吸血鬼街小話 三頁目
「失礼だがその『かれー』というのは何かね? いや表世界の文化だというのはある程度分かるんだが」
「人参とか玉ねぎ。それに豚肉とかを炒めて煮て、その中にこれを突っ込んで完成させる料理です。初めての料理として子供が作ったりするほど簡単なんですが、地上に住む大体の人が好きな味です」
「後ろの方に作り方が書いてあるだろ? 見なかったのか?」
「いやぁ持ってくるときにパッケージがこすれちゃったみたいでね。作り方が消えちゃったんだよ! というか、煮るの? これを? ものすごく味が濃いよ?」
「そのまま食べたのかアンタ………………文化の違いを思い知らされるよ」
「全く持ってお恥ずかしい。とりあえず食材を地上から持ってくるから、しばらくのあいだ待っててくれ!」
蒼野が作るメニューについて発表した数分後、三人はすぐさま次の段階に移り出した。
カレールウは手元にある。しかしニンジンや玉ねぎ、それに肉類に関しては地上の物は一切なく、これらの調達のためにイルフォルトが地上へと急いで移動。
残された蒼野と康太は、調理に必要な機材の調達に動き出した。
「包丁やまな板は何とかなるとして、問題は鍋だ。オマエのことだから、キュロスにいるいろんな人に配るとか言い出すんだろ?」
「バレてたか。せっかく地上の味を披露するんだ。気に入ってもらえるかは別として、興味ある人には配りたいと思うんだよ。まぁそのために必要な鍋をどこから持ってくるかが問題なんだけど………………積に頼もうかな?」
「やめとけやめとけ! あいつはあいつで作るものがあんだ。ここで注文を増やしてやるな。鍋に関しては………………錬金窯とかでいいんじゃないか。ここの奴らが薬の調合で使ってる奴だ」
「なるほど。そりゃいいな。使わなくなった奴を貰おう。多少錆びてたとしても削れば使えるしな」
まな板と包丁に関しては労することなく調達し、そこから炒めて茹でるための鍋を探すために行動を開始。
これらに関しては少々時間がかかったものの何とか手に入り、二人は軽やかな足取りでイルフォルト流通センターにまで帰還した。
「お! 肉が届いてる!」
「ならさっさと調理しちまおう。お前はあんま気にしてなかったかもしれんがな、もう日を跨いじまってるんだ。そりゃ腹も減るわけだ」
「ある程度仮眠もとりたいしな。早速作っちまおう!」
レジカウンターの前まで足を運ぶと大量の豚肉が包装された状態で置いてあり、取り出した蒼野はそれらを宙に浮かばせると貰って来た包丁を一振り。すると一口サイズになった豚肉がまな板の上で山となり、その様子を見ていた康太があくびをしながら、油を敷いた錬金窯の中に入れて炒め始めた。
「やぁやぁ待たせたね!」
「お!」
「帰って来たか。野菜をくれ!」
百人を超える量を作るのだ。ただ炒めるだけでも相応の時間がかかり、作業の大半を終えた一時間後、額に汗を浮かべたイルフォルトが帰還。
「あぁ。ちょっと待っててくれ!」
彼は意気揚々とした様子で腰に嵌めた四次元革袋から野菜を取り出していくのだが、蒼野と康太が思ったよりも早く、その手は止まった。
「あ、あれぇ?」
「………………ジャガイモがないな」
理由は今しがた康太が口にした通り。人参と玉ねぎは出てきたのだが、ジャガイモが見当たらないのだ。
「何か問題でもあったかい? 人参と玉ねぎをご所望だったはずだが?」
「………………そうですね。確かにその二つを挙げてましたね。いやその二つ『だけ』しか挙げてませんでしたね」
「相手がカレーの事を全く知らないって事を忘れてたな。仲間内ならあれで伝わるもんなぁ」
すぐさま自身の失態に気が付き頭を抱える蒼野と、ため息を吐く康太。
するとイルフォルトが代案として『キュロスにあるジャガイモを使わないか』と意見を出したが、これには賛同できなかった。
「どうしてだい? 『かれー』とかいう料理には合わないのかい?」
「味はまぁいいんだ。ただちょっと食感が悪すぎる。吸血鬼の人らは気にしないのかもしれないが、砂に近いジャリジャリ感が受け入れがたい」
「『地上のカレーを食べてもらう』っていうのが目的だからな。それは受け入れがたい」
康太も蒼野も、ここまで作ったからにはしっかりとしたものを食べてもらいたいという意思があったからだ。
とはいえ作りかけの物を放置したり捨てたりするのは気が引け、空腹ゆえ完成を遅らせるというワケにもいかず途方に暮れる。
「あ、いたいた! 半日分の記憶がごっそり減ってる理由を説明してもらうのは後にして、とりあえず積が呼んでるわよ! 『言ってた奴が作り終えた』らしいけど………………一体なんのこと?」
