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作家は舞台に舞い降りた 三頁目


 一つ、大きな勘違いの話をしよう。

 それは古賀蒼野と古賀康太。そして原口積の三人をこの場所へと正体した存在。神崎優香達が行った思い違いについてだ。

 端的に言ってしまえば彼女は『暗躍する者』であった。

 惑星『ウルアーデ』という世界の裏側に根差し、けれど決して表に出ることのない。

 それが彼女達がこの世界に対して選んだ付き合い方であったのだ。


 ゆえに今しがた古賀蒼野が発した言葉はありえないものであった。

 表舞台に決してあがることのない神崎優香は、容姿や声を聴かれただけで、自分だと知られるはずのない存在であった。


 もしその前提が崩れるとすればそれは――――――既に彼らが望まぬ方向に進んでいることの証左であり、


「………………」

「はっ!? あっ!??」

「………………………………………………な、なんだこの凄まじいプレッシャーは!?」

「蒼野! 積!」


 だとすれば彼女は――――――いや彼らは許さない。この場に訪れた三人の生存を拒否する。

 それを明確に示すように世界が歪み、形を成していく。

 何もなかったはずの空間に凹凸が生まれ人の形を取り、多くの戦場を渡り歩いた三人の息がつまるほどの殺意が四方八方から注がれる。


(この空気! 千年前の怪物クラスが数人、いや十数人混じって!)


 瞬間的に周りにいる戦力について分析した積は一秒という時が経つあいだに顔を急速に青くしていき、


「………………『静かに』」

「!?」

「と、止まった?」


 その空気の変化が、いきなり止まる。

 おかっぱ頭をした童にも大人にも見える和装の美女。彼女が自分の口元に右手の人差し指を置くと、それだけで熱を帯びていた空気は冷えていき、安堵の息と共に康太の口から困惑が零れる。

 かと思えば、目の前の美女は柔らかな笑みを浮かべ、口を開いた。


「私の事を知っていらっしゃるとは驚きです――――どちらで私の事を?」


 耳障りのいい、落ち着いた声であった。

 相手の心にスッと入り込むような、魔性を帯びていると言ってもいい。


(どこで、か)

(……素直に言ってもいいべきかねぇ)


 これに対し三人は即座に応答できなかった。

 理由は様々であるが、ここはまだ隠して置き様子を見るべきだと思ったのだ。

 少なくとも今しがた周囲から放たれた強烈な殺意の正体。それを知るまでのあいだは交渉材料に使うべきであると考え、


「……ガーディア・ガルフの記憶の中だ。そこにアンタの姿があった。オレは読まんから詳しくは知らんが、書いた本のサイン会だとかだったはずだ」

「何?」

「康太!?」

「ち、違っ! 口が勝手に!」


 だというのに、言葉は零れた。

 初対面の相手に対し、誰よりも警戒心が強く、心を許さない康太の口から。


 その衝撃は凄まじい。

 蒼野と積は予想だにしない展開に取り乱し、当の本人は少々のあいだ動揺したかと思えば、明確な敵意を抱いた視線を目の前の女性に投げかける。


「そう怯えないでいただいても大丈夫ですよ。今の返答で貴方達の身の安全は約束されましたから。それにしても私ももう年ね。あの出会いは千年も前のことなんだなんて。時が経つのは早いわぁ」


 その視線を浴びても、彼女は微塵も動揺しない。両の掌を合わすと僅かに傾け、かつての記憶に思いをはせるよう声を挙げた。


「アンタは………………」

「興奮しすぎですよ古賀康太。とりあえず『落ち着いて』」

「ッ!」

 

 その様子を前に更なる警戒心を抱く康太はしかし、数秒したところで顔を歪める。

 

