戦修羅
想定よりも遥かに早いタイミングで行われた不意打ち。
それにより吹き飛んだヘルス・アラモードの右肩から先を目にして、場の空気が瞬く間に変化する。
緊張から張り詰め冷え切っていた空気が、戦場へと変貌したことで沸き立つような熱気を帯びる。
「蒼野じゃ回復できねぇ! 優!」
「ええ!」
「………………時間を稼ぐぞ」
「ああ!」
積の一喝により、その場にいる者達が敷いている真っ白な床を蹴る。
片腕をえぐり取られたヘルスは顔中に脂汗を浮かべながらも膝を折ることはなく後退し、すぐさま隣に優が移動。回復術を展開し、
「動くな。こっちから仕掛ける意志はない!」
二人を守るように蒼野とゼオスが跳び出し李凱へと距離を詰めると、積がイグドラシルに視線を。康太が二つの銃口を一つずつイグドラシルと李凱に向けると口火を切り、
「カカッ!」
「………………!?」
「こ、れは!?」
即座に構築した康太の思惑が、瞬く間に水泡と帰す。
李凱を食い止めるため前に出た蒼野とゼオスの二人が、振り抜かれた拳を真正面から防御したのだが、想定外の膂力に耐え切れず壁に叩きつけられたのだ。
「んの野郎!」
「退かぬか! 勇敢だな!」
「テメェ如きに後退してられるかってんだ!」
「吠えよる!」
紅蓮のチャイナ服に身を包んだ、血気盛んな武人をそのまま形にした男の鷹のように鋭い瞳。
それが次に映したのはなおも銃口を掲げる康太であり、たったの一歩で彼我の距離はゼロに。
顔面を挽肉にするべく振り抜かれた一撃を康太は見事に躱し、
「んだこりゃ!?」
だというのに頬の肉が抉られる。
その事実に目を見開く康太の胴体へと向け第二打は迫り、
「康太!」
そのタイミングで積が割り込み、『防ぐ』のではなく『流す』ことで事なきを得た。
(腕の周りに何かを纏ってる。切れ味からして風属性!)
続けて繰り出される拳に蹴り。
その全ても全て手にした鉄斧で明後日の方角に外し、合間を縫うように繰り出した蹴りで、李凱ではなく己自身と隣にいる康太を後方へ。
「逃がしはせん!」
だが獰猛な野生動物を連想させる笑みを浮かべたこの男は、離した分の距離を瞬く間に詰め、相手に呼吸する暇さえ与えることなく拳を連射。積の表情が苦いものに変貌していく。
「どうした! もうグロッキーか若造!」
「馬鹿言うな。兄貴相手ならいざ知らず、それ以下の存在相手にこの程度の近接戦で負けちゃ涙が出るってもんだ!」
反射的に零したそれは負け惜しみに近い発言である。
しかしその効果は誰の目で見ても明らかなもので、喜悦に染まった表情を消した李凱の纏う空気が、勢いよく膨張していく。
「善以下、か。言うではないか。ならばお前たちは、それが妄言であることを知れ」
「なに?」
「ワシがあ奴以下だと語られる理由は数字の大小と語り部がいないため………………付け加えるなら、正面から本気で衝突したことがない故よ。噂の真相がどうであるかは」
「退け積!」
「その身で知れぇい!」
纏った空気、いや部屋を埋めるほどの虹色の練気は巨大な獅子の形に。
続けて行われた神の居城全体を揺らす震脚。そこから始まる李凱の前進に合わせ、練気の獅子も進軍。
息を詰まらせ目を見開いた積を瞬く間に飲み込み、その奥に控える男が放つ必殺の拳が、その胴体を豆腐よりも易々と貫く。
「あの原口善以上か。なら、ちっとばかし彼らには荷が重い」
「貴様!」
「だから選手交代だ!」
その運命をらしくない勝気な笑みで覆したのは、右腕を取り戻し青白い雷を纏ったヘルスで、余波一つ受けないよう拳を器用に掴むと、何らかの反撃が繰り出されるよりも早く投擲。
先ほど吹き飛んだ蒼野とゼオス以上に似た勢いで、李凱の肉体が壁にぶつかった。
「もう一度席についてくれるよな? 神の座」
最高潮まで達した空気を律するように、言葉と共に銃口を再び突きつける康太。
だがそれを前にしても神の座イグドラシルは動じない。
いつもと変わらぬ余裕の笑みを浮かべ、掌を膝の上で重ね、言葉を紡ぐのだ。
「いいえ。まだですよ」
「まだ?」
「暴君宣言!」
「「!!」」
発せられた彼女の発言に対し眉を顰める積。
そんな彼女の意志を汲み取ったかのように力強い声が部屋中に木霊し、聞き覚えのある単語を前にヘルスを除いた全員の視線が勢いよく向けられた。
『裁き(エグザ)!!」
直後、無数の棘を備えた枝が、李凱と対峙しているヘルスを除いた五人の全身へと向け疾走。
「…………なんのつもりだ聖野」
「そりゃこっちのセイリフだ! この状況で不法侵入だなんて、疑えって言ってるようなもんだぞ!」
しかし神器を持つゼオスが前に出たことでそれらは消え去り、直後に漆黒の刃が本体である小さな肉体の喉元に到達。
それを拳で跳ね上げながら、敵対した五人全員の友人が吠える。
(………………いや待て。あいつ今、入り口から堂々と来たよな)
「待って。お姉さまはどこ?」
その様子を見ながら思案する積と、口に出す優であるが、答えは直後に。
「ごめん! そっちに本体が行ってる!」
「アイビスさん!」
「それに、あれは!」
扉だけでなく壁一面を砕き現れたのは、無数の武器や攻撃をいなすアイビス・フォーカスの姿であり、その奥で生じる黒煙に佇む影。
その影が悠然とした足取りで黒煙から出てきた瞬間、彼らの半数が生唾を呑み込んだ。
「久しぶりだな。諸君」
「………………………………ノアさん」
強烈な負のオーラを纏い落ち窪んだ眼を見せ迫る男。
彼こそはアーク・ロマネの兄であるノア・ロマネであり、
「理由を聞こうなどとは思わん。妹を殺した貴様らは――――藁のように刈り取られろ!」
咆哮と共に全身を無数の紙片へと分解。
怨嗟募ったその声は、この戦いが次の段階へと移行したことを示していた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
勢いよく進みます神の居城戦闘編。
長く続いた物語において、常に味方側だった存在の敵対って燃えますよね。
そんな気分を味わえる今回の戦いを、心ゆくまで堪能していただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




