仮面の狂軍 二頁目
蒼野らが普段過ごしているキャラバンは、空間の膨張を行った結果、外部から把握できるサイズとは異なる広さを備えていた。
その特徴を保持するためには檻の役割を果たしている外壁が強固な必要があり、『超越者』クラスの攻撃でも壊れることのない堅牢さを備えていたのだが、けれども注がれる銃弾の嵐に敗北。
壁一面が粉々に砕かれた結果、内部の構造を保てなくなった建物全体が急激に膨らみ破裂。
家具や食材。土や修行器具が、雪崩のような勢いで周囲を埋め尽くした。
「おいテメェ」
「――――――――?」
「アタシ達の家に何すんのよ!」
「治す立場の事を考えろっての!」
康太が声をあげるまで微塵も予期していなかった急襲。加えて急激な膨張と爆発。
あまりにも突然の出来事は中にいた者達の命を奪えるほどの脅威であるが、ここまでいくつもの死線を潜り抜けた彼らが、その程度の危機を乗り越えられないわけがない。
「ふ、んんんんんんんんんんんん!?」
キャラバンを襲った青と黒の二色で渦を描いた仮面を嵌めた狂戦士。
彼へと向けいち早く飛び出した蒼野と優が手にしていた剣と鎌の刃を交錯。
防御させる暇さえ与えず、狂戦士の肉体を切り裂き空中へと浮かばせる。
「追撃行くぞ!」
「言われなくても!」
だが二つの脅威を易々と躱した六人の反撃はこの程度では終わらない。
息の合った連携から繰り出された強烈な十字斬撃。これを受けた肉体へと続けて飛来したのは、頭上から注がれる蒼雷の砲撃と真正面から迫る強烈な威力を秘めた銃弾で、その二つも躱されることはなく直撃。
襲撃者の肉体が月の光を通さぬ森の奥へと消えていく。
ここまでの展開に関して、おそらく文句を言う者はいない。
完璧な連携。完璧な反撃による、満点に近い結果であると言えるだろう。
「油断すんなよ。なんせ相手はかつて貴族衆が抱えていた筆頭戦力。『ワンマンアーミー』五十嵐・W・大悟だ。こんなもんで止まるはずがねぇ」
だが対峙している本人達。
中でも作戦参謀にしてまとめ役である積に奔る緊張は並の物ではない。
現れた襲撃者はそれほどまで驚異的な相手なのだ。
「無傷………いや焦げ跡があるな。でもたったそれだけだ」
「アタシやアンタの攻撃に対してだけならいいけど、康太とヘルスさんの追撃を含めてこれは結構ショックね」
グレーのカーゴパンツに黒の長袖ワイシャツ。そしてその上から体全体を包むベージュのマントを着た相手の格好は、さして奇抜なものではない。
ただ右手で掴んでいる先端部から煙を吐き出している赤の番傘が、あれほどの攻撃を受けたにも関わらず服の裂け目から見える無傷に近い肉体が、彼がただものではないと語っている。
というより名前を知っている積は勿論の事、この場にいる面々はみな彼を知っていた。
なぜなら彼こそはつい数年前まで君臨していた貴族衆最強。
用心棒を求めた貴族衆が空いていたアルファベットに叩き込んだ世界屈指の暴力。
アイビス・フォーカスやエルドラに比肩するほどの実力を持つ怪物なのだ。
「で、建ててた予定が崩れたわけだがどうする積君!」
ヘルスが軽い調子で言い終えるよりも早く、鋼と土の二属性を極め、肉体強化に費やした刺客は迫りくるのだが、そのスペックには目を疑う。
光属性を全く使っていないにも関わらず光速に至り、どれほどの攻撃を受けようと肌は切れど血肉の鎧を貫くことは出来ず、振り抜かれた番傘の一撃は十キロ先に生えている木々を吹き飛ばすほどの余波を産む。
「戦う姿は始めて見たが、現代に生まれたシュバルツさんみたいな感じだな! いや細部は違うけどさぁ!」
「なんにせよ厄介な事に変わりはないわ。足踏みしてたら援軍が来るかもしれないし、ここは逃げるべきかしら?」
「いや逃げるたってどこに!?」
空中に逃げその惨状を眺めた蒼野と優。
彼らの叫びは最初に質問を投げかけたヘルスの耳にも届き、いち早く選択する。
(『死神』以上に恐ろしい相手か。心底恐ろしいが………………俺が残るしかないよな。こりゃ)
すなわち、この場に自分だけが残り足止めするという道。
原口善の墓前で誓った、彼の遺した遺産を命がけで守るという誓いをここでも果たそうと思い全身を蒼い雷で埋め、
「全員臨戦態勢! 強敵だが、協力して速攻で始末する!!」
「なぁ!?」
その瞬間、ヘルスの意志を挫くような指示が、まとめ役である積の口から発せられる。
「ま、待て積君! わざわざ全員で挑まなくてもいい! ここは俺が何とかするから、君たちは先へ!」
とすれば命を賭ける覚悟を決めたヘルスは出鼻を挫かれた事になり、即座に反論。
自分の選択こそが正しいと声高に主張するが、積はかぶりを振る。
「今回の戦いはおそらく短い期間、それこそ半日くらいで決着がつくはずだ。だがその間に行われる戦いはかなり密度が高く、熾烈なものになるはずだ。その初戦から戦力を分散するのは悪手だ」
「かもしれないが相手は強敵だ。こんなところで命を賭ける必要はない!」
「ならなんであんたはここで命を賭ける?」
「それ、は………………………………」
「墳! 糞!」
「人が真剣な話をしてる時に!!」
繰り出される一撃一撃は重く、鋭い。
しかし正気を失っている故か攻撃の軌道はわかりやすく、なおかつ溜めも大きい。
そのため普段よりも大きく躱せば回避は余裕で、何度か繰り返している内に、再び積とヘルスが肩を並べ、
「それでも、俺は………………」
隣に立つ積が数秒前にした発言を脳内で反芻し、なおも渋い顔と苦しい声をあげるヘルス。
「俺から言えるのは一つだけ。先の『裏世界』の一件を経て、俺達の中にあんたを部外者扱いする奴はいない。つまり………………つまらん意地を貫くために仲間を置いてく奴はいないってことだ!」
「!」
しかし直後に告げられた積の発言を聞けば言葉に詰まり、
「………………あんたが何を考えてるかはよくわかるよ。だけど俺達はもう子供じゃない。だからもう、あんたがこれ以上無理する必要はないんだ」
続く発言がとどめであった。
怖がりで逃げたがりであったほうき頭の青年は、守るべき対象であった少年の言葉に押し負け、けれどその場で崩れるようなことはなく、つい先ほどまで以上の闘気を嬉々とした表情で纏う。
「全員怯むな! 敵は世界最高峰! だが正気を失った気狂いだ! この程度の野郎はさっさとのして、俺達はイグドラシルに文句を言いに行くんだ!」
その空気と強い闘気に呼応するよう五人の少年少女も気を纏い、積の発破により、短い、けれど決して忘れられない一日が始まった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ヘルスのこれまでの頑張りが認められる。そんな今回のお話です。
ちょっとヘンテコな名前ながらアホみたいに強い。
もし生存していたのなら三章組攻略戦でも一定の戦果を挙げれていたはずの強者。
それが五十嵐・W・大悟でございます。
彼に関する情報は次回以降でも語られるんですが、千年前の戦争に参加組というわけではないとだけ。
次回はこの強敵相手の大立ち回り!
楽しみにしていただければ!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




