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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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戦士の楽園 ロッセニム 一頁目


 人を乗せた鉄色の塊が、砂漠に敷かれた線路を走る。

 僅かに上下に揺れるそれは、中に乗っている人々の睡魔を誘い、夢の中へと導く案内人として機能。

 乗客の半数はその誘惑に耐えきれず、真っ赤な座席に体を沈め、頭を垂れ寝息を立てていた。


「…………」


 そんな中、六つある車両の四両目。

 その中心付近の個室では一人の少年が頬杖をつき窓の外を見ていた。


「その様子だと機関車に乗ったのは初めてか?」

「……能力で行けない場所に行くために、何度か乗ったことはある。だが、ここまでゆっくりと外を見たのは初めてだな」


 窓の外に見えるのは秋という季節に似つかわしくない太陽が照り付ける熱砂の大地。

 動き回る様々な生物に外の異様な気温に負けず生きていく生物たちを、冷房の効いた車内で興味深そうな表情でゼオス・ハザードは眺めていた。


「時間はまだある。お互い、好きなことをして時間を潰そう」


 両手に水を持った蒼野が、ゼオスの正面に腰かけた状態で懐に装着した革袋から本を取り出し、しおりを挟んでいおいたページを開く。


 本に目を向け視線を落とす蒼野に、外の景色に意識を向け他には目を向けないゼオス。

 意図的に互いを避ける空気を出している二人が、同じ列車の隣同士の席に座ることになった理由を語るために、時は一日前に遡る。




「最近、蒼野君とゼオス君の仲がうまくいっていないように思うのですが、気のせいでしょうか? それともあれが彼らの普段の距離感ですか?」


 ヒットマンとの戦いから三日後、普段と同じように書類仕事をしていたヒュンレイが、窓際で依頼書を睨んでいる善にそう尋ねる。

 健常者と比べると僅かに青白い肌のヒュンレイだが、日に日に咳込む回数は減っていき、ヒットマンを捕獲した次の日から事務作業を行える程度まで回復。

 その後作業をしながら他の面々にもある程度目を向けていた彼は、自身が動けるようになってから初めて目にした蒼野とゼオスの中を見て、心配げな様子で善にそう尋ねた。


「いや、気のせいじゃねぇな。話によるとヒットマンを捕獲する際にひと悶着あったらしい。あいつに付けた制限の方が働いたのも確認できた点から見てもそれは結構な大ごとだろうな」

「君はそれでよいのかね?」

「良くはねぇが詳しく話を聞こうにもどっちも口を閉じちまうからな。口を閉じちまうのなら、むやみに突っつかない方がいいだろう」


 すると善は深刻そうな声でそう答え、それに対しヒュンレイが返答。

 その後返された言葉を聞き、彼自身どうすればより良い環境に持っていけるのか悩んでいるのがヒュンレイにはわかった。


「ふうむ」


 その姿を目にしたヒュンレイが資料を机に置き、顎に手をやり頭を働かせる。 


「ちょうどいい機会です。最近大きめの休暇もなかったですし、みんなで休みませんか?」


 それからしばらくしてヒュンレイがそう提案すると、苦手な事務作業を嫌々やっていた善が視線を真上へ持って行き、人差し指を立て、首を傾げているヒュンレイに視線を注ぐ。


「休みませんかって……まあ今月の稼ぎに余裕があるから問題はねぇが。それでどう解決させる?」


 椅子の背もたれに自身の身を沈めながらそう尋ねる善。

 そんな彼に対しヒュンレイはにこやかな笑顔を見せる。


「善や康太君、それに優は好きに動いてもらうとして、彼ら二人にはここを訪れるよう指示を出しましょう。あ、これ追加の書類です。どうぞ」

「……どう考えてもいい解決策には思えないんだが…………まあいいか。お前の判断を信じるぜヒュンレイ」


 事務机から立ち上がり渡されたものを見て苦い顔をする善だが、それでもヒュンレイの言葉を信じる事にする善。

 しかし資料と共に手渡された二枚のチケットを見てその信頼は曇る。

 そこに書いてある内容は、どう考えても二人の仲を良好にするとは思えなかったからだ。




 向かい合って座席に腰かける蒼野とゼオス。両者の間に会話の類は一切なく、機関車の駆動音だけが辺りを支配する時間が刻一刻と過ぎていく。


「一つ聞いていいか」


 そんな時間がどれだけ続いたのだろうか。

 車内販売の店員が五回ほど二人の座る座席の前を通りすぎた時、二人の間に流れる沈黙に耐えきれなくなった蒼野が口を開く。


「………………」


 対するゼオスの返答は……沈黙。

 これまでと変わらぬ様子を貫き、顔を向ける様子もなければ口を開くこともなく延々と外の景色を眺めている。


「お前が使うあの紫色の炎。普通の炎とは全然違う印象を受けたんだが、あれってどういうものなんだ。能力の類か?」

「……………………はぁ」

「なんだそのため息は。ほんのちょっと、本当にほんのちょっとだけだけど腹が立つぞ!」


 長い長いため息が、ゼオスの口から漏れて出る。

 それに対しむっとした表情を見せる蒼野を彼はジロリト眺めると、僅かな間沈黙を貫くが、その後呆れた様子で口を開いた。


「……そんな程度の知能の奴に負けたと思い返し悲しくなっただけだ。気にするな」

「嫌味な奴だな! 知識がない俺が馬鹿なのはわかったから、教えてくれよ」


 ゼオスの発言を軽く流し、先を促す蒼野。するとゼオスは自身の右手を天井へと向け、蒼野の前で紫紺の炎を掌から出した。 


「……俺の使う炎は、属性混濁で氷属性の性質を帯びたものだ」

「属性……こんだく?」


 言葉の意味が分からず疑問の声をあげる蒼野と僅かに目を細めるゼオス。

 その様子を見れば自分が馬鹿にされているのはわかるが、それでも尋ねた立場という建前怒ることはできず、些細な抵抗として頬を膨らました。


「……属性混濁というのは、一言で言うのなら属性粒子を使った場合、別の属性粒子の性質を帯びてしまうという異能だ。俺自身を例に挙げるなら、俺は炎属性が得意だが、氷属性の性質も兼ね備えているということだ」

