そして終末は訪れる
蒼野達がイグドラシルとの謁見を開始した直後、ラスタリアにいた住民は全て、事前に通達されていたエリアへと転送された。
その場所は様々で、世界有数の観光地である『稲葉』。協力関係にあったギルドや貴族衆が統治している土地。他にも様々な場所が指定されていたのだが、中にはラスタリアから極めて近い農村へと飛ばされた者もおり、不安になった者達の中には、危険を承知の上でラスタリア周辺へと近づいた者達もいた。
「あれは巨大な彗星………………いや形は帯状だったな。とすると滝かな。天から降り注ぐ滝だ!」
そのような人物はみな、先に示し合わしてでもいたように同じことを告げるのだ。
大小さまざまな惑星が隕石のように降り注いだ後、一連の騒動を締めくくるように行われた最後の衝撃の形は、宙から降り注ぐ『滝』であったのだと。
とはいえその真意を知る者は誰もおらず、深く追求する者もいなかった。
そんな余裕など微塵もなかったため。
すなわち――――惑星『ウルアーデ』に約束された滅びの運命がやって来たために。
人々が『滝』と形容した最後の締め。
その放出が終わった時、賢者王を名乗る少年とギルド『ウォーグレン』の面々がいた空間は、底の見えない巨大な虚となっていた。
汚れ一つない美麗な建物。人々の善き営みを感じさせる文化。自然との共存を象徴する緑。
その全てが跡形もなく消え去り、代わりに地の底まで続く黒い空洞がそこにはあった。
「……彼が現れたということは、ついに約束の時が来たという事。であるならばあなたをひた隠しにする必要がないのです」
その光景を最後まで見届けたイグドラシルがため息を吐くと、脳内に響く念話に対し声を返す。
するとその返答に対する更なる返答が返され、彼女は眉を顰めた。
「ゼオス君の能力『時空門』ではどうにもできない速度と規模だったはずです。憎き賢者王にしても驚きから動きが止まっていたようですが………………瞬間移動の使い手や類する方法が他に、彼らの手の内にあったと?」
念話で並べられた言葉は要約すると『手ごたえがなかった』というもので、ある時期に関する記憶がない彼女は真相に辿り着けず、けれどそこまで深入りはしない。もはや関係ないと腹をくくる。
「いえ、細かいことは無視しましょう。重要なのはただ一つ。これが真なる意味で全面戦争であるということ。ならば、こちらも持ちうる全てを舞台に乗せましょう」
そう告げた彼女の瞳には妖しい光が宿っており、立ち上がると同時に虚空から取り出した木製の杖で真っ白な床を一突き。
「来なさい」
それが、この星を滅亡に導く始まりの一手であった。
「ぶはぁ!?」
「ど、どうなってるんだよ!? 確か全ての能力や粒子術をかき消せる神器だって!」
ところ変わってギルド『ウォーグレン』のキャラバン。
そこにはラスタリアから脱したことで使用できるようになった、一時現世からいなくなっていたイグドラシルが知らない手段。
すなわちゼオスが会得した瞬間移動で難を逃れた七人がおり、思考が定まらない中で口から零れ出るのは、つい先ほど遭遇した脅威。
賢者王が展開した神器をすり抜け、全員の抵抗さえ嘲笑いながら迫った正体不明の攻撃についてであった。
「僕の神器の能力はさっき語った通り。あらゆる力の分解なんだけど、逆を言えば、分解まで『しか』してない………………つまり『消滅』はさせてないんだ」
「…………どういうことだ?」
「例えばだよ、防御型の神器の能力無効化の射程、半径三百メートルの外に神器みたいに強固な結界なり柵を作って、その中に隙間なく、粒子を物理的に敷き詰める。こんなことをされた場合、僕の神器の効果は無意味な物になり、中にいる僕らは圧殺されるってわけさ」
「行ってることはわかる。だがそれは………………どう考えても無理だろ?」
「そうよね。そんなの現実的じゃないわ」
その正体に関して蒼野達は見当もつかなかったのだが、ただ一人、賢者王を名乗る少年だけは気が付いていた。ゆえに顔面を蒼白にしながら説明するが、ヘルスと優は彼の意見を即座に否定した。
「そんな量の粒子をどこから用意する? 一国どころか星の運営をできるだけの量だぞ」
理由はなおも荒い息を吐いている康太が口にした通り。
大気中に滞留し、人々が体内で生み出し貯蔵もしている、特殊粒子も含めた十一種類の粒子。
これを圧縮も術式にも変換せず、単純に可視化できるほど集めた上で隙間一つなく敷き詰め埋める。
しかもその範囲が僅かな空洞などではなく、半径三百メートルほどとなると、想像を絶するほどの量になるのだ。
それこそ使った粒子を即座に補充することが可能なアイビスやエヴァでさえ、それ程の範囲を一瞬で埋め尽くすには圧倒的に量が足りず、
「さてね。ただ一つ言えるのは、君達も言った通り現実的な話しじゃない。だから多分、何らかの絡繰があるはずだ。もしないとするならそれは」
