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神語る。災禍の日


「エヴァ・フォーネスにアイリーン・プリンセス。それにシュバルツ・シャークスとは。貴方の行った報告とは大きく異なっていますが、どういうことですかノア?」

「は、いえその…………この件に関しては私もまったく存ぜぬことで………………」


 千年前において猛威を振るっていた最強の戦士達。彼らの登場は積達にとっては間違いなく福音であったが、最上階の玉座に座すイグドラシルにとってそうではない。

 常日頃から優雅なふるまいを心掛けている彼女は今、彼女らしからぬ様子で動揺し、その言葉を受けたノアは、顔中に汗を浮かばせながら片膝を立て平伏するしかない様子であった。


「その件に関しては私から説明させていただこう。でないと我が友がかわいそうだ」

「レイン!」


 この状況で現れたのはノアの親友にして、ギルド『エンジェム』の設立者。

 神教内の業務以外にも他勢力の動向を監視するよう頼まれていたレイン・ダン・バファエロで、両手を僅かに持ち上げながらゆったりと歩み寄る姿には余裕があり、その場の空気を僅かにだが和らげた。


「説明、とは?」

「我が親友には知らぬ真実があるということです。ありていに言ってしまうと………………千年前の猛者たちを処刑したという報告。あれは嘘なのです」

「なっ!? どういうことだレイン! 奴らは……奴らは………………全員殺せたはずでは!」

「実はそうじゃなかった、ということだよ我が友。実際にあの処刑で殺せたのは…………ガーディア・ガルフただ一人だ」


 とはいえイグドラシルがいつものような佇まいに戻ることはなく、彼女は目を細め苛立ちを孕んだ声で問い掛け、それを受けたレインはなおも余裕の佇まいで断言。

 二人の間に挟まっていたノアの口からは困惑の色に染まった声で、当然の疑問が突いて出た。


「貴方が死した後に起きた現代VS千年前の最終戦争! 

 互いが死力を尽くした二度目の決戦は、死人が出る一歩手前にまで進んでいきました。で、その際に連中の頭のガーディア・ガルフがですね『友を失うような結果は望まない』などといったのです」

「………………その結果が彼等三人の生存だと」


 対するレインの返事に真実は一つもない。

 全てが真っ赤な嘘であり、彼は今この瞬間、積や蒼野に語った獅子身中の虫の役割を果たしていた。


「そうやって生かした結果がこの状況での反抗か。恥を知らぬ馬鹿どもめぇ!!」


 それを聞き終えればノアの激昂は当然のもので、彼は片膝をついたまま汚れ一つない真っ白な床を拳で強打。その勢いで部屋が揺れる。


「いやその点に関してもガーディア・ガルフは追及してたよ。過去の亡霊に等しい自分たちが、手を出す時代は終わったってね。ただまぁ、ここまで大きな事態が起きたとなれば、出ざる得ないという事だろう。見るからに世界の危機だしねぇ」


 とここで、ノアは一計を講じ口を開く。


「ああそれと、私からも今回の件に関してイグドラシル様にご質問があります。『黒い海』の噴出に仮面を被った狂人たち。私にはこの二つの源泉が貴方にあるように思えるのです。となれば――――世界中を襲う混乱の元凶は貴方という事になります」

「おいノア! 貴様まさか………………敬愛する、信ずるべき我らが主を疑って!」

「もし今しがた私が告げた事柄が事実であるというのならば、そのような事に手を染める『理』を教えてもらいたいものですな」


 片目を閉じ、主の心境を推し量るよう問いかけるレイン。とくればイグドラシルに心酔しているノアは当然のように激昂しながら立ち上がり神器を展開。対するレインも対抗するように光属性粒子を展開する準備を行い、


