仮面の狂軍 四頁目
(地面に付けないってことは単純な撃破や殺害じゃダメね………………なら封印術なんだろうけど)
(本当に味方だっていうのなら姿を表せって!)
正確な位置が把握できずに伝えられた目の前にいる怪物の攻略法。
しかしこれに対し一同はみな懐疑的である。
当然のこととして姿形もわからない相手の言葉を信用できるはずがないのだ。
(………………それはできない)
(どういうこと? 顔を出すのが危険な立場ってこと?)
(そういう意味もある。だが姿を現すことは君たちにとってもデメリットとなる行為なのだ)
(?)
率先して会話に取り組むのは全体の潤滑油の役割を果たしている優と今なお多少の余裕があるヘルスの二人で、他の面々は話を聞きながらも目の前にいる強敵。生きた災害のように暴れ回る五十嵐・W・大悟に専念。
「…………相手は死体だ。許せよ蒼野」
「いいさ。むしろこうなったのなら眠らせるのが礼儀だろ」
蒼野とヘルスの援護を受けたゼオスが、手にしている神器レクイエムの一閃にて首を跳ねる。
とすれば首から上は木々の合間を縫うように舞い、一秒後には仮面をかぶったまま地面の上を転がり、
「フゥゥゥゥゥゥンンンンンンンンンン!!!!」
「こ、こいつ!?」
「今の状態からでも復活するのか!?」
地響きにも似た声が、奇妙なことに首から下を喪った狂戦士から発せられる。
そんな怖気の奔る光景の後に訪れたのは地面に横たわった肉体が首へと引き寄せられ、接合する光景で、禍々しい光を身にまとい立ち上がると、仮面の至る所から粘度の高い黒い液体、すなわち『黒い海』を垂れ流す。
「こ、こいつは」
「……………まさに不死身だな」
首を跳ねればさすがに止まるだろうと踏んでいた最前線に立つ三人は、それでもこの可能性も十分存在することを予期し、臨戦態勢を解くことはなかった。
「焚!」
「――――ッ!」
「ぜ、ゼオス!?」
にもかかわらず、ゼオスは反撃の糸口もつかめぬまま吹き飛び、鬱蒼とした森の木々を貫いていった。
(今のは単純な速さじゃない! 視界から外れるための特殊な歩法! そんなもんまで使えるのか!)
その際に見せた奇妙な動き。
最も近いもので言えばレオンの使う緩急の効いた動きに似た歩法は、隣にいたヘルスがギリギリ反応できるもので、けれどその後ろに控えていた積はしっかりと認識できた。
「生前の技術を取り入れたって感じか? それとも仮面の中に記録されてんのか?」
問題はその完成度。
狂気に身を浸して天災同然に暴れ回っているのにも関わらず繰り出された洗練された様子で、これまで押していた相手との差が今はほとんど存在しないことを痛感する。
いやもしかするともはや追い抜かれているのではという疑問さえ覚えてしまう。
(………………最後の一手は私が下そう。だから君たちは封印術で必ず彼を封じ込めるんだ)
(………………わかった)
単純な打倒は不可能であることが証明され、謎の存在は最後の最後とはいえ、自分の正体を明かす事に等しい行為をすることまで約束してきた。
こうなれば積達も腹を決めるほかない。
「五十嵐・W・大悟は封印する!」
それを示すように彼の声が周囲一帯に響き、その場にいる全員が無言の了承。負傷はすれど十全な動きを発揮することに支障がないゼオスの帰還をもって、状況は新たな段階へと移行していく。
すなわち最前線である程度のダメージを与え、封印術に抵抗させないようにする面々。
そして各勢力のトップと戦える人物相手に封印術を仕掛ける面々だ。
「大枠は俺が作る。優は援護を!」
「ええ!」
「粒子のブーストが必要だろうな。なら鋼と水の箱を渡しておく」
「助かる!」
組分けとしては積と優の二人が後者。残る面々が前者に当たるのだが、前者に当たる面々の顔は渋い。
「こ、こいつ!」
「つ、強すぎる! 俺はともかくヘルスさんとゼオスの二人を一気に抑え込めるか普通!?」
「…………いや相手がアイビス・フォーカスやシャロウズ・フォンデュクラスだとすれば納得だ」
ヘルスに康太。それにゼオスという、一人一人が『超越者』レベルの中堅を超えている面々。
それに加え能力により不死身に近い蒼野。
この四人がしっかりとした連携をしても一歩たりとも退かず互角以上の勢いを繰り広げる姿はまさに『超越者』最高峰のものであった。
「…………生きていれば四大勢力のパワーバランスはもう少し均等だったのだろうな」
「財力に加え切り札を持ってる貴族衆か! そりゃ怖い」
「蒼野、能力は!」
「ダメだ通用しねぇ。多分あの手にしてる番傘が神器だ!」
『果て越え』という埒外の存在を除けば、目の前にいる男は間違いなく単純な身体能力では現代最強クラスであった。
それこそ生きていれば先の二つの戦争や今回の戦いでも大きな活躍が期待できたほどに。
「よっと!」
