玉座に至る戦い
「おっと! さすがの鋭さ!」
「むぅ。流石にそう簡単には仕留められんか」
透明化による不意打ちを行使した李凱が、シュバルツの一撃を躱すため後退。
根を張ったかのように両足でしっかりと真っ白な床を踏み腰を落とし身構える姿につい先ほどまでの特攻の気配はなく、とくれば積や優は部屋全体、否、『神の居城』一階部分に視線を注ぐだけの余裕ができた。
(ねぇ積。これって)
(どうやらイグドラシルは、真正面から俺達の挑戦を受ける気らしいな)
しばしの時を置き、周囲の観察を終えた優と積。彼らがたどり着いた結末は同じものであった。
本来ならば存在していたエントランスホール。多くの人らを迎えるための玄関部分は影も形もなく消えており、植木鉢に植えられた観葉植物や憩いの場である噴水広場も見当たらない。
すぐに話し合いができるよう設けられた会議室などに通じるはずの扉もなくなっており、唯一残っていたのは上の階へと通じる階段だけである。
代わりに広がるのは姿形を隠したり足場として利用するには最適な石造りの障害物で、これらを見て蒼野や康太も遅れて気づく。
多くの人らを迎え入れるよう作られた一階エリアは今、向かってくる敵対者を退けるための戦場へと変貌したのだと。
「わからねぇ。わからねぇよ李さん」
「む?」
「こんな………………世界中が危機に陥っているこの状況でなんで俺達の邪魔をするんだ! 貴方はノアさんのような熱心な信徒じゃない! だからわかるはずだ! 今この場で世界を乱しているのは、神の座イグドラシルなんだって!」
康太やゼオスが、積や優に続いて臨戦態勢に移行する。
しかし蒼野だけは構えない。拳を握り、声をあげ、自分たちの前に立ち塞がる男に問いかける。いまするべき選択は、自分達と戦う事ではないと訴える。
「古賀蒼野、お前さんの言うことはきっと正しいのだろうよ」
「だったら!」
「しかしなぁ、ワシはそのあたりに関しては気にしとらんのだ」
「………………………………え?」
対する李凱の言葉に熱はない。
それは荒々しく燃える焔のような気質の彼にしてはとても珍しいものであったのだが、そんな彼が発した言葉を聞き蒼野は呆気にとられ、
「ワシは『最強』の二文字を目指すため、今日まで鍛錬を積んできた。そしてそれを活かすだけの場を求めたわけだが…………そこに善悪を求めてはいない。判断基準はもっと単純、血沸き肉躍る戦場であるかどうかというだけだ」
そんな蒼野を見つめ李凱は語る。
己が神の座に仕えていたのは、磨き抜いた技を駆使する機会が他よりも多かったゆえであると。
ミレニアムの軍勢と戦ったのも、ガーディア・ガルフ相手に不意打ちを行ったのも、それが魅力的なものであったゆえであると。
だから、今もこうしている。
神の座側につけば蒼野達が死に物狂いでやって来ると知っていたから待ち構えていた。
最初の障害として立ち塞がるのも、彼らの余力が少しでも残っている状態が好ましかったからであると。
「蒼野君、君には酷かもしれないが彼の懐柔は諦めたほうがいい。ああいう手合い、いわゆる血に飢えた狂犬のような者というのは、少なからず存在するものだ」
「シュバルツさん」
「おおそうだ! 予想外といえばお主だシュバルツ・シャークス! まさかこの場で、最高級の獲物と出会えるとは思わなんだ!」
言いながら右拳を強く握り、大きく一歩前に出あがら強烈な練気を発する李凱。
その顔には獰猛な笑みが浮かび、応じるようにシュバルツが一歩前進。
「シュバルツさん………………」
「私が自分に課した役目は君たちの護衛だ。となるなら露払いくらいは任せてくれ」
身の丈を超える神器をブンブンと振り回しながら、彼は李凱との距離を詰めていく。
その顔には李凱同様好戦的な笑みが浮かび、
「いや待ってくれシュバルツ・シャークス。貴方の出番はここではない。もう一個上の階だ」
戦場となる神の居城一階を席巻する強烈な熱気。それを吹き飛ばすような理知的な声が耳に届いたのはその時だ。
「目の前にいる男は、たとえ一秒後には死ぬとしても、自分が生きた証を刻むために一矢報いる事に拘る性だ。そんな奴の相手を君にさせるわけにはいかない」
「何奴!」
李凱への警戒は解かぬまま、声のした方角に顔を向ける少年少女。彼らと同じく火花を散らしていたシュバルツと李凱も視線を向けるのだが、彼ら二人は現れた人物が誰であるかわからなかった。
「あんたは………………」
