謁見
(あたしは透明化した上で外で待機してるわ。何かあったらすぐに言って)
(わかりました)
中に入る直前行われた不死鳥の座アイビス・フォーカスとの念話。それを終え、最後尾に立つ蒼野が中に入り扉を閉める。
「………………」
「お久しぶりです。イグドラシル様」
部屋の中で待ち構えていたのは座した神の座イグドラシルただ一人で、彼女の言が正しいものとするならば、彼女は今、部下を殺めた五人の暴漢と三凶の一角に囲まれていることになる。
(こっちを恐れてる素振りはないな。まあ当然か。世界の代表がそう簡単に感情を露わにしたらいけねぇよな)
だというのに座ったままこちらを見つめる彼女の視線に怯えや恐怖は見られず、その様子を康太は内心で称賛した。
(………………!)
(今のは)
けれど康太は、いやその場にいる全員はすぐに疑問を覚える。
ほんの一瞬。それこそ瞬きほどの短いあいだではあるのだが、イグドラシルが見たことのない顔を見せたのだ。
まるで汚物や害虫を見るようなその表情は、ミレニアムやガーディア・ガルフが襲撃するとわかった際にも一度たりとも見せることのなかった表情。
今の彼女の心境が露骨に表れているものであった。
「えぇお久しぶりです原口積。それで此度は如何様なご用件で?」
そのような表情を見せた理由が如何なるものか。誰もが気になるところであったのだが、深入りするよりも早く話は進む。
いつもの穏やかな笑みを顔に張り付けたイグドラシルが、一瞬だけ見せた表情が嘘のような声色で問い掛けを行ったのだ。
「突然の訪問、失礼いたします。此度は先日の会合の際に行えなかった神の座を賭けた戦い。その点に関して煮詰めるために馳せ参じました。大変お忙しい身とは思いますが、しばしお時間をいただけないでしょうか?」
これに応じたのは先頭に立つ積で、片膝をつきながらも頭を垂れずまっすぐに自身を見つめる視線を前にイグドラシルが片方の眉を持ち上げ、先頭に立つ積に習うように、残る五人も片膝をつく。
「…………なるほど。そのような件でやってきましたか。ですがその点に関し心配する必要はございません。もはや話し合う余地がないのですから」
「………………と、おっしゃいますと」
「アークを殺害した件。忘れたとは言わせませんよ」
続く言葉はそのような物であったが、その内容と突き放すような言い方に対し彼らは再び違和感を覚える。
ありていに言うと『イグドラシルらしくない』。
本来の神の座はもっと熟慮と問いかけを重ねるような性格であり、いつ何時も余裕を崩すことはなかったはずなのだ。
「待ってくださいイグドラシル様! 本気でそうお考えなのですか! そんな………………そんなはずがありません! もしそうだとするならアタシがイグドラシル様を助けた事態と齟齬が生じる! あの時見捨てれば、戦うまでもなく玉座が空いたはずじゃないですか!」
ここで待ったをかけたのは何とか大切な部分の記憶は保持していた優であり、『黒い海』で行った自分の行為に関して強弁。それは彼らの身の潔白を証明する大きな武器であった。
「末端にまで情報が言っていなかった、という事でしょう。結果、私を殺すつもりであった原口積の目論見は上手くいかず、戦いに出るはずであったアークを殺めるだけに留まった………………これなら何もおかしくないでしょう?」
「そんなことを………………………………まさか本気で?」
優の強力な一手はしかし、容易く躱される。耳を疑うような荒唐無稽な弁論により。
これによって意気を削がれた優は唖然とした様子で固まってしまい、信じられない様子の蒼野が片膝をついていた状態から僅かに動く。
「勝つために俺達が色々と仕組んだ、という話ですか。ではお聞きますが、続く『黒い海』による災害も俺達によるものだと?」
「………………流石にそれは違うでしょう。『黒い海』を操れるとするならば、もっと効率良く私を殺められたはずなのですから」
そんな蒼野の背をそっと抑え、試すような問い掛けを投げる積。
これに対するイグドラシルの返事はそのようなものであったのだが、その際に見せる声と表情にも彼らは疑問を抱く。
この部分に関する返答や声色に関しては普段通りのものに近かったのだ。
言い換えれば今の一瞬で、彼女は切り替わった。
まるでスイッチでも入れたかのように、異常な思考から正常な思考に戻って来た。
(なんだこりゃ。これじゃまるで)
その変化を目にして、ヘルスの脳裏にある仮説が生まれる。
荒唐無稽。理由も方法も何もわからないその仮説は、けれど即座に否定することのできないもので、
「………………なんにせよ話し合いはこのくらいで良いでしょう。何せあなた達は、この場に異物を持ち込んだ」
「……異物?」
「死んだとノアが報告した『三凶』ヘルス・アラモードを生きたまま連れてきた。これはどれだけの言葉を重ねようと、覆ることのない事実です。であれば――――――その罪の対価をいただくのは道理でしょう?」
「「!!」」
「全員跳べ!」
発せられた言葉と共に頬杖を突き、その直後に浮かべられた彼女らしくない妖艶な笑み。
それに見惚れるよりも先に康太が蒼野と積の服の袖を引っ張りながら跳び、
「う………………ごばぁ!?」
「接触した後に跳んで急所を外すか。一撃で仕留められなかったのは久々だ。流石はヘルス・アラモードと言ったところ!!」
「李凱!」
「………………入出時から既に潜んでいたか!」
神の座イグドラシルが狙った存在。
すなわちヘルス・アラモードは他の誰よりも早く反応すると、額に触れた肘鉄を頭部を逸らすことで躱し、けれど完璧には躱しきれず、鋭い刃物と同等の切れ味を誇ったそれは、ヘルスの右肩から先を抉り取った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さてさて話は一気に進んでいきます。
今回は『イグドラシル驚きの腹黒さ』の巻。
これまで色々な敵役が出てきた自覚がありますが、腹黒さの一点に関しては今回のイグドラシルが最高なのではないかと思います。
そして容赦のない戦闘フェーズ。
中盤戦最初の山場、始まります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




