紡がれたもの 三頁目
「お。おぉ………………!」
「あ、アイリーンさん!」
旗色はなおも悪いと断言できる。
四方八方は敵に囲まれ、それと対峙する味方の数はあまりにも少ない。
この状況を打破するための策を練ったものの、それが場当たり的な気安めでしかなく、劣勢を覆すほどではないと本人達は気づいていた。
「ちょっと、感極まり過ぎよあなた達。まだまだ厄介ごとが降りかかってくるんだから、気を抜かないで。それともあたしが味方に来たのが意外過ぎて、驚いちゃったのかしら?」
「あ、いえ。その………………」
「……なんにせよ感動しすぎない方がいいと思うわよ。そんな姿、彼女が見たらなんていうか…………」
「おいおい、その彼女ってのは誰の事だ?」
「噂をすれば、という奴ね。久しぶりねエヴァ」
だがしかし、目の前にアイリーン・プリンセスが現れ、エヴァ・フォーネスまでやって来たとなれば、彼らの心にのしかかる巨大な重石は瞬く間に消え去り、五人全員がは同じような事を考える。
すなわちそれは、これほどの劣勢を前にしても『何とかなるかもしれない』という思いであり、
「なんにせよ、積もる話は後にしましょ」
「そうだな。私もお前も、大層な呼び名やら信頼のされ方をしているんだ。助太刀に来て全く役に立ちませんでした………………なんぞ笑い話にもならん」
そんな彼らの思いをそのまま形にしたように、退けるべき対象を視界に収めた二つの特大戦力が動き出し、暴れ回る。
「じゃ、先にわたしが行くわね」
次々とやって来る仮面の狂気の出鼻を挫くようにアイリーンが形成した光のナイフが進軍。
「追撃は任せろ。一人残らず沈めてやる」
絶え間なく、数えるのも馬鹿らしくなる勢いで繰り出されるそれらを前に足を止めた者達から順に、エヴァの放った炎や雷属性の塊の直撃を食らう。
ほぼ同じタイミングで何もない空間に生まれた黒い虚からは見たこともない生物が溢れ出し、数の差さえも逆転。数秒前の苦戦が嘘のように戦況は変化していく。
「………………」
「おっと! 少しはやれる奴がいるようだな」
そんな中でも仮面を被った僧衣の存在だけは一歩も引かず抵抗し、大量の戦力を展開するエヴァへと向け直進。
「させん!」
「あら。助かったわねエヴァ。お礼を忘れちゃダメよ」
「いや本来ならお前が前に出るところだぞ今のは」
手にした錫杖はエヴァへと向け一直線に振り下ろされるが、アイリーンが動き出すよりも早く、ブドーが間に割り込むと件の男を投げ飛ばした。
「なんだ、一人だけ面倒なのがいるな。任せてもいいか?」
「任された!」
「いえ彼だけじゃない! もう一体そっちに行ったわ!」
「こちらで対処しよう!」
続けてオグノム・バローダが入ってくると、今度はクドルフと宗介の二人が介入。
クドルフが振り下ろされた一撃を捌き、宗介が持っていたペンを頭部へと突き刺した。
「足りないみたいだね。それなら僕も援護しよっかな」
それでもなお動くオグノム・バローダであるが、シェンジェンが行使した無色の爆弾の連発により足を止め、視線を目の前で立ち塞がる彼らに。
次の一手を探るように、それまでの荒々しい空気が掻き消え、無言の膠着状態が生まれた。
「さて、こうなったからにはお前らは用済みだ。さっさと行け」
「エヴァさん!」
「いやでも………………」」
「………………自分から脇役になるみたいだからこういう言い方は嫌いなんだけどな、この戦いを挑んだのは誰だ? お前らだろ? なら、一番いい役を逃すのはもったいない。そうだろ?」
そのタイミングを見計らったエヴァが、着ている黒いマントをたなびかせながら彼等を庇うように一歩前へ。
前を向いているため表情は見えぬのだが、彼女が口にした意外な言葉を聞いた彼らは目を丸くし、すぐに思うように返答することが出来ず、
「だから行け。主役が壇上に登れないなんて三文芝居を遥かに劣る出来の舞台だぞ」
