触れもなく咲き誇る。一度だけではなく二度三度。五度六度と。


「なんかこれまでとは違う感じの技名だったな。新しい試みか?」

「そうだ! しかし………………………………仮面を壊したところで正気に戻るわけではないのか」


 そうしてシェンジェンが足止めしている中、ブドーは情報を増やしていく。

 第一に、仮面を失ったからと言って、被っている者は戻ってこない、正気を取り戻さない事。

 続けてわかるのは仮面を被っている者には自己再生機能があり、仮面自体も肉体同様蘇るという事。


「うわ! ウネウネして気持ち悪」


 そしてその素になっているのが、今なお世界を破壊するために蠢く『黒い海』であるという事だ。


「なんでぇ。お前さん仮面を取れば、付けてた奴も戻ると思って動いてやがったな」

「まぁ………………そうだな」

「俺にグダグダ説教した奴のやる事じゃねぇな………………とは言わないでおいてやるよ。確かにそれが出来りゃ最高だったからな」

「………………うむ」


 その意味を知り、ブドーと鉄閃は郷愁に浸る。

 なぜなら今の今まで、心のどこかで思っていたのだ。


 目の前にいる見知った顔達は、どうにかすれば自分たちの元に帰ってくるのだと。

 

 そんな淡い期待は今しがた裏切られ、自分たちのような戦う事しかできない輩では、彼らを救えないのだという現実が叩きつけられる。


「気持ちは切り替えられそうか?」

「当然!」


 ただ二人共その事実を悔やみこそすれ引きずることようなことはなく、立ち上がったオグノム・バローダの反撃。

 周囲の大地を凍らせる波動の射程から勢いよく撤退。


「へぇ! 僕と似たことが出来るんだね!」


 続いて行われた凍らせた大地全てを巻き込むような爆発を目にしたシェンジェンの声が弾み、対抗するように強烈な冷気を纏った暴風が発せられる。


「OOOOOOOOOOOOO!!」


 結果オグノム・バローダが起こした爆発は押し返され、シェンジェンが放った万物を凍てつかせる冷気が彼の全身を瞬く間に凍らせ、


「ム無夢鵡夢無霧!!」

「させねぇっての!」


 割って入るように動き出したギルガリエを鉄閃とブドーの二人がかりで阻止。


「切り裂け!」


 二人がそうして時間を稼いでいる内に放った無数の鎌鼬は、一瞬前にシェンジェンが凍らせた木々を、建物を、そしてその向こう側にいるオグノム・バローダさえも飲み込むように突き進み、


「無!」

「………………は?」


 その運命を、ギルガリエが持っていた黒い槍の一閃が覆す。

 鎌鼬の進む進行方向に広がる空間全てを削り、起るはずであったあらゆる事象を無に還る。


「これ、は!?」


 驚くべきはその事実だけではない。

 今の一瞬に見せた、これまでとは比較にならないほど機敏な動きであり、


「牟!」


 続く白い槍の投擲。


「ダメだ。よけきれっ!」

「っっっっ!!」


 それはブドーと鉄閃の防御や回避を完璧に見切り、脇腹と右太ももを射抜いた。




 無双の二槍の壁はなおも高い。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


VSオグノム・バローダ&ギルガリエは続きます。

そして明かされる悲しい事実。残念ながら、死人はどこまでいっても死人。蘇ることはないという事ですね。


さてそんな彼らの戦いですが、ここらがちょうど中継地点。

ギルガリエ攻略のための必死の戦いがここから始まります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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