作家は舞台に舞い降りた 四頁目
「――――以上が貴方がたにお伝えできる警告です」
一度持ち上げられた神崎優香の湯呑。それがもとの場所に置かれたのは、およそ十秒後。なされた警告は短く、なおかつ不可解なものであった。
「その、なんというかだな………………どう返事したらいいか困るな。コリャ」
「いくら何でも不鮮明すぎる。もう少し詳しく説明してくれ」
端的に言えば、彼女の発現は雲を掴むようなものであった。
『信じられない』というわけではない。『要領を得ない』のだ。
なにせ語られた内容に名詞がない。
一番重要な部分がうまく聞き取れなかった、ないしはぐらかされたのだ。
「%&#”$()」
「??」
「これが、貴方がたに正確にお伝えしない理由。要するに私は、いえこの場にいる者達は、忌々しい怨敵の名前を口にできないのです」
「そんなことが…………あるのか?」
「強力な呪い、いえ制約が原因です」
そんな彼らの心中を察し、神崎優香はぼかしていた部分を口にする。
しかしその名は、神器を持つ康太を含めた三人の耳には耳障りな異音としか捉えられず、
「伝えなければならないことはこれで終わりです。お仲間の元へ送るので少々お待ちください」
彼等の顔を一瞥し、『これ以上話すことはない』と言うように神崎優香は立ち上がり、しかし背筋を伸ばす直前に止まった。
「………………いえ」
「?」
「こちらの勝手な都合に突き合わせてしまったという負い目、それに彼らの元に運ぶにしても少々時間がかかります。一人一問ずつ、質問にお答えしましょう」
「ならオレからだ。単刀直入に聞く。アンタと周りにいる奴らはなんだ? 腕っぷし自慢ってだけじゃねぇ。使ってる技術は、今の時代の物を遥かに超えている。つまり――――大量の『ロストテクノロジー』を所有してることになる。そのあたりに関して知っていることを洗いざらい話してもらう」
「早いな康太」
「時間が限られてるからな。気になる点があればさっさと聞いちまうべきなんだよ」
その意図は彼女が口にした通りであったのだが、康太の返答は早い。
提案をされた直後には口を開き始め、未だに警戒心を緩めていないことを示すように腕を組んだまま質問を投げかけ、蒼野に僅かながら呆れられた。
「貴方の素直さは美点ですね古賀康太」
「………………どうも」
「ただ。もう少し内容を吟味するべきだとは思います。質問に答えるとは言いましたが、そこは実に答えづらいところ、いえ答えられないところですね」
「………………」
「ですからそうですね。少々ぼかしてお伝えしましょう。対象が未知の高度な技術を持つ場合、あり得る可能性というのはどのようなものがあるでしょうか?」
「どのようなもの?」
「はい。それに関して想定できる案をいくつも並べ、矛盾を消し、確固たる証拠を突き付けられる明るみになるただ一つの真実。それが私たちの正体です」
「ワケがわからねぇな。もっと詳しく話せ」
そんな康太であるが、彼は神崎優香の答えに満足していない様子であり、隠すことなく不満をぶつける。
けれども彼女は微塵も揺らがない。というより相手にしない。
涼しい顔で受け流してしまうと、残る二人に視線を向けた。
「今俺達があんたを信用できる理由は『命を助けてくれたから』というものだけだ。善意の協力者だと思われたいなら、味方であるという理屈を俺達に詳しく説明してもらいたい」
次に口を開いたのは積であるが、その内容は質問とは言えぬものであった。
ただ神崎優香はさほど不快感をおぼえた様子はなく、顎に右手を置き少々思案。
「………………おそらく私に、貴方達を納得できるだけの説明はできません。ですから伝えられるのは一つだけ」
「一つ?」
「……貴方がたに警戒するよう訴えた人物は、私達が絶対に許せない人物。復讐すべき相手ということ。そして…………貴方達、いえこの世界がいつか立ち向かわなければならない最後の壁という事です」
「最後の壁?」
しばらくして行われた含みのある発言を聞くと、積は追及するよう反芻。
けれど彼女は康太の時と同じくそれ以上言の葉を紡ぐことはなく、
「…………そろそろ着きそうですね」
空を見上げ、そう呟き積に対する関心を失い、
「他に何か質問はありますか。蒼野君?」
矛先を最後に残った蒼野へ。
すると蒼野は一度だけ肩を上下させ、少々のあいだ頭を悩ませ、
「あ、あの………………また会うことはできますか!」
「はい?」
「俺! 昔から貴方の執筆しているピースワット冒険譚のファンなんです! だからもっといろいろと話をできればと思ってるんですけど、機会はありますか?」
裏表もなければ策を弄したこともない。一ファンとしての言葉を告げる。
それを前にした神崎優香は目を丸くし、
「…………ええ。これから迫る未曽有の危機を乗り越え、平和な日が訪れた時には、必ず」
かと思えば顔を綻ばせるが、その顔に浮かんでいる表情は実に自然なものだ。
それこそ今まで見せた、場を取り繕う微笑とはまるで違う、彼女本来の物であるように蒼野は思い、
「終点ですね。ほんのわずかな時間でしたが、皆さんとお話できて本当によかった」
「そうなんですか?」
「ええ。何せ私は、貴方達のファンですから」
続けて彼女は告げるのだ。
これまでとは違う声色で。
蒼野の発言のお礼とも言うような素振りで。
直後に蒼野は口を開きかけるが、言葉を発するよりも早く大地が、いや空間が揺れ、合わせるように周囲が真っ白な霧の中に。
「…………最後に一つだけ。この戦い、これまで貴方達が紡いで来た縁を集めれば必ず勝てます。ですけど『果て越え』にだけは気を付けて」
「え?」
「聞き捨てならねぇセリフだな。どういう事だよそりゃ」
その姿が見えなくなっていく中で呟かれた置き土産。その意味を問いただそうと康太はするが言葉は届かず、
「ちょっとちょっと! どこから来たのよアンタ達!?」
「……これで合流だな」
「ここは?」
「吸血鬼の里ヘレンケアよ。ほら、前アンタ紹介してくれた」
「うお! マジか!?」
白煙、いや霧が晴れた時、蒼野達の前には優とゼオスがいた。
「ホントよかった。連絡したのにずっとでないから心配してたのよ~」
「悪かったって。こっちも大変だったんだ」
「具体的に言うと、目の前に『闇の森』が現れた。で、後ろから仮面共が迫って来た」
「…………貴様ら、よく生きていたな」
彼等は合流すると顔を喜色に染め、それからしばらくのあいだ互いが得た情報を共有。
「オルレイユは?」
「沈んだってイレイザーさんが教えてくれたわ。幸い人的被害はないそうよ」
「そうか………………よかった」
結果、一つの解に辿り着く。
それは
「なんにせよ、神の座に会いに行く必要があるな」
「今回の件がもしあの人が仕組んだとしたのなら、その真意を知る権利が俺達にはある」
これから起こす行動の指針である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の話はとても明確ですね。次につながる箸休め的な話。四章後半戦、その序章の終わりです。
次回からは中盤戦。これからもどんどん異常な事が起きるのでお楽しみに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




