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登場と撤退と猛追と果てと


 生まれてこの方およそ二十年。短い人生ながらも、ギルド『ウォーグレン』に所属している五人はここ数年、実に濃い日々を過ごしてきたという自覚がある。


 『十怪』パペットマスターとの遭遇に始まり、黄金の革命王にして『三凶』の一角ミレニアムとの衝突。獣人族の王と対峙したこともあった。

 その半年ほど後には宇宙からの侵略者と相対し、続けて千年前最強の剣士シュバルツ・シャークスが登場。

 極めつけは人類史上最高峰たるガーディア・ガルフとの遭遇に、彼の影たるウェルダとの戦い。


 並の人生ならば一つあるかどうかと言っていいほどの衝撃を、彼らはその身で受け止めたのだ。


 だとしても、これほどの衝撃を受けたのは間違いなく初めてであると断言できた。


「………………待て。待て待て待て待てぇい! おまえさん今、自分の事をなんて!?」

「あーその、聞き間違いかしら? アタシの耳には『賢者王』っていう単語が………………?」

「そうだよ? 僕は間違いなくそう言った。それってそれほどまでおかしなことかい?」


 ヘルスと優の問い掛けに対し、少女と見紛うほどの美貌を兼ね備えた可愛らしい顔を傾げる予期せぬ援軍。

 彼のさも当然という物言いに対し蒼野が意識を失いかけ、積や優が眩暈を覚えるが、この状況でもなお動じぬ者が一人だけいた。


「僕が本物であるという証明は、残念ながらこの場では難しい。とりあえずは荒れ狂う彼から逃げるのが先決なわけだけど………………それができる実力こそ、賢者王である証明になるんじゃないかな?」

「貴様が誰であろうと関係ない! 邪魔をするなら! 諸共死ね!」


 それは突然の乱入者を前にしてなお血走った眼をヘルスや積達に向けるノア・ロマネであり、咆哮に同調するように、数秒前以上の勢いで威力に特化した能力や粒子術が上下左右から蒼野達へと向かっていく。


「こ、こんなの人間業じゃねぇぞ!?」

「対処しきれねぇ!」


 その光景は現世に現れた地獄と呼ぶにふさわしい。

 威力と範囲、それに密度を伴ったそれは、ノア・ロマネのまごうことなき全力全開。

 最低威力の攻撃でも小国を破壊できるだけの威力を秘め、最大の物となれば周辺にある惑星を砕けるだけの威力があった。


「大丈夫! この手の攻撃と僕の相性は最高なんだ!」

「こ、これは!」

「全部分解してる………………すごい」


 その全てを前にしながらも賢者王と名乗った少年の余裕は崩れない。

 瀕死の重傷を負った康太とゼオスをただの一瞥で直すという神業を披露しながら、白と黒を土台とした円陣を足元に展開。びっしりと記された幾何学模様が輝いた瞬間、迫る全ての攻撃は七色に輝く粒子と化し、空に浮かんでいる彼らを包み込んだ。