「落ち着きなさいノア。貴方は私の事になると野蛮過ぎる。私の護衛は必要ないので、持ち場に戻りなさい」

「はっ! いえ、しかし………………」


 しかし主であるイグドラシルが諫めると即座に片膝をつき、一度返事をしたかと思えば戸惑いの声が喉奥から発生。


「大丈夫です。手荒な事にはなりません」

「かしこまり、ました」


 もう一度、今度は普段と同じ落ち着きと慈愛を籠めた声で伝えるとノアは渋々といった様子で立ち上がり、親友であるレインを一瞬だけ睨みつけると下の階へと降りていき、


「………………では話しましょうか。この世界に今、何が迫っているのかを」

「迫っている、ですか?」

「ええ。このウルアーデは今、崩壊の危機を迎えています。異なる世界から訪れた、侵略者の手によって」


 イグドラシルは残ったレインと向かい合うと語り出すのだ。


 自身が作り出した混沌。その真の意味を………………




 アイリーンが指をさして少ししたところで、喉を潰す勢いで叫んでいた仮面の狂人たちが口を止める。

 いやそれだけではない。絶えず暴れていたはずの彼ら全員が彫像のように動きを止めた。


 全ては光の獣を操る僧衣を身にまとった仮面の存在が、右腕を掲げた直後の事であった。


「そこまで隠すつもりはなかったのですが、流石は数多くの『超越者』を食い止め、退ける戦士様。その他の存在…………道端に落ちている石ころ程度とは物が違いますね」

「道端の石ころとは」

「ま、まさか我々の事か!?」


 アイリーンやエヴァが攻撃の手を止めたのはそれからすぐの事で、静寂な空気が場を支配したのを確認すると目の前の存在は開口。

 発せられた毒舌の向かう先が自分らであると知ったクドルフや宗介は唖然とするが、そんな彼らの前で僧衣の存在は仮面を取り外す。


 そこにあったのは浅黒い肌をしたうら若き美女の貌で、語る言葉に相応しい、底意地の悪さを示すような笑みが張り付いていた。


「誰だありゃ?」

「私も知らないけど………………おそらく現代人よ。有名な方なのかしら?」


 彼女の正体をエヴァやアイリーンは知らず、発せられる言葉に緊張感は微塵もない。


「あれは………………」

「か、彼女は死んだはずでは!? いやそうか。そう言った人物が今回の敵だったのだな!」

「馬鹿な!? 太平法師だとぉ!?」


 だがアイリーンの告げた通り、現代を生きる者達は、幼いシェンジェンを除き誰もが彼女を知っていた。特にブドーの動揺は激しいもので、エヴァがそんなブドーを一瞥。


「彼女は……レオン殿が道を違え、善殿がギルドを興したきっかけの事件で、副官を務めた者だ。いやしかし、彼女は確かに死んで!?」


 意味を察したブドーが語り出すがその言葉は同様によりガタガタで、そんな彼を見つめ、彼女は笑みをさらに深く。


「その態度、相変わらず知能が足りませんねブドー」

「ついでに言えばこんなに口も悪くない!」


 発せられる悪意ある言葉に対しそう告げ、


「………………まあいいでしょう。貴方にもわかりやすく語ってあげます。端的に言うと、私はあの戦いで死んでいたように見せかけていました。そして老いたギルガリエや脳筋のオグノムを殺して手駒にした」


 続けて語るのだ。

 多くの人らの命を奪い、現在まで波紋を伸ばし、影響を与えている事件の裏側を。


「馬鹿な! 何故、なにゆえそのような事をする! そんなことが許されるはずがない!」


 無論そのようなことを聞けば善良なる武人のブドーが猛るのは当然で、


「それがこの世界の明日を作るためだったから」

「なに?」


 彼女はなおも反論するのだ。この道こそが正道なのだと。

 世界をより良い方向に進める最善最良の手段だと。


「我々は定められた凶日を超えなければならない。そして………………それが今なのです」

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


中盤戦も終わりに差し掛かり、蒼野達とは別の舞台へ。

今回一話だけですが、この戦いの核心についてちょっとだけ。

ただそんな中でも出たのは『仮面の狂軍』のまとめ役太平法師。ぶっちゃけてしまうと、彼女の撃破が外側の最低条件でもあります。


そんな彼女との戦いもまたいずこかで。

次回はシュバルツが現れた積サイドに戻ります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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