封印 五十嵐・W・大悟
「積! 優!」
「俺達はもう疲れちゃったから! あと頼んだ!」
「言われるまでもない!」
「任せなさいって!」
ゼオスの行った瞬間移動により状況は最終段階へと移行する。
難敵五十嵐・W・大悟は空中二百メートルの地点に放り出され、突然の事であったためか対応しきれず硬直。そんな彼を見据え、封印術を練っていた積と優が意識を集中。
目標はただ一つ。仲間達が作った最大の正気を活かす事である。
「HUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUNNNNNNN!!!!!!」
「う、おぉ!?」
「こりゃ………………まさか!?」
「シュバルツさんが使ってたバインドボイス! 大咆哮による衝撃波っ!!」
「ここで使ってくるってことは………………相手もこの状況を想定してっ! やがったなっ!」
そんなタイミング、自由落下に身を任せながら行われた音量兵器は、地上の至る所に飛び散っていた木片や岩の塊を吹き飛ばすほどで、思わぬ反撃を前に地上にいた蒼野達全員が一瞬ではあるが体を強張らせ、その隙に五十嵐・W・大悟は自身の意志で落下速度を速め、積と優が苦々しい表情でそれを見つめる。
「こ、この機会を逃すわけにはっ」
次いで積の口から零れるのは悔恨の念に染まった呻き声。
この千載一遇の好機を逃した場合に起こるであろう変化に対する恐怖の混じった言葉である。
ゆえにすぐさま二人分の耳栓を錬成すると自分と優の耳に叩き込み前進。
そこまでしてもなお大咆哮は彼の頭を叩き割る勢いで響き続け、積と優がしっかりと狙いを定めるよりも先に五十嵐・W・大悟が地面に着地し体制を立て直す。
「あ!」
「流星………………いや違う!」
「今のは………………レインさんだ!」
その未来を覆したのは鬱蒼とした森から光の塊となって現れた一人の男。
白の軍服に身を包み、色素の抜けた髪の毛をオールバックにした穏やかながらも悲壮な決意を秘めた顔の老兵。
すなわち神教における大幹部、座天使レイン・ダン・バファエロその人であり、自分を呼ぶ若人の声に反応する事なく着地直前の五十嵐・W・大悟へと突進。そのまま再び上空へ。
「今度こそ眠れ………………友よ!」
「!!」
能力『万物貫通』が付与された光属性のレイピアで鋼鉄を遥かに上回る強度の肉体の至る所を易々と突き刺す。
「おっと危ない。というかうるさいな! 脳が揺れる!}
その状態になってなお繰り出される拳は、空いている左手に掴んだレーザーシールドでなんとか受け流す。
そうして空高くへと持ちあげると手を離し、
「HUUUU――――」
「ふん!」
未だ地上を揺らし、レインの脳と全身を揺らす大音量の要となっている喉仏へと向け、蒼野達に『秘策』と語った希少能力『封王の法剣』を投擲。
刃は強固な肉体に弾かれることなくスルリと突き刺さり、されど血の一滴さえ零れはしない。
「――――――!!」
しかしそれは、彼の秘策が失敗したというわけではない。
それを示すように五十嵐・W・大悟の『声』は封じられ、自由に動けるようになった積と優が跳躍。
「細かい調整は頼んだぞ!」
「ええ!」
「!」
「遅い」
接近に気づいた五十嵐・W・大悟が体を反転させ、地上から迫る積と優へと拳を向けるが一歩遅い。
「鉄の柱と鉄の鎖よ――――締めろ!」
席が最後の一節を唱えると同時に五十嵐・W・大悟の周辺を錆色の鉄柱十二本が囲い、一コンマのずれもなく同時に発射。
すると男の拳は目標を迫る鉄柱へと変え振り抜かれるが、鉄柱は拳を貫通。
両手両足に一本ずつ。残るは顔面や胴体、膝や肩に突き刺さり、続けて十二本の鉄柱全てから鎖が生まれると、勢いよく伸びていく。
「こっからはアタシが!」
それらに対し優は自身の持つ鋼属性粒子を流し、手足の延長線として操作。数多の鎖が十二本の鉄柱全てと複雑に絡まり合い、五十嵐・W・大悟の肉体を雁字搦めにしていく。
「――――――!!」
