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吸血鬼街小話 一頁目


「…………ヘルス・アラモード」

「お、数日ぶりだなゼオス君! 深刻な表情してどうしたんだ?」

「アンタ、アタシとこいつが見えるのか?」

「え? 何その質問? 他の人らはお前らの姿が見えないのか?」


 役割分担が始まってすぐに、ゼオスはネームレスを連れ時空門を発動。

 ネームレスの能力で透明人間と化し気配と音まで消した二人は、しかし神器の効果を得たバルギルトの雷を秘めているヘルスの目にはしっかりと映っており、


「…………話がある。実は」

「んん?」


 郊外のベンチで黄昏がれていた彼に対し、面倒な前置きを飛ばして本題を説明。


「………………なるほど、イグドラシルが。いやうん。まぁ大方はわかった。とりあえず協力することは約束するよ」

「迷わないんだな。アタシ達、結構無茶苦茶なお願いをしていると思うんだが」

「原口善の遺した彼らには全面的に協力するって決めてるんだ。だから迷いはないよ」


 困惑はあれど一切迷う素振りを見せないヘルスの様子にネームレスはやや驚くが、何を言われようとヘルスの意志に変わりはない。


「これから俺はどうしたらいい?」

「……近日中に動くつもりだが、流石に今日中ということはない。ゆえに」

「なら多少時間をかけてでもラスタリア近辺に潜んでて欲しいってところか? 任せとけ!」


 ゼオスの意志を汲むと自身の胸をドンと叩き、頷いた二人が去っていく様子を見送った。


「これは………………ちょっとどころではない問題だな」

「ただ外に出る危険までは犯したくないよなぁ」


 二人がそのように精力的に動いている一方で、吸血鬼の街キュロスに残った面々は危機的状況を迎えていた。

 といっても命の危機というワケではない。言ってしまえば文化の違いだ。


「優は?」

「時折起きる意識不明状態だ。アイツ今回の件に関してちゃんと日記にまとめてるんだろうな? 今日一日の事はどれもこれも重要な事だぞ」

「なんにせよ人手は多くない。というか俺と康太だけってことだな。まずは素材集めだな」


 言い換えるのならばこれは、何の特徴もないただの人間と吸血鬼の違いでもあるのだが、第一に彼等と蒼野達では『味覚』に大きな違いがあった。


「そういえばガーディアさんとシュバルツさんはエヴァさんには料理をさせないとか言ってたことがあったな。味音痴なわけじゃなく種族間の問題か」

「それを早く言って欲しかったな。オレは!」


 エヴァによって様々な方針転換をしたと言えど、基本的に吸血鬼にとって『血』というものは最高のごちそうなのである。

 それは栄養分という観点で見ても当然のことであるのだが、味という観点で見ても同様で、言い換えるのなら一般的な人間とは全く違う味の好みが存在しているのだ。


「醤油は………………ないな。驚くべきことに塩まで存在しないと来てやがる………………」

「ウスターソースとかケチャップもない。マヨネーズと砂糖はあるが、マヨネーズは別物だな。なんか………………パサパサしてる!」

「無事なのは砂糖だけか。まさか文化の違いでここまで頭を悩ませることになるとはな………………」


 調味料に関しては上記の通りであるが、それだけでなく食材に関しても二人は眉をしかめた。

 人参にジャガイモ。玉ねぎに大根などの基本的な食材は、石造りの建物が立ち並ぶ大通りにあった八百屋で売っており、康太はすぐさまそれを買おうとした。

 しかし待ったをかけた蒼野がそれらの食材を一切れ貰い口にしてみたところ、なんとも言えない違和感が彼等を襲った。


「なんか…………なんか違うな!」

「品種改良の成果なんだろうな。これが吸血鬼の口に一番合うってことなんだろうな畜生!」


 蒼野の不安は残念ながら的中しており、この場所に売っている食材は吸血鬼の味覚に沿って作られていた。肉類がその際たるもので、分けてもらった肉をその場で焼いて食べてみたところ、口の中を鉄の味が占め、あまりにもかけ離れた感覚の違いに二人の口からやけっぱちな感情が溢れ出す。


「………………どうする。出るか? 外に出るか?」

「正直悩むけど………………流石にここは我慢するべきところだろ………………」


 食欲は人間という存在にとってとても重要なものだ。三大欲求の一つでさえある。

 それが満たされぬ日が僅かとは言え続くであろう事実に、普段は零れることのない弱音が吐き出される。


「お父さん! このベット買ってぇ!」

「おいおい無茶言うな。こんな高級品買えるわけがないだろ!」

「………………………………」

「そんな顔するなよ康太。そっちの問題は積に任せれば何とかなるって!」


 彼らの抱えている問題は食欲だけに留まらない。睡眠欲に関しても当てはまる。

 これは吸血鬼の体力回復に適している寝床が棺桶であるためで、蒼野や康太のような普通の人間が利用するのには適していない内装なのが問題だ。

 風呂に関しても流れる水が苦手であるとコークバッハは語っており、そのため彼の自宅にはシャワーが存在していなかった。


 この二点の解決はメイカーである積に任せており、彼ら全員が満足する品を短時間で作るために尽力していた。


「………………間に合わなかった場合どうなる?」

「口に合わない食事に癒されない寝床。風呂はまぁ最低限何とかなるだろうが………………目を覚ました優が怒鳴るだろうな」

「怒鳴るくらいなら何とかしろってんだよ。水属性はアイツの十八番だろうが………………」


 普段歩いているコンクリートの道ではなく、綺麗に整備された石畳の上を二人は力のない足取りで進み、蒼野はため息を吐き、康太は苛立たしげな声を上げ、

 

「ん? 運び屋?」


 数分後、足を止める。

 

「見たところただの配送業ってわけじゃなさそうだな。怪しい匂いがプンプンしてきやがる」

 

 大通りから外れた彼らの視線の先に広がっていたのは、大きめの建物に挟まれる形で存在していた、奥の見えない小さな入り口と立て看板。

 そこに書いてあった名称は蒼野が口にした通りであったのだが、漂ってくる怪しげな雰囲気が、今までに見た様々な店とは違うもの。

 つまり吸血鬼らしくない空気を纏っていることを康太が肌で感じ、やや警戒しながらも中へ。


「へいらっしゃい。何をお探しかな?」


 洞窟の入り口付近を思わせる、湿気た狭い岩の通路を抜けた先にあったのは、様々な品が陳列されている棚が所狭しと並べられている二十五畳ほどのスペースで、瞳孔が縦に切れた真っ赤な瞳に顔の下半分を真っ黒な髭で隠した五十代ほどの男性が彼等を迎え入れ、


「いや待てお前さんらもしや………………人間か!?」

「そうだが?」

「あ、そうか。この場所ってずっと隠されてたわけだから、ただの人間がいるのって稀なの――――」

「うぉぉぉぉぉぉ! 人間さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「えぇぇぇぇぇぇ………………」」


 直後、二人の正体を知った途端、彼は奇声に近い声をあげながらレジカウンターから飛び出してきた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


これから始まる大きな戦いの前のちょっとした息抜き。

軽いお茶菓子程度のお話です。

今回は再誕祝祭のように長くはなく短め。

異文化交流と思ってあと一話か二話ほど楽しんでいただければと思います。


ただ申し訳ないのですが、次回の14日更新はできるかどうか不鮮明となります。

それというのもお盆で祖父祖母の自宅に帰省するのですが、そちらがネット環境をしっかり繋いでいない田舎でして………………

上手くつなぐことが出来たのならば投稿するのですが、更新されなかった場合『一回休みなんだな』などと思ってくだされば


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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