表面上は突き放すような、しかしその奥深くには愛する人を救った事に対する恩義と敬意を籠め、そう断言。
全てを察した蒼野達は頷くと立ち上がり、神の居城へと続く残り僅かな距離を駆け出す。
「行かせるか!」
「聖野!」
「ここで来るのか!」
直後、五人の前に今度は聖野が立ち塞がり、康太や積が即座に臨戦態勢に移行。
「………………待て」
がしかし、そんな二人を止めるようにゼオスが待ったをかけると一歩前に出て、つい数秒前のエヴァと同じく一歩前へ。
「どうしたゼオス。いったい何が!」
「これに関しては俺でもわかるぞ積。今の聖野には敵意がない。てことは………………俺達と話しに来たのか聖野」
「………………そうだ!」
そうなれば二人は当然困惑するが、続いて蒼野が口にした内容。そしてその返答を聞いた聖野の返答を聞き、眉を真上にツリ上げ、武器を僅かに下す。
「お前たちは………………この景色を作り出したのがイグドラシル様だって言うのか? 本気でか?」
その様子を見て深く息を吐き、左右に加え遠くを眺めながらそう零す聖野。
そこに込められたのは強い懐疑心に嫌悪感で、
「残念ながら、な」
まっすぐと見つめながら康太が応じた瞬間、世界を見渡す力を無くした少年は俯く。
それはつい先日まで信じていた主に対し不信感を抱いた証拠であり、立ち塞がる気がない事を示すように、彼は砕け散った石畳の上に座り込んだ。
「なぁ聖野。俺達は今から、イグドラシルに事の真相を聞きに行くつもりだ。だからお前も!」
「言い換えるならそれは、そこまでたどり着くまでの間に協力しろってことだろ。悪いけどそこまでするほど、あの人を裏切るつもりはねぇ」
すぐに手を差し出す蒼野であるが、聖野の返答は喜ばしいものではない。
そっぽを向き、拒否するといういすぉ見せる。
ただそれは今ここで戦う事を意味しているわけでもないようで、彼は蒼野らが先へ進むのを阻むこともなく、
「もしお前さんに善意ってものがまだ残ってるなら、人を救ってくれ。お前の信じるイグドラシルだって、そういう指示を出すはずだ」
「………………そうだな。うん。きっとそうだと思う」
積は真横を通り過ぎる際にそう断言。
それを聞いた聖野は今にも泣き出しそうな顔で首を上げ、かと思えば了承した事を示すように強く頷き、見届けた五人が駆け足で先へ。
「蒼野! あれって!」
「!」
ついに神の居城の正門が見える距離に迫った瞬間目にした人物を前にして、幾人かが驚きから目を丸くし、幾人かが怒りから顔を歪める。
「ここでこの人が立ち塞がるってことは――――あれも自作自演だってまとめるんだなイグドラシル!」
目の前に立ち塞がる仮面の狂人。その人物の服装は奇抜なものではなく、やけに発達した筋肉を備えているわけでもなければ、身長に特徴があるわけでもない。
しかしここにいる五人は目の前の人物――――彼女を決して見誤らない。
手にする神器に見覚えがあるため。
「同情はする。本当だ。だけど………………無理やりにでも通させてもらうぞアーク・ロマネ!」
オルレイユで死したアーク・ロマネ。
『神の盾』と呼ばれる彼女が、イグドラシルが座す本拠地への道を塞ぐ、最後の関門として立ち塞がる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ポンポン進みますラスタリア最終戦争。
アイリーンとエヴァという力強い二人の合流。聖野との会話。そして蒼野らが口にした通り、オルレイユの件に関する解答でございます。
さて、これからついに神の居城へと迫るわけですが、同時に外部での戦いも始まります。
なのでちょっと視点移動が増えたりしますが、ご了承いただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




