ギルド『ウォーグレン』と協力者
「十日とはずいぶんと日を置いたじゃないか。何かあったか?」
「『何かあった』から日を置いたんじゃない。『何も起こさない』ために日を置いたんだ。数日ほどのあいだは警戒の網がきついだろ。それが緩むのを待ってたんだ」
「なるほどなるほど。それはさておき、突入前に腹ごしらえはどうだ? 焚き木で焼いたマシュマロは旨いぞ~」
「……いただく」
「あ、じゃあアタシも! 今のうちに糖分補給!」
件のラスタリア突入作戦の決行日は、吸血鬼の街キュロスを訪れた十日後の事。
ラスタリアを覆う白い壁にほどよく近い場所でソロキャンプを建ててていたヘルスは、やって来た見知った顔の五人に対しマシュマロを刺した鉄串を見せつけ、最初にゼオスが、続けて優が手に取ると、残る三名も順に取っていき、足元に各々の得意属性で椅子を作り着席。
「で、今回の作戦はどんな感じだ?」
アツアツのマシュマロを頬張り顔を緩ませ、一息ついたのを満足げに見つめ頷いた後、ヘルスはそう話を切り出した。
「見ての通り突入メンバーは上手い事連携が取れる俺達五人とアンタだ。監視の目としてデスバットを使用してるイレイザーがキュロスに待機。別行動でレオンさんがどこかに潜んでいるはずで、遊撃隊として動くらしい」
「思ったより少ないな。協力者はまさか俺だけか?」
作戦内容を聞きやや顔を曇らせるヘルス。
そんな彼の不安を払しょくするように、誰の目で見てもはっきりとわかるよう積は左右に首を振る。
「いやもっといるよ。全員の紹介まではしないが、特に重要なのは別部隊のネームレスとエヴァさん。適当な場所で軽い被害を出して、ラスタリアに在中している正規軍を引き出す算段だ。他にも撤退時の援軍としてアイリーンさんも潜んでるし、同じような役目の人らが結構いる」
焚火を見つめながらそう説明をするヘルスであるが、そんな若人の様子を見つめるヘルスの視線には少々ではあるが憂いが含まれている。
「どうした?」
「なんかさ………………お前らがこうやってラスタリアに入るのがちょっと残念でさ。こう言っちゃなんだが、盗賊みたいじゃないか」
「…………そうだな。俺もそう思うよ」
ヘルスの抱いた感想は最もで、積の返事を聞いた蒼野がやや俯く。
そうだ。彼らはほんの十日前まで、ラスタリアに続く門をなんの不自由もなく通っていたのだ。
今のように盗人紛いの行為に身を浸さなければならないなど、夢にも思っていなかった。
「………………だからこそだろう?」
「ゼオス?」
「二度とそんなことをせずに済むために、俺達は今日、身の潔白を証明しに行くんだ。神の座イグドラシルに会って何があったのかを聞きに行くんだ。なのにその前から気落ちしてどうするってんだ兄弟!」
「………………………………そうだな。ああそうだ!」
そんな二人を持ち直させたのはゼオスと康太の発言で、二人の背中を軽く叩いた積が、はめていた腕時計に視線を向ける。
「行動開始は午後六時十五分。今から二分後だ。このムードで言うのもおかしいかもしれないが、トイレはしっかりと済ませておけ」
「…………必要ないな。俺は時間ギリギリまで食事をさせてもらう」
「いやお前は行っとけ。コーヒーには利尿作用があるんだ。マシュマロと合うからって飲み過ぎだ。ストレートで飲んだ点だけは褒めてやるけどな」
場の空気が明るい雰囲気に傾いた最後の一押しは、頬の端をやや持ち上げながら行った積のそんな発言で、蒼野は優と顔を見合わせ笑い合い、最後までマシュマロとコーヒーを楽しんでいたゼオスがやや不満ながらも立ち上がり、簡易トイレへと足を運ぶ。
「お」
「来たな。さてこれでどれだけ釣れるかだが」
それが終わりゼオスが戻って来たタイミングで、視界にギリギリ映る位置で砂柱が二度三度と出現。
続けて人の衣をまとった骸骨の集団を康太が確認し、彼の側に透明の蝶が一匹、明確な意志を持って近寄ってきた。
『今のはエヴァ・フォーネスによる誘導だ。釣られて結構な数が出てきてる。中隊規模のが複数だが、それが………………マジか。続けて立ち昇る砂柱に合わせるようにゾロゾロ出てくるな。合計すると千人を超えてるぞ!』
続けて語られた内容にその場にいる全員が目を丸くする。
ラスタリア近辺で起きた騒動に関しては注意深く観察され、想定より多めの戦力を割り振られるのが常である。
その想定を建てるため、敵戦力の把握はかなりしっかりと行われているはずで、言ってしまえば骸骨の群れなどすぐに気づくはずなのだ。
であれば千人規模の戦力はかなり過剰で、包み隠すことなく言ってしまえば無駄な戦力の出費である。
(誰かが裏で糸を引いてるのか?)