「康太?」

「わかったぞ蒼野。声だ。こいつの声が原因だ」

「声?」


 その理由を理解できない蒼野が不思議な声を上げると、彼らの前に立つ神崎優香は満足そうにうなずいた。


「私の声にはね、相手を思い通りに動かす力がある。これはよっぽどの対策をしないと跳ね除けられない」

「つまり、あんた相手に嘘はつけないと」

「流石は原口積。話が早くて助かるわ」


 嘘みたいな力であると積は思う。

 しかし康太が易々と口を割るとなれば相応の理由があると考え、となれば口にしている内容も全てが全て嘘ではないだろうと推測。

 今のところ否定する材料はないと考え、その上でどのような対策を取るべきかに頭を使い、


「と、とりあえずはお礼を言わせてくれ! 絶体絶命の状況を助けてくれたのは貴方なんですよね。あ、それとピースワット冒険譚のファンです。お会いできて光栄です!」

「まぁまぁこれはご丁寧にどうも。貴方のそういう穏やかな気質は好きよ古賀蒼野」


 そんな中、場の空気を察した蒼野が一歩前に出て言葉を紡ぎ腕を差し出す。

 その様子に積や康太の空気が揺れるが、効果は確かなものであったのだろう。

 神崎優香は距離を詰め、穏やかな笑みを浮かべながら蒼野が差し出した手を取った。


「確かにお礼の一つも言わないのは礼に反するか。助かったよ」

「あぁ助かった。本当に助かった………………だがここまで呼んだのは別の理由があるはずだ。そりゃ一体なんだ?」

「おまえなぁ…………」


 積もその空気に乗っかるように礼を述べ、何とか微笑を浮かべるが康太だけは違う。

 感謝の言葉こそ口にするものの組んだ腕は解くことなく、言葉の節々に棘が混ざっている。

 そんな様子の義兄弟を前に蒼野が呆れるが、どうやら神崎優香はさして気にしていないらしい。

 口元に掌を持っていくと柔らかな笑みを浮かべ、


「貴方がたの立場からすれば当然の反応だと思うので気にはしませんよ。当然の疑問だと思いますからね」


 そう言いながら数歩横へ。

 するとそこには先ほどまではなかった長机と人数分の椅子が置かれ、コンコンと机の隅を叩くと、どこからともなく人数分のお茶が現れる。


「そうですね…………私が貴女がたを呼んだのは、お願い…………いえ警告をするためです」

「警告?」

「ええ。ですがとりあえず気になっているであろうこともお教えしましょう。お仲間は無事ですよ。今は地下にある吸血鬼の隠れ家、ヘレンケア跡地にできた町にいます」

「吸血鬼の隠れ家? ヘレンケア?」

「忘れたのか。エヴァさんが言ってた場所だよ。何か困ったことがあったら使えって」

「………………覚えがあるようなないような」


 それを啜りながら会話をする蒼野と康太であるが、積はふと疑問を覚える。

 エヴァ・フォーネスからは確かにその旨を伝えられていた。

 だがその場所は、話通りであるならば余人は知らぬ秘中の秘であったはずなのだ。


 ならばこの女はどこでそれを知った?


 そのような疑問を思い浮かべ、


「では本題です。まず初めに、貴方がたの抱えている疑問に対して」

「疑問?」

「はい。といってもどれだけ言葉を伝えても信じてもらえないかもしれませんがね。今回貴方がたが戦わなければならない相手。それは………………実に残念なのですが神の座イグドラシルです」

「は?」

「おいちょっと待ってくれ。それはどういう」


 そんな彼らの様子を端に置き、神崎優香は前置きをした後に告げるのだ。彼らが向き合わなければならない此度の敵の正体。


「そしてこれからが本題、貴方がたに対する警告です。いいですか。この戦いの最中――――――」


 そして、その奥に潜む、底知れぬ悪意に関して

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


遅くの投稿になってしまい申し訳ありません。本日分の投稿です。

ちょっと間をおいての投稿はついに表舞台に立った美女の話。その内容は別サイドでされていた此度の敵に関する話と、更に奥に踏み込んだ話です。


ただ申し訳ないのですが、先に行っておくと今回彼女の話す警戒の内容はしっかりとは語られません。

その話はまた後程、という形になります。


なので色々あった賭博の楽園の話もそろそろ終了。

戦いは新たな段階へと向かいます


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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