舞い降りた者
背後、いや四方八方を埋め尽くすような数えるのも馬鹿らしくなるような真っ白な紙の洪水。
その脅威を認識してすぐ、積達は広くもない廊下を必死に駆ける。
「ク、ソォ!」
「気分よく走らせろっての! いや敵対者相手に言っても意味がないんだけどよぉ!」
紙片から絶え間なく繰り出される凄まじい規模と威力の攻撃による圧殺。これはとてつもなく恐ろしいものであるが、実のところ単体で見た場合、対処できないものではない。
光の域に達していないとはいえ、逃げる六人はみな、風を超え、雷さえ置き去りにするほどの速度で走れるのだ。外へと通じる壁を砕き、そのままラスタリアから飛び出れば、まず間違いなく致命圏内から逃れられる。
「逃がさんぞ! 貴様たちだけは! 必ず殺す!」
その弱点を補うのが無数の紙片を操る神器の担い手であるノア・ロマネである。
六人が城内へと逃げるため攻撃をしようとすると、そのたびに行く手を遮るよう光に迫る速度で紙片を飛ばし、その中から飛び出た様々な攻撃で出鼻を挫く。
それによって僅かながらでも動きを止めれば、『隙は見逃さぬ』とでもいうように更なる追撃を撃ち込み、少なくない被害を与えていた。
言うなれば今の六人は、逃げる以外の行動を選択した場合、必ず反撃を受け、軽くないダメージを負う状況に陥っていた。
(どうする積。このまま逃げても………………)
(間違いなく袋小路に追い詰められてデットエンドだろうな。だからどこかで被害覚悟の無茶をする必要があるわけだが………………)
だからといって抵抗を諦めただ逃げるだけに専念してしまえば、その先に待っている結末が悲惨なものなのは赤子とてわかることであり、蒼野の念話に対しては、積の苦い声が返される。
「積!」
「もう来たか! 流石に動きが速いな!」
彼らにとって不幸であったのは、予期していた瞬間がすぐそばにまで迫っていた事であろう。
康太の怒声が発せられた直後、向かい側の通路を埋めるように大量の紙片が流れ、そのうちの数枚から強烈な鋼鉄製の武器が飛来。前に出たゼオスと優が叩き落とす。
「康太!」
「たくっ! 無茶させやがる!!」
その光景を目にして、積が攻勢に転ずる。
この瞬間こそ無茶をするタイミングであると判断して一喝。
腹をくくった康太が右腕を掲げ、銃に内蔵されている疑似銀河を最大展開。片腕を犠牲にして放つ最大火力を、真正面から迫る紙の洪水へと躊躇なく撃ち込んだ。
「負傷を気にせず前に進め! ここで抜けられなきゃ詰みだぞ!」
前から迫っていた無数の紙片が上下左右に分かれ、その間を六人が一気に駆け抜ける。その足取りに迷いはなく、上下左右から迫りくるあらゆる攻撃に対処しながら、真正面にあいた外に通じる風穴へと迫っていく。
「おめおめと逃がすと思うか!」
「ノアさん!」
「そこを退いてくれ!」
「どくわけがなかろう!」
その渦中にこの騒動の主。すなわちノア・ロマネが突っ込んでいく。
自らが傷を負う事さえ覚悟した上で、蒼野とヘルスの懇願を跳ねのけ、いくつもの紙片を固めた紙の剣を片手に距離を詰める。
「………………積」
「悪いノアさん。ここは――――押し通る!」
課せられた罪は嘘偽りのものであり、積達にとってノアはいいように扱われている被害者である。
それこそ自分達と同じ立場であるとさえ思っていた。
ゆえに彼らは、彼に刃を向ける事に対し心理的抵抗がある。
だが今だけは自分たちの命を第一に置き、目の前に立つ障害に刃を向ける。
振り抜かれた紙の剣をゼオスが弾くと、隙だらけになった胴体にヘルスの撃ち出した蒼雷の砲撃が直撃。胴体に風穴が空き動きが止まった一瞬の隙に、六人全員がノアの左右を通り抜け奥へ。
「逃がさん!」
「腹に風穴開けて動くなんておかしい………………いやそうか。今のノアさんは全身が紙! 腹に風穴が空いても関係なしか!」
なおも響きわたる憤怒の声を前に困惑する面々はしかし、一瞬背後を見たところで目にした、紙で胴体の傷口を塞ぐ姿を前に事の真相を理解。その間にも彼らの行く手を遮るように、真正面の壁に生まれた風穴を防ぐように、分厚い紙の壁を生成。
「たくっ! もう一発はねぇからな!」
「康太!?」
衝突までの時間は瞬きよりも短く、それゆえ康太は迷わない。
残る左手を犠牲にする覚悟で銃口を真正面に立ちはだかる壁に突きつけ、一切の躊躇なく引き金を絞り、
「――――――」
広くない廊下に銃から発せられたとは思えない発砲音が再び木霊する。
それにより開いた活路へ。満天の星々が埋める夜空へと六人は飛び込み、
