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仮面の狂軍 一頁目


 4月27日午前0時、その日その瞬間に終わりはやって来た。


「逃げろ! 逃げろぉ!」

「逃げろってどこにだよ! どこもかしこも――――――『黒い海』だらけじゃねぇかよ!」

「た、助けてぇ! 誰か助けてぇ!!!!」


 『針で開けた小さな穴』でも『人工島を包む大穴』という規模でもない。

 文字通り世界中のあらゆる場所から吹き出て空を貫く『黒い海』は、地上へと降下すると同時に腕の形に変化し、卑しい子供が大好物を掴み取るような勢いで、人々を引きずっていく。

 それにより生まれる悲鳴は町を、都市を、世界を包み、惑星『ウルアーデ』は地獄と化した。


「大丈夫かい!?」

「し、シロバさまぁ!」

「この場は僕と四大勢力連合軍が取り持つ! 抵抗する力と気概のない者は地下の避難区域へ! それ以外の者は総出でこいつらの対処だ! 一人として犠牲を出さないつもりで動くよ!」

「「はっ!!」」


 だがこの星に住む者らは動けぬ案山子ではない。逃げ惑うだけの蟻や兎でもない。

 比肩する星など一つとして存在しない、戦人達である。

 そして規模は違えどこのような事態は既に予期していたものであり、一個大隊を率いたシロバが自身の統治する土地を守るべく動き出す。


「よぉーし! やることはつい先日と同じだ野郎共ぉ! 俺達竜人族こそ! この星最強の雄! 避難も! 撃退も! どの種族の誰よりもこなすぞ!」

「「おぉぉぉぉーーーー!」」


 平均値で見れば最強である竜人族は、エルドラを筆頭とした精鋭十数人を残し世界中のあらゆる場所へと向け飛び立ち、


「恐れるな! しっかりとした連携を取れば、こ奴らなんぞ赤子同然よ!」


 別の場所。賢教の地では、『四星』の一人雲景が声を上げ指揮をしていた。


 無論そのように抵抗の意志を示すのはエルドラやシロバだけではない。

 己が地を統治する猛者たちが、自身の軍を率い対処に回っていた。


「『黒い海』は脅威だ! これは間違いない!」

「だが! 我々はみな! あのガーディア・ガルフ率いる精鋭に立ち向かった兵なり! 恐れることなどなにもなぁい!」


 いや、脅威を前に立ちあがるのは名の知れた英雄や精鋭・猛者の範疇に限らなかった。

 本人らが聞けば苦笑なり苦い顔をするかもしれないが、名もなき雑兵たちの中には、つい数か月前に起きた大戦の記憶を思い出し、誰に言われるまでもなく奮起する者達が多々いた。


 つまり彼らは、定められた『終末』を自分らの手で乗り越えていた。


「ん?」

「なんだありゃ?」


 しかし彼らはまだ知らなかった。

 そのように暴れることが出来るのが、無知故であることを………………


 


 ところ変わって世界の中心たるラスタリアにある『神の居城』。

 その真下にある広場には一万体もの仮面を被った兵がいたのだが、その様子はこれまでとは大きく異なっていた。


 これまでの荒れ狂う天災の如き怒声と狂気はなりを潜め、肉体は直立不動。しかし首から上だけは俯いた状態で、規則正しく並び、月の光に照らされている。

 その様子は電源を抜かれたロボットに類似しており、けれど彼らの内の一部が、頭上から響いた乾いた音を聞き動き出す。


「下で並んでる気味の悪い仮面の軍団。彼らが出てきたのは、私の目が腐っていないのだとしたらあの『黒い海』だった」

「………………………………」

「加えて言えば世界中で起きてる『黒い海』の異常噴出。それに今動き出した連中。その全てがイグちゃんの杖の一突きが発端だったように思えるわ。どう? 何か言う事はある?」


 その光景を玉座の間で眺めていたのは、つい先日帰還したこの星の主イグドラシルであるのだが、彼女の背後から見知った、けれどこれまで決して自分には向けられる事がなかった声が聞こえてくる。