無論抵抗はあるのだが、その勢い以上の速度で封印術は役目を果たすために縮小を開始。
五十嵐・W・大悟はなおも抵抗を続け、
「もういい。もういいんだ」
「フ………………………………………………ン………………………………………………」
「死んでまでお上の言う事に従って戦うなんて最悪だろ。お前さんはちゃんと天国に行って、ツマミ片手に酒盛りでもしてりゃいいんだ」
そんな彼に対するトドメとして、レインが喉仏から抜いた希少能力の剣を脳天に突き刺す。
とすれば抵抗の手は止まり、現代最高峰の膂力を誇ると言われていた怪物は沈黙。
掌に収まるサイズの錆色の十字架へと変貌すると、援軍として訪れた老兵が片膝をつき両手で包み、自身の胸に押し付けた。
その姿はまさしく祈りを捧げる聖人のものであった。
「一瞬の出番だからバレてないと嬉しいんだけどねぇ………………とりあえずお疲れ少年少女。行きつけの居酒屋でねぎらいたいところだけどなにぶん時間がない。すぐに本題、情報の提供に移ろうか」
蒼野達に背を向けていた彼の祈りは十数秒続き、それが終わり息を吐いた後には、背を向けたままゆえ表情はわからないが、普段通りのお茶らけた声に戻っていた。
「………………レイン・ダン・バファエロ、貴様と五十嵐・W・大悟は」
「若い頃からの飲み仲間だよ。休日はもちろん仕事終わりに顔を合わせることもあってね。武勇伝や愚痴を肴にしてよく酒を飲み交わしてた」
情報を貰えることは蒼野達からしてもこれ以上ないほどありがたいことだ。そしてその内容が偽りでないことは先の戦いから理解できる。
けれど最後の最後、完全に信頼するためにゼオスは問い掛け、昔懐かしむ様子で月を見上げた老兵は語り始めた。
「一緒にギャンブルしたりもしたし、たばこの好きな銘柄を話したりもしたんだ。あいつは生涯独身だったからさ、結婚した私にいちいち突っかかってくるんだよ。で、それを煽ったりもした」
「レインさん」
「そんなあいつがいきなり死んだ時は、結構堪えたもんだよ」
語る言葉の一つ一つには親愛の情が含まれており、しかしそれらは話が終わりに向かうにつれ消え去っていく。
「そんなあいつが生き返ったって知ってね、おじさんは喜ぶより先に驚いたよ。そんな話があるはずがない。死んだ人間は蘇らないんだってね」
「…………それで、アンタはどうしたんだ?」
「イグドラシル様に確認して、間近で見たよ。で、確信を抱いた。アイツはやっぱり死んだんだってね。壊れたテープみたいに叫ぶだけの魂のない肉の塊。そんなもん見せられたら………………眠らせてやるのが仲のよかった飲み仲間の役目でしょ」
レイン・ダン・バファエロはイグドラシルに対して抱いている胸中を明確には口にしない。
けれどもそれこそが自分がこの場にいる理由であると伝え、最後まで疑っていた康太も銃を持つ力を緩め、それを肌で感じ取った老兵は振り返り、
「ま、おじさんの身の上話はここらでいいでしょ。それじゃ改めて本題だ。知っている限りではあるが連中の付けてる仮面に関して。そしておじさんが予想するこの後の展開に関してだ」
今度こそ彼は語るのだ。
これから待ち受ける熾烈な戦い。その一端に関して。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
酒とギャンブル、それに女房をこよなくダメ成分多めの親父、レイン・ダン・バファエロ久しぶりの登場でございます。
普段から神器が最強な面が目立っていましたが、ない場合の能力の優位性が分かりやすい話でもあったりします。
どんだけ体を鍛えても『なんでも貫通する』という結果を叩きつけてくる能力相手には弱いということですね。
勿論普段の五十嵐・W・大悟ならこんな簡単に神器を手放すことはなかったのですが、そこは狂化の影響ということで。
さて次回はこれから挑む戦いの状況説明回。世界の様子をお伝えしましょう。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