最も考えられる可能性は今しがた積が思い浮かべた内容で、そこから更に、この件に誰が関わっているのかにまで思考を向ける。
「積?」
「急いで動かなくちゃいけないんじゃなかったのか?」
「あ、ああ………………悪いな。考え事をしてた。とりあえず蒼野が風の膜を作って、周りから見えないようにして内部に侵入する。いいな?」
ただ残念な事に深く考えるだけの時間はなく、首を傾げる優と、腕を組み片方の眉を持ち上げた康太の発言を聞き意識は現実へ。
急かされると蒼野が作った風の球体の中に入り、ヘルスを加えた六人は中心に立つ蒼野の足取りに合わせ、草木が生い茂り、足跡の残らない道なき道を進んでいく。
「これは…………」
「監視の兵がいないわね。協力者の手引きかしら?」
北側正門から九十度離れた東門に辿り着いたのは慎重に動き始めてから十五分後で、六人は看守の姿が見えない門を素通り。
「当然っちゃ当然だが、中の様子はいつも通りだな」
「イグドラシル様が戻ってきた分、浮かれてる気もするけどね」
その奥に広がっていたのは、これまで目にしたものと同じラスタリアの活気であり、緊張と安心感。不安に悲しみが混じった奇妙な表情が幾人かの顔に浮かんだ。
(これからどうする?)
(人混みをかき分けて先に進むしかないだろ。屋根の上や屋上経由で進むのが一番いいんじゃないか?)
(いやそれより協力者とやらと合流するべきじゃないのか? 最後までイレイザーの奴は教えてくれなかったが、行けばわかるらしいじゃないか)
ただそんな時間は長くは続かず、気を取り直した面々は思考を『神の居城』への侵入へ。
風の膜は姿形こそ消してくれるが声までは消せないため、念話で会話を繰り広げ、
「え?」
「しまった! 外から剥がされた!」
彼らの身を守る薄い膜が外部から勢いよく取り払われたのは直後の事。
慌てて敵の正体を知るため視線をあらゆるところに飛ばした彼らは、
「あっ!?」
「マジか。こりゃちっときついぞ」
しばしの時を置き、自分らに意識を向ける存在の姿を視認。
それはいつもは着ている民族衣装とは違う黒のスーツを着込み、その上から愛用の藍色の半纏を羽織ったアイビス・フォーカスであり、おおよそ考えられる中では最悪の遭遇と言えた。
とはいえ即座に撤退を決めつけるわけにはいかず、いち早く康太とゼオスが神器に手を伸ばし、イグドラシルが所有する最大の手札にして最高の賛同者を前に敵意を滾らせ、
「落ち着いて。今回のあたしは貴方達の味方よ。人除けの結界を張ったから、とりあえずあの建物の中へ。神の居城に繋がる秘密通路があるわ」
「え?」
「てことは………………」
「ええ。あたしが貴方達の協力者よ」
そんな彼らに対し、敵意なく側にまで近寄ったアイビス・フォーカスはそう言い切った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて始まりましたラスタリア潜入編。
賢教の総本山ベルラテスへの侵入は既に果たしてるので、別に喜ぶべきことではないのですが、彼らはこれで二大宗教の首都の両方に侵入したことになります。
そして本来なら神の座の絶対的な味方であるはずの不死鳥の協力。その理由に関しては次回で
それではまた次回、ぜひご覧ください!




