ラスタリアに潜入せよ
「戻ったのか二人とも!」
「………………これがキーマカレーか。初めて食べたが悪くないな」
「出迎えにカレーが出るってのは気が利くな」
「無事かどうか心配だったが問題なさそうだな」
優を先頭にしてコークバッハの自宅にまで戻る蒼野と康太。それに積。
不安を募らせていた彼らがリビングに入りすぐに目にしたのは、カレーを頬張りながら自分らを見つめるゼオスとネームレスの姿なのだが、その身に傷跡は一つもない。
つまり出た時同様の健在な姿を三人に晒した。
「飯中に悪いな。首尾は?」
「『三凶』の一人ヘルス・アラモードは二つ返事で了承してくれたよ。『十怪』の一角鉄閃は事情を詳しく話したら即答。で、探すのに苦労したアイリーン・プリンセスも快く後方支援を受けてくれたわけだけどさ………………お前ら交友関係を見直した方がいいんじゃないか? アタシが言うのもなんだけど、どいつもこいつも札付きの悪党じゃないか」
「無所属を頼るとなればそういう連中が多くなるってことだ」
話しながら自分たちように持ってきたカレーを頬張りついに空腹から回復された蒼野と康太。
「ぶっはぁっ!?」
「うぉ。びっくりした!」
「唾をまき散らすな。無駄に騒ぐな。体を跳ねさせるな」
「おいおいお前には優しさってものがないのかネームレス」
「そんなもん。ずっと昔に捨ててきちまったね」
「そういう能力持ってるお前が言うと冗談に聞こえないんだよ。やめろそれ!」
ラスタリアの観察を行っていたイレイザーが息を吐き、瞑想しているかのような姿勢から戻ったのはそのタイミングの事で、同僚の悪態に対し悪態で押収。
「どうだった? いやまずは怪我の確認だな。大丈夫か?」
「ご心配ドーモ。ありがたいことに怪我はねぇよ。で、ラスタリア内部の情報に関してだが、とりあえず神の座の様子は確認できた。近くにノア・ロマネを侍らせてたんだが、顔には出してなかったが凄まじい怒気だったぜ。神の座は玉座で目をつぶってたな。寝てたわけではないようだったから、何かしてるなありゃ」」
「そうか。ノアさんに関しちゃ当然だな」
「それにしてもうまいなこのカレー。しゃきしゃきの食感がいい。山芋か?」
数時間にもわたり神経を集中させていた彼に対しても蒼野と優はカレーを差し出すのだが、話を聞いた結果浮かんだ表情は苦い。
肉親が死んだのだ。ノア・ロマネの変化は当然のものである。
だがその矛先が自分らに向けられる可能性があることを考えれば、どうしても気が重くなってしまうのは仕方がなかろう。
「ただな、喜ばしき報告もある」
「喜ばしき報告?」
「あぁ。今回の監視はさ秘密裏に行うのが前提だっただろ? 実はこれがうまくいかなくってな。一人にだけバレちまった」
「え?」
「………………それは、無視できない事態ではないか?」
とここでまとめ役である積に対しスプーンを向けながら、頬杖をついたまま説明するイレイザー。
その内容は非常に物騒なものなのだが、彼の顔には不敵な笑みが浮かんでおり、
「俺も最初はそー思った。けどな、事情を詳しく話したら協力してくれるって言ってくれたんだよ」
「つまり――――内通者を得ることが出来たわけか!」
「そういうこった。どうだ? いい話題だろ?」
「で、誰なんだ。内通者は。神教にいながら象徴である神の座に反し俺達の味方になってくれるとすると…………聖野あたりか?」
「―――――だ」
自身満々で内通者の名前を言いきるが、その場にいる全員が動きを止めた。
イレイザーが口にした言葉が、全く予想していなかったものであるゆえに。
「………………イレイザー。それは本当に信用できるのか?」
その時蒼野達全員が同じ感想を抱き代表するようにゼオスがそう尋ねるが、なおも彼の様子は変わらない。
なぜならば、
「今こうやって五体満足で結果を説明できてる。それ以上の証拠があるか?」
「むぅ」
「それは、そうね」
堂々と言い切った彼の言葉を否定できるものは誰もいなかったゆえに。
とはいえ燻る不安を消し去ることはできず、その場にいた大半の面々が空腹を埋めたイレイザーに負傷しない程度に抑えた上で殴りかかる。
結果彼は疲労から意識を失った。