「言ってることがよくわからないな。どんな変化があるんだ?」

「……属性には特定の性質がある。炎属性ならば『熱』を操作する。『焼く』といった具合にな。だが属性混濁で別の属性を帯びた場合、属性の持つ性質を変化させることができる」

「変化させる?」

「……少し待て」


 そこまで聞けばある程度は理解することができた蒼野であるが、それでもより深く理解するため相づちを打ちながら聞き返し、それを聞いたゼオスが周囲を見渡した。


「少し待てって……ちょ、いきなり何しだすんだお前は!」


 掌から紫紺の炎を発したまま、ゼオスが自身の座っている赤い長椅子の炎を当てる。

 凶行にしか思えない行動を見て蒼野が叫び手を伸ばそうとするが、ゼオスがそれを静止し、数秒続けたあと手を離した。

「…………触ってみろ」

「あ、ああ」


 少々戸惑った様子でゼオスに返事を返し、恐る恐る指の先端で先程まで炎が触れていた長椅子をつついてみる蒼野。


「あれ? 熱くない? むしろ少しだけだがひんやりしてる」


 その感触に対し蒼野が不思議そうな声をあげ、それを見届けたゼオスは掌に出していた紫紺の炎を消し去り、腕を組んだ。


「…………俺の場合炎属性に氷属性の性質が混ざっているといったな。それによって俺は炎属性の特性を氷属性のものに変化させることができる。温度を『上げる』だけでなく炎属性では普通ならできない、氷点下いかに『下げる』ことができ、触れたものを『燃やす』だけでなく『凍らす』事もできる」

「凍らす。あれ? でも俺と戦った時は、その力を使わなかったよな?」

「……俺が伸ばしてきたのは熱の上昇が主だったからな。氷点下以下に下げられはすれど、マイナス十度以下にすることさえできん。これではさしたる戦力にもならん」


 耐性とはこの世界に住む全ての者が持っているものだ。

 それぞれの属性に対しそれらは存在し、炎属性に対する体勢を備えていれば真夏の炎天下はもちろんの事、強い熱を備えている炎属性の攻撃を受けても容易く耐えられ、逆に低ければさしたる温度でもない炎で大きなダメージを与えられてしまう。


 この世界の住民は基本的に炎の熱ならば一般人でも千度近くは容易く耐えられ、氷属性の持つ冷気ならばマイナス百度近くまでは生まれつき耐えられる肉体をしている。


「なるほど。確かにそれは役に立たないな」


 ゼオスの言葉を聞き、我が意を得たりとばかり納得する蒼野を冷めた目で眺めるゼオスだが、すぐさま真顔になる蒼野を見て眉をひそめる。


「……どうした?」

「いや、原理はわかったんだけどそれがどう有利なのかなって」

「……何?」

「だってそうだろ、炎の温度を下げるとか、炎に触れた相手を凍らせるってのは、能力で同じことができる。別にその属性混濁とか言うのに頼らなくても問題ない」


 とすれば次に出てくる疑問は当然の物で、それに対しゼオスは両手の掌を広げ、片手に紫紺の炎を宿し、もう片手に氷属性を混ぜた能力扱いとなった炎を宿した。


「…………属性混濁の最大の特徴はカテゴリーとしては『異能』に属するという事だ。能力ではない。能力ではないという事は」


 最初その意味を理解できず首を捻り考え込む素振りを見せる蒼野。

 しかし僅かな時を置いて彼が何を言いたいかを察すると、目を見開き彼の顔に向け人差し指を向けた。


「能力を無効にできるが、康太の勘みたいな異能は無効にできない『神器』の壁を突破できる、ってことか!」

「……まあ見た目から通常のものと変わったものになってしまうゆえに、すぐに種がばれてしまうという欠点もあるがな。それでも二属性以上の特性を使えるというのは、大きなメリットだ」


 手を叩き合点が言ったと頷く蒼野。確かにウークで会った狂戦士等の神器持ち相手に能力と同じ事ができるというのは大きな利点だ。

 謎が解け満面の笑みを浮かべるが、周囲にいた他の旅行客の視線に気が付き咳ばらいを一度して表情を引き締める。


「ま、まあ助かった。感謝する」

「……聞かれたころに事務的に答えただけだ。礼はいらん」

「お前なぁ、て。お! そろそろ着くか」


 ゼオスの素っ気ない返事に不満そうな様子で口を開いた蒼野が、影一つない砂漠に浮かぶ目的地を確認し、声を上げる。

 二人が辿り着く目的地、それは『戦士の楽園』と呼ばれる巨大都市『ロッセニム』だ。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて本日から新しい物語に突入。

最初の一話は、ゼオスの使う紫紺の炎の説明と目的地の顔見せです。


話自体の長さとしてはそこまで長くはないと思います。

その次の物語が結構大規模な戦いになると思いますが、前回の物語同様、一種の箸休め兼設定やあらたな登場人物やら後々の伏線が出てくると思うので、よろしくお願いします

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