しかしである。五人の少年少女は程度の差はあれど、彼が誰であるかはしていた。
シュバルツほどではないにしても一般的な成人男性と比べやや高めの身長をした、筋肉質な体を白衣で包んだ男性。
フレームのない丸メガネをかけ、黄土色の髪の毛を短く切り揃えていたその人物は、
「に、兄さん!」
「あ、一応聞いておくんだが、康太以外には賢教で会った際の記憶はあるのか? そこらへんの確認が取れてなかったもんでな」
「詳しい事情は後で聞いたよ。大丈夫だ!」
蒼野と康太が幼少期を過ごした古賀孤児院における兄貴分。
死した善と、後を継いだ積の前に現れた神出鬼没かつ未だ謎多き青年。
すなわち土方恭介である。
「メガネに切り揃えられた短髪。それに白衣………………なるほど。君があの」
多種多様な反応を示す五人の少年少女であるが、シュバルツの反応は彼等とは大きく異なるものであった。
身体的な特徴。それに足運びや体から漏れ出ている練気を目を細め観察すると、構えを解き一歩二歩と後退。
「…………なんのつもりだ剣の帝」
思わぬ彼の様子を前に李凱の口からは強い怒りを感じさせる声が発せられ、片目を閉じたシュバルツがため息交じりに口を開く。
「ある人物との約束でね。この男が出てきた場合、無理がない範囲で言うことを聞いてほしいということなんだ」
「………………なるほど」
その内容は李凱にとって不都合としか言いようのないものだ。ゆえに声は落胆に染まり、
「つまりこの男を速攻で沈めれば、今度こそお主が出張るわけだな!」
直後に彼らしい焔が声と全身を染める。
たった一歩で恭介との距離を零にする。
必殺の意志を籠め、光の域に到達した拳を突き出し、
「まぁ正直に言えば、俺はシュバルツ・シャークスには劣るが」
「む!」
「速攻で沈められるほど弱くはない。というより君より強いぞ」
体を僅かに逸らすだけで躱される。
直後に繰り出されたのは、恭介がいつの間にか装着していた鋼鉄のガントレットによる手刀で、李凱はこれを当然のように防御。
「ほう! これは中々!」
その際に自身の芯に響いた小さくない痺れ。これを受け認識を改める。
目の前の男を仕留めるに値する獲物であると。
ゆえに彼は、顔に喜悦の笑みを張り付けた。
「なるほど。私の相手はお前か。確かに本気でぶつかるなら、無駄な傷は負っておかなくて正解だったな!」
そんな中、既に見つけていた上へと続く階段を上り、残った六人は二階部分を貫通し三階へ。
その奥で待っていた存在を目にした瞬間、今度こそ戦う相手を見つけたシュバルツが剣を構え、練気を発する。
「シ、シシ!」
「あいつは………………」
目の前に立ち塞がるは蒼野と優。康太と積にとって初めての強敵。
広い世界を巡る冒険の始まりにおいて出会った最初の狂気。
カオスと呼ばれる存在が、掠れるような声で濃密な殺意と狂気で全身を埋め、
「史ィィィィィィィィ場ァァァァァァァァァァ!!!!」
「行け! ここは受け持った!」
絶叫と共に迫る数多の武具。それら全てを切り伏せたシュバルツが、真正面から勝負を挑む。
そして、
「来たか」
目の届く範囲にあった上層階へと続く階段。
それを登り切り、彼らは更なる刺客。
自分らに対し強烈な憎悪を燃やすノア・ロマネと遭遇した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
四章後半戦の中盤もついに終了。
最終決戦における対戦カードがどんどん決まっていきます。
さて、ここからは本編では中々語り切れない解説部分。ある意味あとがきの正しい使い方ですね。
内容は土方恭介が賢教で彼らの前に現れ、康太が神器を取得するよう導いた件に関して。
ここで何があったかに関してですが、今だからこそ説明できる真相ですが、あの時現れたガーディア・ガルフは『絶対消滅』を使っていました。
それにより自分が出現した事実を『なかったことに』。
代わりに置いた事実が、『蒼野達が隙を突き、クライシス・デルエスクに抵抗する暇を与えず勝利する』というものでした。
重要なのがこの時事実の改変にガーディアが使ったのが『土方恭介を除いた面々』であったという事で、彼が現れた記憶の大部分は消去。
ちょうど神器を取得した康太だけは、その事実の改変の影響を受けずに、真実を覚えていられたというわけです。
………………書いた自分自身が思う事ですがものすごくややこしいですね。コレ
それではまた次回、ぜひご覧ください!