「おい、ずっと待ってるんだがそろそろ何があったか説明しろ」
「あ、エヴァさん」
「すんませんね。この馬鹿野郎を殴るのに熱中してた」
「実は」
そのタイミングを見計らい彼らの元までやってきていたエヴァが質問。
頬に溜まった汗を拭った康太がそう告げると、最後までイレイザーに対するお仕置きに関しては傍観者の立場だった積が半日ほど前に起こった出来事に関して説明。
途中まで素直に聞いていたエヴァはしかし、ガーディア・ガルフの話題になった瞬間顔を歪めた。
「お前ら………………私のダーリンを疑うと?」
「………………疑います。けどこれは、ガーディア・ガルフが悪人であると思っての事ではありません」
「ほう?」
場の空気が瞬く間に重苦しいものに変化。
説明を行う積の背後で残る面々が即座の戦闘に備え武器を持ち始め、そんな仲間達の反応を背中で感じながら積は更なる言葉を紡ぎ、
「信頼するために疑ってるんです。思考停止の信頼ほど恐ろしいものはないと知っているゆえに」
「………………」
膨張していたエヴァの怒気が、積の発言を聞き制止する。
自身の過去。なんの疑問も持たず人を信じた結果、自分がどれだけの辛酸を舐めてきたのかを思いだしたゆえに。
「ま、そういう事なら手を引くべきだろうな。私は大人だからな! この寛大さに感謝しろよお前たち!」
(寛大な大人はここで威張りはしない)
(口に出したら絶対面倒ごとになるから言わないけどな)
「………………まぁとは言っても、どのみちダーリンは不参加だろうけどな」
「どういう事ですか?」
ない胸を張り鼻を鳴らしながら、尊大な態度で接する彼女に対する返答は各々内心で行ったのだが、次いで発せられた言葉は心底意外であった。
「ここ最近のダーリンはな十二時間睡眠の十二時間活動なんだ。一日の半分起きて半分寝る生活を繰り返してて、だから私もこうやって顔を出せたんだ」
「それ、何らかの悪い変化なんじゃ」
その時、神崎優香が発した言葉が積の頭をよぎる。それゆえ普段ならば口にしない失言も不安な気持ちから零れ、けれどエヴァは今日見た中で一番自然な笑みで浮かべていた。
「逆だよ逆。ダーリンはやろうと思えばいくらでも起きていられるけど、元々長時間睡眠を取るタイプだったんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。そうやって日々英気を養って、必要な時に爆発させる。それが普通なんだ。けどこの時代に起きてからはほとんど寝てなかった。色々と大変だったからな。まぁだからな………………私は安心してるんだ。昔のアイツが戻ってきてる気がして」
エヴァの表情と声には信頼するに値する熱が込められており、その姿を目にすれば残った面々も自然と頬が緩んでしまう。
「なんにせよ俺達も一度休もう。で、起きてからラスタリアだ」
「エヴァさんが協力してくれるなら夜の方がいいわよね。とりあえず行動開始は夜七時くらいかしら?」
「その時間は繁華街が人であふれてる。もう少し『後にする』か『先にする』か考えた方がいいだろ」
「なら先だな。遅くなりすぎて神の座が寝込んじまったら面倒だ。寝込みを襲う手もあるが、謁見という形式をとるなら少し早めた方がいいか?」
「そこまで私に気を遣う必要はないぞ。全力を発揮できないにしても、お前たちの期待に応えるくらいわけない」
とここで蒼野が欠伸をして、それにつられるようにイレイザーや康太も欠伸を。
それが会議の終わりを示すように積が話を纏め、兎にも角にも彼らは一度眠りにつくことにした。
この先に待っている驚くべき事態など微塵も想定せずに。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本当に久々の三時過ぎ更新。ここまで遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
そんな今回の話は中盤戦その一。突入前夜祭のような話となりました。
次回からは本編が大きく動きます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