「再び切り札を切ったか。僥倖だな」
「え?」
背後から男の声を聞きながら、ついに城外へと脱出。その先で――――絶望を見た。
「これ、はっ!」
「俺達が逃げてる間に既に! 紙片で埋め尽くしていたのか!!」
外気に晒されたと同時に彼らが目にしたのは、地上を敷き詰めるように広がった無数の紙片。
その全てが人間の心臓のように膨張と収縮を繰り返し、蒼野達が飛び出たのと同時に折れた状態から広がり、内部に秘めていた物が勢いよく外部へ。
「ゼオス! 能力は!?」
「……瞬間移動は勿論、時空門さえ使えん。完璧に対策されているな」
「まずい! 防げぇぇぇぇぇぇ!!」
溢れ出る攻撃全てから発せられる超高密度の粒子。
一つ一つがアイビスやエヴァの全力に類似したその威力に六人全員が慄き、積の声に呼応して各々が持つ最大威力の攻撃を発動。
真上へと向け昇っていく、千を超える特大威力の粒子術と能力。
それらを前に、全てとは言わずとも自分らの周辺を守るよう反撃をする六人はしかし、瞬く間に押し負け数多の光に包まれていく。
「ま、間に合ったぁ!」
「俺達はな! だが!」
その全てが通り過ぎた時、青白い光が虚空にあった。
蒼野が展開した能力『時間回帰』による時間の拘束から来る堅牢な守り。それによる致命傷の回避である。
「ゼオス! 康太!」
とはいえその範囲には能力を無効化してしまう神器使いは含まれない。
ゆえにヘルスのようにオンオフができないゼオスと康太の二人は破壊の奔流に晒され、力なく落下。
「時間回帰による守りの障害か! だが二度目はない! 邪魔な時の守りさえ吹き飛ばしてやろう!」
「ま、ずい!」
紙の海と化した地上に落下するよりも早く蒼野と積が二人の腕を掴むことができたが、頭上から届く声を誰もはったりとは思わない。
すなわち次の攻撃が最後の時であると理解してしまう。
(ヘルスさんによる神格の召喚、いや間に合わない! 周辺で待機してる援軍による救出……これもどこまで機能するかっ)
(せめてお姉さまがいれば!)
脳裏に浮かんだ選択肢は瞬く間に無意味な物として散っていき、そうなれば頭を埋めるのは絶望と後悔。
逃れようのない死が迫っているという事実に、こんな結末を辿るのならばガーディア・ガルフに頼むべきであったという今更過ぎる結論で、
「死ね! 罪人!」
この戦いに決着をつけるべく、掲げられた熾天使の腕は振り下ろされる。
「ク、ソォォォォォォォ!」
直後に訪れたのは第一波を超える密度の質量攻撃。その中には時間回帰が張る『時の守り』さえ突破する物が確かに存在し、逃れられない終わりを前に幾人かが目を閉じた。
「な、に――――――」
その瞬間、それは起きた。
「撃ち出された攻撃が」
「分解されていく」
「完全分解………………じゃないよな? 流石にこの量の対処は無理なはずだ」
地面を埋める紙片はなおも残されている。
しかしそこから生じた全てが放出と共に掻き消えていった。
その光景に困惑する中、
「本当はダメな事なんだけどね。世界の危機となれば一度くらい禁を破ろう」
彼は現れた。
「貴方、いや君は?」
彼らの前に現れたのは一人の少年。
金髪をうなじの辺りまで蓄え、虹色に輝く瞳をした彼は、身長一メートルに届くかどうかという幼子で、小学校低学年と見て取れる顔立ちをしており、ベージュの短パンを履き、真っ赤なシャツの上から黒色のベストを着ている。
逃げる六人にとって一番の問題はその姿に見覚えがない事であり、ゆえに警戒心を怠らず、危機的状況にも関わらずそう尋ね、少年は発するのだ。
「多分言ったところでわからないと思います。だから世間一般で知られている異名の方で覚えて下さい」
「異名?」
「――――――――僕の名は『賢者王』。この世界に粒子をもたらした存在。遥か昔から今まで続く最大の宗教、すなわち『賢教』の開祖たる者!」
あまりにも荒唐無稽な自身の正体を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
このウルアーデ見聞録において、早く出したいと思っていたキャラクターというのは幾人かいます。
唯一無二たる『果て越え』の称号を持つガーディアとその仲間達がそれに当てはまるのですが、彼もまたその例に則った存在。
この世界の根幹にかかわる人物です。
彼がどのような事を口にするのか。その答えは次回で!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