そんな中、攻撃の隙間を縫うようにヘルスが円を描くように縦回転。その勢いで繰り出された蹴りのつま先は正確に顎を捉え、一歩二歩と五十嵐・W・大悟を後退させる。
「あ、当たった? それもかなり影響があるぞ………………?」
「相手は確か『学習する怪物』なんだよな? ならもしかしたら初見の技に関してはざるなんじゃないか?」
「つまり、普段使わない技を一度ぶち当てる分には困らねぇってことだ。なら手数の多いオレの出番だな。三人とも援護を!」
一瞬のあいだに起きた出来事に対し分析を行い、康太の声を聞き前に出ている三人は五十嵐・W・大悟を足止めする程度の動きに変更。
戦場の主体を担うことになった康太はといえば、なおも元の形を保っている木々の間を抜け敵対者の真後ろへ移動する。
「よっと!」
名もなき神器に込められた銃弾の種類は水と地属性の性質を合わせた粘着弾。能力に域に達していないそれは、強敵相手ならまず使いようのない代物であるが、康太は連続で撃ち出し怪物の足場を埋め、相手はなんの警戒もせずそこに足を突っ込んできた。
「今だ!」
無論それを抜けるのはスペックお化けである五十嵐・W・大悟ならば可能である。
しかしわざわざそれから抜け出すために使った数手のあいだに残る三人が勢いよく攻撃を繰り出し、康太が殺傷能力は低いが軌道を読みにくい跳躍弾を発射しサポート。
数多の攻撃が鋼鉄のような体に突き刺さり、大きく左右に揺れたのを確認した瞬間ヘルスが一歩後退。
「トール以外は慣れてないから普段使いはしないんだが………………今回の場合はそれが逆にいいんだよな!」
そう言いながら意識を集中させ、頭の奥底に眠るイメージを抽出。
右手で地面に触れながら思い描いた姿は――――――相手を強制的にスタンさせることに秀でた超広範囲の雷の波!
「ゼオス君! 蒼野君! 退け!」
その範囲を康太に届かないギリギリに設定し、声に従ったゼオスが蒼野ごと瞬間移動で離れた瞬間、彼はその名を唱えるのだ。
「バルギルト・ライ・リフレクト(結界)!」
直後に生じたのは半円形に広がる雷の壁で、それに触れた怪物の体が痙攣。
それを見届けた瞬間、康太の放った銃弾が牙をむく。
「吹き飛んじまいな!」
撃ちだした銃弾は無色透明ながら殺傷力はロクにない風圧弾。
しかしそれは相手を吹き飛ばすという一点においては秀でており、敵対者の肉体を上空へと持ち上げる。
「吹き飛ばない! てことはその点に関してだけは事前に対策済みか!」
はずが………………浮かばない。
地面に根を張ったかのように耐える姿は、先ほどの念話の情報が真実であったことを示す明確な根拠となっており、しかし思惑通りに上手くいかない現状に康太が低い声で呻いた。
「…………いや、十分だ」
「ゼオス!」
だがなおも彼らの攻勢は終わらない。
ヘルスの放った蒼雷の結界。この解除と康太の放つ銃弾を見届けた瞬間、蒼野を伴い空に逃げていたゼオスが急速落下。
空気の圧を左右にかき分け、隕石が如く燃えながら地上へと到達する彼の一振りは五十嵐・W・大悟の右腕を正確に捉え、
「………………流石に神器を持つ腕は固いっ」
けれど目的通り跳ね飛ばすには至らない。
皮膚を裂き、強固な肉の鎧さえ食い破るが、骨を断つには至らず、
「いいやまだだ!」
「……蒼野!」
足りない分を埋めるように蒼野がゼオスの振り下ろしたレクイエムの真上へと落下。
刃は自身の右脚の膝のあたりまで進み苦悶の声が喉奥から漏れるが、止まっていた刃は骨さえ断ち、けれど両断には至らず、
「ソード(斬刑)!」
その最後の一手を、ヘルスが埋める。
バルギルドの雷を固めて作った刃をかちあげ、ゼオスと蒼野が必死に進めたのとは真逆側から。
すなわち残り少ない皮膚と肉を焼き・断ち・跳ね飛ばし、番傘の形をした神器を肉体から無理やり引き離す。
「「ゼオス!」」
直後、その場にいる四人の意志が一つなり、ゼオスの腕が怪物に接触。
「………………跳べ」
発動した瞬間移動は彼を空高くにまで強制的に移動させ、封印術を発動させるだけの土台が整った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
VS五十嵐・W・大悟戦は『こんなところで足踏みしてる暇はねぇ』とでも言うべき勢いで進みます。
ちなみに次回でも語られるかもしれない話ですが、彼が見せた歩法や他様々な技術は、生前に会得していた物を模倣したものです。
これに加え意思の力と思考力、他にも狂化している状態ではどうしても使えない力が戻ってくるため、生前の彼はさらに強いです。
脳のリミッターが外れ普段以上の怪力や強固さを誇っている今と比較しても1、5倍くらいは強いので、ここにいるメンバーが単一で挑むのはヘルス以外きついですね。
ヘルスに限って言えば、ルインの持つスキルの大半を覚えれば生前の五十嵐・W・大悟相手に五分以上で戦えます………………強ぇ
それではまた次回、ぜひご覧ください!