「「優!」」
「え? どったの一体? てか何作ってるの? カレー?」
そんな中、救いの手は彼らの前に。
意識を失った状態であった優は二人を前に小首を傾げ、蒼野が先頭に立ち説明を開始。
「なるほどなるほど。それならちょっと視点を変えましょ?」
「視点を? それでうまく作れるのか?」
「聞いた感じアンタ達は野菜ゴロゴロお肉一杯のポークカレーを作る予定だったのよね。で、その場合ジャガイモの食感が気になると」
「ああ」
「それなら食感を感じないほど細かく刻んじゃえばいいのよ」
「キーマカレーか!」
「野菜まで細かくするのはちょっと特殊だけど、それなら立派なカレーになるはずよ。むしろ面白い食感がクセになるかも」
優が出した案に対して疑問の余地はなく、「かれーには色々な種類があるんだなぁ」とぼやいているイルフォルトを尻目に優を含めた三人が機敏に動き出す。
「よっ! はっ!」
「いい感じね蒼野。前よりうまくなってる!」
「修行も兼ねてちょっと練習したんだよ!」
蒼野と優が全ての食材を一ミリちょうどに切っていき、康太が錬金窯の中でそれらを炒める。
「煮込み料理ならアタシの得意分野ね。やっておくから、カレーパーティーに興味のある人らを集めてくれる?」
「あれ? 俺そのことに関して優に話したっけ?」
「この量を見ればすぐに思いつくって。特にアンタはわかりやすいんだから」
「そうかぁ?」
「そうそう。ほら動いた動いた! みんなで食べたほうがおいしいわよ!」
煮ていく段階まで到達すると水属性粒子でエプロンを生成した優が錬金窯を混ぜ始め、蒼野は店外へ人集めに。その間に康太が皿やスプーンの用意をイルフォルトと一緒に行い、
「なぁ康太。これっておかしくないか? 俺は仕事を終えたよな? なのになんで配膳係をお前と一緒にやらされてるんだ?」
「こういうのは形も大事って蒼野の奴が言ったんだよ。面倒かもしれんがここは地上人代表として大人しく付き合えって」
およそ三十分後。五百人以上の人らが興味を持ち、イルフォルト流通センターの元に集まりカレーパーティーを開催。
「うまいなコレは!」
「どう作るんだ!?」
「野菜を炒めて煮込んでカレーの素を入れるだけ! 慣れてない人でも簡単にできるわ!」
結果的には大成功を収めたと言ってもよく、イルフォルト流通センターから繋がる裏路地や大通り一体が歓声に包まれ、蒼野と優の二人が追加でカレーを作成し始めた。
「ん~、やっぱ食事の良さはわからんなぁ。いやうまい物もあるにはあるが………………それよりも愛だろ愛! この世はラブだろ!」
「え、エヴァ様!」
「いつの間に!」
「コークバッハの奴から知人が来たって連絡を受けてな。顔でも見ておこうと思ってやってきたんだ。それにしても………………良さがわからん!」
そんな中、同族の声に応じたエヴァが二人の側に近寄り、スプーンを加えながらそう口にする。
すると蒼野と優は顔を見合わせ、
「すいませんエヴァさん。これ食べてみてください」
「なんだ? 馬になった覚えはないんだが?」
「安心して下さい。生で食べれる奴です。どうですかね?」
「………………普通!」
「こっちはどうですか?」
「………………普通!」
手元に寄せた地上の人参とキュロスで生育した人参を差し出す。
すると帰って来た返事を前に二人はもう一度顔を見合わせ、念話をするまでもなく理解した。
この街の住民の味覚がおかしいのは、信仰している対象に問題があるのだ、と。
「そんなことはどうでもいいんだよ! 問題はお前たちの方だ。また結構な大事に巻き込まれたそうじゃないか。手伝おうか?」
「そうしてもらえるとありがたいんですが実は………………いやちょっと待ってください。その話はどこで?」
「ん? コークバッハの家にいたゼオスの奴から聞いたぞ。どうしたんだ?」
「優!」
「列もだいぶ掃けて来たからあとはアタシだけで十分よ。それより後で説明をよろしくね」
「助かる!」
ただその問題をこれ以上追及する余裕はなく、エヴァの発言を聞いた蒼野はゼオスの元へと走り出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回で箸休め回は終了!
正直もうちょっと突き詰めたいところもあったのですが、夏風邪気味なので断念。
最後の最後にエヴァが現れ、本筋へと戻っていきます。
皆さまさえよければ時折こういう日常回を挟んでいきたいので、何らかの形でお返事をいただければと思います。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




