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仮面の狂軍 六頁目


「弟子は師を超えるのが仕事だ。だからいつか、お前は俺を超えれるほど強くなれよ鉄閃」


 彼が決して退かない理由は言葉にしてしまえばこれだけの事。

 人気のない酒の席で行われた、なんの変哲もない約束にある。


 しかしである。その約束は彼にとってとても重く、忘れられないものであった。


 生まれてから八歳のころまで、彼はロッセニムの貧民街、力なきものが集うような場所で暮らしていた。

 済んでいる者はみな家族がおらず力もない孤独な者達で、着る物、食べる物を奪いあいながら必死に暮らしていた。

 そんなところで生活しているとなれば誰もが野犬のように鋭い目つきをするようになり、幼い頃の彼もそのうちの一人であった。


「たくっ『平和になった』『観光業がうまくいってる』他にも色々と言われてるが、どんな土地であれやっぱこういう場所はあるよなぁ。仕方がねぇ。ここはいっちょ俺が頑張るか!」


 救いの神、否、自由気ままな風来坊であるギルガリエがそんな場所に訪れたのは偶然の事。彼が世直しの旅をしていたゆえで、世界中に届くような若々しい大声と共に、彼らの生活は変わっていった。


 男は日ごとに狩りで取って来た獲物を彼らに与え、自由に動けるようになった者達に闘技場で戦えるような、はたまた一人で狩りをできるための武術を教えていった。

 それは徒手空拳から剣や槍を使う物まで様々で、時折ギルガリエ知り合いが現れては、ギルガリエの専門分野以外を教えたり、気に入った子供を弟子として引き取ったりしていった。


「ほう。お前さんは槍に関して筋がいいな! なら俺直々に指導してやろう!」


 鉄閃がそんな彼に見定められたのは気まぐれ、というより単純に才能があった故だ。

 だからやはり、偶然に近いもの。親近感あってのものではないのだ。


 それでも鉄閃は恩義を抱く。

 他者がどう言おうと、師と交わした大切な約束だと断言するのだ。

 『生涯で唯一された頼み事』それを果たすために、全身全霊を尽くすのだ。


「やっぱやべぇな師匠はっ!!」


 しかし現実は残酷だ。

 如何に彼が才能に溢れ強くなろうと、目の前に立ちはだかる師の死体は突破してきた。


 十の属性の特性を駆使した槍の連撃も、強靭な肉体の躍動も、獣染みた執念も、その悉くが空間を操る力と純粋な技術で跳ねのけられる。

 無数の刺突は黒い槍の一振りにより存在しなかったかのように削除され、合間合間に撃ち出される白い槍は、鉄閃の動きを見切ったように防御をすり抜け彼の体に生傷を刻む。


「――――ちっ!」


 今という瞬間まで磨き抜かれた技の数々が阻まれ、胸に抱いた強い思いに届く気配がない。

 どれほど足掻こうが、伸ばした腕は振り払われ、どれだけ抵抗しようが追い込まれる。

 その事実が肉体以上に心を削る。

 焦燥感は秒ごとに増していき、磨き抜かれた獣の技から『冴え』が抜けていき、


「ムンム!」

「しまっ!」


 一際勢いの弱い刺突を繰り出した直後、ギルガリエが掌に装着している籠手が光る槍の切っ先を叩く。

 結果、槍を握っていた鉄閃の右腕は真下へと引きずり下され、ガラ空きになった胸部へと乱暴ながら素早い蹴りが直撃。


「ぎ、ガ!?」


 口から大量の唾を吐きながら鉄閃の肉体は後方へ――――行くはずが、ギルガリエの目の前にある。


「しまっ!?」

 

 それが手にしている黒い魔槍『カオクロフィー』に秘められた能力『空間削除』による『両者間に広がっていた距離の削除』すなわち引き寄せであると気付いた時は時すでに遅し。

