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紡がれたもの 四頁目


「なんだありゃ?」


 『それ』に初めに気が付いたのがラスタリア周辺の監視を買って出たイレイザーであった。

 自身の持つ能力『デスバット』。すなわち周囲に展開している無数の透明な蝶を無数の目として利用している彼が目にしたのは、ラスタリア周辺から少々離れたところで上がっている無数の黒い柱。すなわち『黒い海』の変化である。

 というのもそれまで『黒い海』から噴き出していたのは真っ黒な腕と都市を呑み込むような津波だけであったのだが、開始から三十分ほど経過した今になり、飛び出る物が変化。新しい物が追加されていた。


 端的に言うとそれは生物であった。

 四肢を持って地を這う獣がいた。両足で大地を駆ける人型がいた。細長い肉体を蠢かせて地面を掘り、突き進む怪物がいた。

 そのように様々な姿をした生物たちは、逆に共通している部分もあった。

 第一にどれもこれも頭部を備えていない点。

 第二にどれもこれも光を反射しない漆黒のボディである点。

 そして『仮面の狂軍』とは比べ物にならないほど統率の取れた、正確な動きで駆け出している点だ。


「な、なんだこいつらぁ!」

「いきなり襲っ………………!?」


 問題なのは『一騎当千』クラスの兵士を一方的に蹂躙できる速さと膂力。それに正確なこと極まりない動きから繰り出される連携で、黒い腕相手に有利に立っていた各地に散らばる戦士達を瞬く間に蹂躙。


『こちらシロバ! 厄介な新手が現れたぞルイさん! 僕以外は、孤立した奴から狩られてる!』

『こちらクロムウェル。どうやら新たに出現した奴らは、こちらの動きを既に把握しているようだ。俺や側近らならば対処できるが、そうでない場合、複数人で連携をしなければ食われるぞルイさん』

「む、ぅ………………!」


 黒い海から現れた新たな脅威。様々な生物を模した兵器はこれまでと異なる方法で攻め込んできていたと言っていいだろう。

 これまでが腕で引っ張るなり津波で飲み込むなりしてウルアーデに住む生物を追い込んでいたのに対し、彼らは純粋な『戦い』を仕掛けていた。

 獣型は牙や爪で。人型は刀や剣、槍を模した両腕で、巨大な体躯を誇る怪物側は全身で、引き裂き、貫き、押し潰し、目前にいる存在の命を奪っていった。


 その様子はまさしく星に住む生物を絶滅させる『悪意』であり、戦う戦士たちの背筋を冷やした。


(いや、こいつらは)


 だがしかし、そんな彼らを冷静に見る事が出来るだけの余裕がある一角の実力者は見抜いていた。

 恐ろしいほど正確な動きに自分たちの損害さえ戦術に組み込んだ類まれなる連携。そして顔がなく感情というものが判別できぬという事実。

 これらの要素を含めた彼らは、生物の範疇にいないのだと。

 どれだけでも生産可能な『機械』というカテゴリーに属しているのだと。


 つまり目の前の敵には、多くの者らが感じている『悪意』など実は一切存在sないと。

 まさしくウルアーデを絶滅させるためだけに生まれた『システム』であると。


 その事実の先にある真実。その正体を彼らはまだ知らない。

 知らないのだが、奥に隠れ潜んでいる真実を前に、彼らは他の兵士たちが受ける恐ろしさ以上に大きな不快感に襲われた。




「む、外が一気に騒がしくなったな」

「………………私たちの援護、ここだけじゃ足りないんじゃないかしら」


 その変化はラスタリア内部で戦っていた戦士達も気づいていた。

 中でも早かったのはやはりこの場において一歩どころか二歩三歩と秀でた実力を持っていたエヴァとアイリーンで、迫る相手を退けながら意識を外へ。


「………………面倒だな。一発ですりつぶすか」

「待ちなさい。それ、ちゃんと敵味方の判別は出来てるの?」

「………………いかんな。一ヶ月前までの虐殺モードがまだ抜けてない。ええい、また一から組み直しだ!!」


 直後に黒い衣で全身を包み、空に浮かんでいたエヴァが追尾弾の特大術式を構成開始。しかしアイリーンの一言を聞くと完成間近であったそれを一度解き再構成。星の裏側まで向かうよう範囲を再度定めながら、面倒そうな顔で敵味方の判別を始めた。