 彼女の右腕アイビス・フォーカスの敵意に染まったものである。


「なにも。貴方の言っていることはすべて正しいですよアイビス」


 命の危険を感じるべき状況なのだろう。

 慌てて動き出し、何らかの対処なり懇願なりをするべきなのだろう。

 だがこの星の主はそのどちらもしない。

 市街の様子を見る時と同じような余裕と落ち着きのある足取りで振り返る。


 直後に目にしたのは自分を守るために立ち向かったであろうノアが敗北し、多量の血を流しながら壁にもたれかかっている姿で、その様子にため息を漏らした。


「どうして? いえ………………これは狂気よ。狂ってる!」

「狂ってなどいません。私は正気です。今のこうした動きにだってしっかりとした理由があります」

「………………理由?」

「詳しく話すだけの時間はありません。ですので端的に告げますが………………私はこの時を待っていたのです。千年という長い月日、この瞬間を」


 気が遠くなるほど長き時間、肩を並べた二人が今は意見の対立から向かい合っている。

 その事実をアイビスは心底悲しく思うが、その気持ちを押し込め、彼女は神教(我が子)を救うため心を鬼にし、


「そのためなら、たとえこの世界がどうなろうと」

「――――――お前は、誰だ!」


 続く彼女の言葉を聞き確信を得る。

 目の前にいる存在は本物のイグドラシル・フォーカスではないと。

 詳細まではわからないが、何者かが化けた化生の類。滅ぼすべき悪であると。


「疾走せよ――――氷葬!」


 ゆえに続く行動も滞りはない。

 指先に氷属性粒子を圧縮し、鋼属性で射出装置を作成。残る属性粒子を射出用のエネルギーとして用いると、躊躇など微塵もせず発射。


 反撃も、防御も、いや触れるもの全てを凍らせ・砕く氷結晶は、光速でアイビス・フォーカスへと向け飛んでいき、


「千年」

「!」

「それほど長きにわたり、貴方は私の右腕として働いてくれました。家族として共に過ごしました。その日々がこうして終わることが――――私は残念でなりません」


 けれどそれが届くより早く、突如現れた炎の壁に阻まれた。


「嘘! まさか!?」


 顔付近を両手で覆ったアイビスが驚いた理由は、ただ防がれたからに非ず。

 その炎が発する熱、それに圧縮率や技の練度が、自身が敵わないと認めてしまった唯一無二の存在。

 すなわち『果て越え』の物であったゆえで、


「君が自ら空けた席は――――僕が貰おう」


 直後、彼女は光の奔流に呑み込まれた。




「援軍はなし、か。どうする積?」

「この事態の発端がイグドラシルだと明確に気づいてるのは俺達だけだ。ラスタリア周辺にはまだブドーさんやエヴァさんもいる。一気に攻め立てるぞ」


 話は元居た場所、すなわちギルド『ウォーグレン』に戻るのだが、賢者王が消え、シロバからの連絡を受け取った彼らの動きは迅速であった。

 まず二手に分かれ、一方は各所に連絡。知人の安否と援軍の要請をした。

 もう一方はというと周辺の散策。『黒い海』の噴出を見て回った。


 この二つの結果はプラマイゼロ。言ってしまえば『何もなかった』。


 援軍はみな、人と土地を守ることに費やされているため期待できない。

 しかし『黒い海』に関して言えば、周辺で湧き出る様子はなかったため安全は確保できており、ひとまず息を整えるだけの余裕は手に入れた。


「作戦は?」

「第一に俺がイレイザーさんと連絡だ。ラスタリア周辺には大量の『目』を設置していてくれてるはずだから、そこで情報共有を行って最適なルートを算出する。そのあいだお前らは休んでおけ。この戦いは間違いなく死闘になるからな」

「了解!」


 矢継ぎ早に指示を出す積の姿は実に心強く、指揮の内容も倭宇rくはない。

 がしかし、彼らの警戒は少々手ぬるいものであったと言わざる得ない。


 なぜなら逃げた先は誰も寄り付かぬ秘境ではなく自分らの本拠地であるキャラバンで、


「そういえば積。ガーディアさんに連絡は?」

「………………その件についてなんだが「――――――――全員伏せろ!」


 蒼野の疑問に答えようとした積の言葉を遮るように、康太の怒声が響く。

 直後に訪れたのはアル・スペンディオの協力もあり強固に作られた壁が粉々に砕かれるという結果で、


「――――――――――――」


 彼らの前に狂気の使者は現れた。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


さて始まります最終決戦。

敵は神の座イグドラシル。控えるは仮面の狂軍。

場面転換やささやかな休息はあれど、最大最長の戦いが始まります。


口火を切るのはキャラバンへの襲撃。

敵の正体とは果たして………………


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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