「お返し、だ!」

「ッ!」


 そのまま虚空へと昇っていく色鮮やかな粒子は、けれど少年の声に合わせ制止。

 傷一つない小さな掌へと向かい勢いよく収束し球体を形成すると、少年が腕を掲げる動きに合わせて動き出し、


「おのれぇ!」


 ノア・ロマネが先の展開を予期し動き出す直前、虹色の光線として打ち出され、


「逃げた、か。頭に血が昇ってたと思うけど、最低限の冷静さは失っていなかった。野蛮人に見えたけど、これは中々………………」

「お。おぉぉぉぉ」

「なんて収束率に圧縮率なの………………」


 虹色に輝く光の奔流が止んだ時、場を支配したのは嵐が過ぎた後に訪れるような静寂で、そんな中で響く自信ありげな声にその場にいる全ての物達が唖然とする。


「今、貴方は賢者王と名乗りましたね」


 この戦いを玉座から眺めていた神の座イグドラシルを除いて。


「そうだけど………………千年以上生きたババアの耳には聞こえづらかったかな?」


 対する少年の態度と声は実にわかりやすい。

 一言一言に呪いでも含んでいるかのような敵意と憎悪が込められていた。

 そんな少年とイグドラシルの双眸には、見つめる先にいる対象を『必ず殺す』という意思があった。


「私は――――お前に会いたかった!」

「こ、これは!」

「………………想定する中で最悪の可能性だったが確定したな」

「ああ。この世界の裏で悪事を働いていたのは――――――神の座イグドラシル。あんただ!」


 直後に彼等は確信を得る。

 昨今巷を騒がせていた騒動の主犯。そして自分たちを襲撃した事件の主犯が誰であるかを。


「それ、今見せていいんだ?」

「この世界に『粒子』をもたらした偉大な祖にして、唾棄すべき蛆虫。貴方を相手にするなら、このくらいの手札を晒す必要があるでしょう?」


 イグドラシルの背後で噴きあがる黒い海により形成された水柱。その中から現れたのは幾度となく彼らの前に姿を現し、時には命を狙ってきた仮面を被った狂気であり、一秒ごとに数を増やしながら、賢者王を名乗った少年と積達へと迫っていく。


「逃げるよ!」

「え!?」

「世にも名高い賢者王が撤退だと? 戦わないのか?」

「僕の神器の対象は粒子全般に及ぶんだけどね、人間だけは対象外なんだよね! だから『黒い海』は退けられるけど………………!」

「あの気狂い共は対象外って。肉弾戦には脆弱ってことだな!」

「その通りだけど一言余計だなぁ!」


 その光景を前に瞬く間に撤退を決め込む賢者王。

 彼のその様子に驚きこそすれ異を唱える者はおらず、逃がさぬ為にノアが敷いていた結界を粒子に分解するとラスタリアの外へ到達。

 

「まあもちろん。最低限の反撃はするけどね!」


 そうして僅かにだが距離を離したところで少年は背後を振り返ると意地の悪い笑みを浮かべ左手を一振り。それにより生じた衝撃波は迫りくる軍勢を僅かにだが押し返し、かと思えば赤く発光している右腕を頭上へ掲げ、


「プレゼントだ。受け取るといい!」

「これは!」

「波長からして念力、よね。なんて出力なの………………」


 一際強く輝く。それにより生じた粒子術の正体を彼らは即座に見抜いたが、その出力に息を呑む。

 なにせ少年の力は惑星『ウルアーデ』という星の外にまで届き、遥か遠方にある無数の惑星に到達。

 それらをしっかりと掴むと、空間跳躍と加速を利用したった一秒で狂気の大群にまで移動させ、


「千年間、無駄な努力ご苦労様。けどね、お前のような田舎娘がどれだけ足掻こうが、僕には決して届かないんだ」


 この軍勢を差し向けた未だ玉座から動かないこの星の象徴を嘲笑いながら大地へ。

 数百人はいた仮面の軍勢を大地の底の底にまで沈めた。


「す、すごい」

「こんなナリだが………………本当に………………賢者王なのか………………」

「最初からそう言ってるじゃないか。それはそうと古賀康太は覚悟しておくように。一言余計だ」


 追っ手として迫っていた軍勢が掻き消え和らぐ場の空気。

 とすると大勢の口から賛美と多少の棘が発せられるのだが、


「――――――」

(今、なんて?)


 そんな中、第二波の警戒をしていた積は目にした。

 既に五キロ以上離れた玉座で何事かを呟いたイグドラシルの姿を。


「また!」

「何度やったって無駄だ! 人間以外は全て! 僕の神器が!!」


 直後に彼らが目にしたのは、頭上、いやウルアーデの空全てを覆う一発の流星。

 それは先ほど賢者王を名乗る少年が落とした小惑星に負けない大きさであり、けれど神器の能力無効化も纏っていないそれを彼は自身の神器の餌と断じ、


「いや待て! こ、こんなことがあり得るの!? 数値で言うなら宇宙創成並の!?」


 直後に狼狽える。


「え?」

「ど、どうしたのミニマム賢者王!?」


 するとその様子に対し幾人かが感想を述べ、


「説明は後だ! とにかく――――逃げろ! 地の果てまで!」


 彼がそう告げた次の瞬間、ラスタリア前の大地は跡形もなく消し飛んだ。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


連載再開。そして新たな味方が参入しての撤退戦です。

凄まじい神器の発動についに明かされる一連の事件の黒幕。

他にも賢者王を名乗る存在の力の一端やそんな彼さえ狼狽えさせる異常事態の締めと、結構な密度の話ができたのではないかと思ったのですがいかがでしょうか?


次回は撤退戦最終フェーズ。

今回の最後で何が起きたのかに関してもちょっとだけ語っていくと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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