「エヴァ! 避けて!」

「あぁん?」


 本来の予定ならば、それは滞りなく終わるはずであった。

 隣にいるアイリーン・プリンセスは足止めに妨害、他様々な面におけるプロであり、エヴァが術式を組み立てるための数秒程度ならば容易に稼げるはずであるのだ。

 だがその思惑を崩すように狂人たちが徒党を組み攻め込み、彼らに支えられた光の獣が速さに特化した特攻を敢行。一部がアイリーンが放った光のナイフを抜け、エヴァへと向けその牙を突き立てる。


「あっぶねぇなぁ! おいアイリーン! 気を抜いてるんじゃないぞ!」


 エヴァはそれをしっかりと防いだが、完成直前であった術式は霧散し当初の目的は阻止された。

 となれば子供の癇癪のような様子で怒り出すのだが、アイリーンの表情は硬く、視線は鋭い。


「ねぇ貴方」


 その視線の先にはブドーやクドルフと戦い続ける一人の仮面。

 ゼオスや康太の妨害を行った僧衣で身を包んだ者が居り、彼女を指さしアイリーンは告げるのだ。


「貴方だけ狂ってない………………正気を保ったままなんじゃない?」

「………………」


 この場にいる狂人たち。その首魁がお前であると。




「クソ! しつけぇ!」

「あの守りを破壊できるのは康太の全力しかない。そりゃわかってるんだけどさ!」

「…………こうも無視を決め込まれるとクルものがあるな」


 ところ変わってラスタリア正門前では、終わりの見えない膠着状態が繰り広げられていた。


 理由はごく単純な突破力の不足。


 『神の盾』アーク・ロマネの守りを突破する手札があまりに少ない事が問題であった。


「割れたのを見たことがあったり話に聞いたりはしてたが、そこらへんは一部の例外だな! それ以外が戦うとここまで厄介か『神の盾』!」


 身の丈を優に超える白金の盾。防御型に属する神器『皇の盾』の能力は至ってシンプルな防御結界の展開で、彼女はこれで主であるイグドラシルが座す『神の居城』全体を包囲し、その上で五人へと向け前進。


「アアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!」


 鼻から上を包む髑髏の仮面。それを被った彼女の口からは絶えず絶叫が排出され、強化された肉体で分厚い盾を打撃武器として振り回し康太を追っていた。

 問題は白を守るよう展開している防御結界とは別。

 自分を守るように発動している球体状の守りの方で、鍛え抜かれたそれは蒼野や優だけでなく、ゼオスの斬撃さえ完璧に防ぐだけの防御力を備えており、守りに対する思考を捨て、唯一障害となる康太に延々と迫っていた。


「か、固い!」

「原点回帰は………………能力だから意味ないよな。間違いなく!」


 彼女が繰り出す要素は言葉にすればたったそれだけ。なんともシンプル極まりない。

 しかし単純ゆえに求められているものもシンプルで、前に進めない時間が続いていた。


「クソ!」

「ああアああ嗚呼ああ!!」

「しまッ!?」


 このまま無為に時間が進めば、自分らをここまで進めてくれた人らに申し訳ない。


 そんな状況がしばし続きそう思った積の繰り出した一撃。

 それが誰の目で見ても不用意に大振りになった瞬間、アーク・ロマネの動きが変化。

 盾の表面で攻撃を明後日の方角へ受け流し、体勢の崩れた積の胴体に、宇宙一の硬度を誇る物体で構成された巨大な塊が振り抜かれ、


「見たところ火力不足ってところかね? それなら絶好のタイミングだな!」


 野太く、力強い声が耳を衝く。

 と同時に現れた影は仮面の力により強化された強烈な一撃を真正面から手にしていた巨大な塊で防ぎ、


「ふん!」


 返す刀で繰り出した一撃。

 なんの変哲もない、単純な一振りで、アーク・ロマネが展開していた守りを砕き、その奥にある盾にまでヒビを入れた。


「シュ………………」

「シュバルツさん!」

「待たせてすまない!」


 彼こそは『最後の壁』にして『皇帝の懐刀』。否、無数の称号を持つ男。


 各勢力の最高位さえ退け、ルイン・アラモードさえ退ける豪傑。


 すなわちシュバルツ・シャークスである!



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


悪くなる状況と心強い援軍のジェットコースタな今回のお話、皆さまは楽しんでくれたでしょうか?


このタイミングでいたら『果て越え』以外は何とかしてくれる男、シュバルツ・シャークスの登場です。

次回からはついに中盤戦のクライマックス。

刻一刻と変革する戦場を抜け、内部へと進みます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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