「………………待て賢者王。貴様体が」
訳知り顔で語る幼い姿をしたこの星最大の変革者。彼の体が足の指先から崩れ出したのはその時だ。
「ちょ、ちょっと僕君! 体の端から崩れて!?」
「偉大なる賢者王様相手に不敬だぞ尾羽優。それにゼオス・ハザード……大丈夫。これは元々予定してたことだ」
驚いた様子で口を開いた優に対し棘のある言葉で返す賢者王。
彼は自身の体が端から真っ白になり崩れているにもかかわらず、至極冷静な様子で語り始める。
「この星の表舞台から姿を消して幾星霜。今この瞬間まで生き永らえていたにもかかわらず、僕はただ見守る事しかしてこなかった。なのに今回に限って表舞台に出てきた。この理由がわかるかい?」
「………………予想で悪いが勢力争いや思想から来る戦争じゃない。今回の剣が星の存亡に関わる出来事だからじゃないか?」
「正解。いい洞察力だ原口積」
徐々に力を喪っていき、その証拠と言わんばかりに膝から崩れ落ちる幼い勇士。その全身の大半が白く染まっていくと、発する声が弱弱しいものに変化。けれどなおも健在な事を示すように、小生意気な表情を顔に浮かべる。
「賢教による統治を奪われた時もクソムカついたんだけどね…………まぁギリギリ許すよ。けどね、この星の破壊だけはいただけない。だからこうやって出てきたんだけど…………残念ながら、ここまでみたい、だ」
フローリングの床に落ちた指先が砂と化し、持ち上げようとした腕さえ肩から外れる。その様子を見て蒼野が目を逸らすが、少年はさして気にした様子もなく笑う。
「僕の消滅に関しては気にしなくていい。実を言うとね、この体はさっきの状況を覆すために作り上げた急造の物。粗悪な出来の端末なんだ」
「………………端末?」
「僕にはわけあって表舞台に立てないルールがあってね。そのルールを破るために色々した結果がこの脆い体だ。つまり本体の方は未だ幽閉されたまま、だけどしっかり生きてるんだ」
「つまり…………この別離は当然のことだと」
「そういう事。どうだい? 幾分か気が楽になったかな?」
「あ、ああ。それを聞けて良かったよ」
膝から先がなくなりながらされる説明を聞き、全員が表に出すかどうかの違いはあれど安堵する。
「なら最後に一つだけ質問させてくれ。これからこの世界はどうなる? 星の危機ってのはなんなんだ?」
ともすれば気になるのはこれからの事で、全員を代表するように一歩前に出たヘルスが質問を行い、それに対し少年はかぶりを振り、
「手段に関してまではわからない。けど……言える事が二つある。一つは…………事件の主犯がイグドラシルのクソ野郎ってこと。そしてもう一つは………………………………もう………………………………………………時間が………………………………………………………………………………………………ない」
そう言いきった頃には、腹部から下を無くし、喋る余力すら残されていないようで、
「待ってくれ! 俺達は貴方のおかげで生き永らえたんだ! そのお礼もできずお別れなんて!」
そんな彼に時間逆行の能力を発動した蒼野が、縋るような物言いで訴えかける。
けれど能力は持っている神器の影響で無効化され、崩壊はなおも止まらず、その光景を前にした蒼野は最後に言うべき言葉はなんであるか必死に考え、
「また………………会えるのか?」
投げかけたそんな言葉を聞き少年は微笑み、
「祝勝会の………………パーティには………………………………行くよ」
最後にそう言い残し、完全に消滅。斯くしてキャラバンのリビングには重苦しい沈黙が訪れるが、それは瞬く間に崩れることになる。
「もしもし、どうしたんだシロバさん。随分と慌ててるようだが一体どうし……なんだと!?」
「どうしたんだ積?」
「今すぐテレビを点けろ! 世界が――――ヤバイ!」
勢いよく音を鳴らす端末。
そこから聞こえてくる声に従いテレビを点けたことで見た光景。
それは世界中の至る所で『黒い海』の水柱が迸り世界を浸食する、この世界に訪れた終末の瞬間であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
申し訳ありません。寝過ごしてしまい、おそらく誰も起きていない深夜帯での投稿となってしまいました。
さて本編はと言うと中盤戦の前半部分が終了。少々呆気ないとは思いますが、賢者王を名乗る少年の出番はほぼ終了となります。
そして息つく暇もなく決戦へ。
ここから最後まではほとんど休みなし!
一気に最終決戦まで向かいます!
なお『賢者王を名乗る少年出た意味なくない?』と思われるかもしれないのですが、ちゃんと後に響く意味はあるのでご安心ください
それではまた次回、ぜひご覧ください!
追記:タイトルが修正されてなかったので直しておきました。これはお恥ずかしい。