 急いで掲げた両腕は師の繰り出された踵落としに耐え切れず二の腕の骨は折れ、その先にある左肩に直撃。


「う、ごぉぁっ!?」


 その場に小さなクレーターを作り上げながら大地に沈んだ彼の脳天へと必中の白い魔槍は掲げられ、


「ムン!?」

「………………あぁ?」


 状況を一変させる爆発が生じたのはその時で、続いて彼の耳を衝いたのは、凄まじく男臭い声による咆哮であった。




「これがこの世界が背負った真相よ。ここまで懇切丁寧に説明すれば、猿並みの頭でも理解できたのではなくて?」


 一方そのころ、別の戦場では仮面の狂軍の指揮官。太平法師が身振り手振りを加えた説明を終える。


「いやまさか………………そんなことが」


 その内容を聞き、彼女を慕っていたブドーの口からは戸惑いが零れる。


「………………お前は今の話を聞いてどう思う? 私とお前は千年間分の記憶がないわけだが………………」

「そうね。これは………………」


 がしかし他の者の反応は大きく異なる。

 まず第一にエヴァとアイリーンは疑いの眼だ。

 太平法師の告げる事実を即座に信じるわけではなく、推し量るように現代を生きるクドルフ・レスターと久我宗介に意識を向けていた。


「いや、これはですね………………」

「………………………………………………聞くに堪えん雑言だ。信用する価値はない」

「そうか。じゃあ潰すか」

「まぁ、そうよね。どのような結論にせよ、まずは、ね」


 問題は二人の美女の意識を向けられたクドルフと宗介なのだが、両者ともに戸惑いはするものの、発する答えに迷いはなかった。

 それは端的に行ってしまえば、クドルフが吐き捨てた通り。

 太平法師の言葉は信じるに値しない妄言であるという事で、エヴァの掌が太平法師に向けられ、アイリーンが己が身を光に変え疾走。


 状況は逆戻り、いや先ほど以上に熾烈なものに変貌した。


「どいつもこいつも話を聞かない猿ばかり! 私の時間を返しなさい!」

「はっ! 好き勝手に語り出したのはお前だろーが!」


 太平法師の非難の絶叫と共に、その場に集まっていた仮面の狂軍が息を合わせたコンビネーションで躍動。約七割がエヴァの放つ虹色の魔弾全てを防ぐ肉盾となり、余った三割が彼女を沈めるため迫っていく。


「前線は任せてもらおう!」

「お前に聖女なんぞと呼ばれてるあの野郎の代わりまでは求めんよ。アイツがあの色黒ビッチを仕留めるまでの時間稼ぎで十分だ」


 そんな彼女を迫る魔の手から守るのはクドルフ・レスターだ。

 彼は宗介が能力で硬度に特化させた両刃剣。すなわちなんの装飾もされていない無骨なロングソードを構えると、迫る魔の手を一つずつ払いのけていく。


「ビッチとは…………貴方の同僚はずいぶんと汚い言葉を使うのですね。説教の一つでもするべきでは?」

「…………その点に関しては反論できないわね」

「おい! 聞こえてるぞクソッタレ!」


 とすれば自由になったアイリーンがするべきことは決まっている。

 目の前にいる小麦色の肌をした僧衣の女性。場を荒らす狂人共の親玉を仕留めることで、その意志を示すように呆れ気味の言葉と共に白手袋を嵌めた右手の手刀は撃ち出され、構えられた錫杖と衝突。そのまま吹き飛ばしていく。


「みんなは否定したけど、私は貴方の話が興味深いものだと思ってるの。だからもうちょっと話しましょう?」

「小癪なっ!」


 のではなくしっかりと掴むと、明後日の方角に投げ飛ばし主戦場から僅かに距離を取る。


「オグノム殿! いざ! 覚悟!」


 となればこの戦場に残る駒はブドーとオグノム・バローダ。


「ところで聞いていいかな! あそこで死にかけの人は君の友人かい!?」

「なにっ!」


 そして制空権を支配し、一時沈めていた爆撃を再び開始したシェンジェンであり、彼の言葉を聞き、ブドーが急いで首をそちらに向ける。

 そこで目にしたのは友である鉄閃が大地に沈められクレーターを作った光景であり、その姿を目にしたと瞬間、オグノム・バローダは手にした大斧を垂直降下。


「危ないって! よそ見するなよ!」


 ブドーの脳天へと迫る凶刃を前にシェンジェンは掌を前に突き出し、


「ぜぇい!」

「え………………うわ、すご! 見ずに捌いた!?」

「オグノム殿の放つ攻撃の軌道ならば! 生前に嫌というほど見たわ!」


 けれど能力が発動する前にブドーは僅かに真横へ移動。

 自身の脳天という狭い範囲を狙った攻撃をあっさりとかわすと、木の幹のように分厚い両腕を自身の巨大な両の掌で掴み、素早い足払いでバランスを崩させると、浮いた巨体を投擲。


「う、オォォォォォォォォォォォォォ!?」


 オグノム・バローダの巨体は白い壁が目立つ建物をいくつも貫き、


「助太刀するぞ鉄閃殿!」

「お、おまえ!」


 ブドーは死にゆく運命にあった鉄閃の前に移動。


「爆ぜろ!」

「務夢!?」


 次いで聞こえてきた幼い声に従うように、無色透明の爆発が最強の槍使いの体を包み込んだ。

 




 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


はい、今回の話は見ての通り、対戦カードの大幅変更です。

で、掲げられたテーマなのですが、これは『因縁のその先へ』というもの。


これは私的な印象なのですが、物語において『因縁』というのは結構重要で果たされるものな印象がありました。

とすればそれを破ることも最近では色々とある気がするのですが、鉄閃の因縁は筆者なりの破り方になります。

その辺の細かい事情は次回以降で。

とりあえず次回以降は、外部の戦いに専念すると思っていただければ


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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