作家は舞台に舞い降りた 二頁目
廃屋に立つ三人の若者は、これまでに実に多くの経験をしてきたのだ。今と同等かそれ以上の衝撃が訪れたことは何度もある。
異星からの侵略者の襲来。パペットマスターとの初遭遇。そして今なお最強の座に立つガーディア・ガルフの出現と遭遇。
それらが彼等にもたらした衝撃は計り知れない。
「………………………………………………………………………………………………なんで?」
ただ呆然とする。などという意味では今ほどのものはないと彼らは思った。
自分たちを待ち伏せする刺客がいるというのなら理解できる。つい先ほどまでの状況からして当然だ。
だが土地が丸ごと、図ったかのようなタイミングで自分たちの前に現れたとなると、話は大きく変わってくる。
そんな経験などしたことがあるはずもなく、蒼野の口から気の抜けた声が零れ、反射的に全身から力が抜けてしまっても仕方がないだろう。
「避けろ!」
その状況から一番早く持ち直したのはやはり、いち早く脳内で警報アラームを鳴らした康太である。
『闇の森』から溢れ出す『黒い海』が生み出すものに酷似した黒い腕。これを前にして怒声を発する。
その後の動きは迅速だ。
蒼野も積も、康太の指示に従い空に逃げる。
「これ、は!」
「数が多すぎるぞ!」
だが多くの戦場を経験した彼等でも、今の状況は厳しいものであった。
積も康太も、持ちうる手段全てを行使し回避に徹している。蒼野とて同じで、彼の場合は能力まで使いこの状況から逃れようとしている。
だが、逃げきれない。
黒い腕の数は五万十万と増えていく。
康太と積がどれだけ動き回ろうと、蒼野が能力で時間を飛ばそうとしても、上手い具合にことが進まないよう単純な物量で襲い掛かる。
このタイミングで蒼野達は胸騒ぎを覚え、
「蒼野! 積!」
「マジか。最悪だろこれ」
その意味を知る。
背後から現れた仮面の軍隊によって。
(どっちに対処する。いや両方か? だがそんな余裕は………………!)
場の状況をすぐさま整理しながら積が状況打破に努めるが、彼の冷静な思考が非情なる答えを叩き出す。
不可能であると。
少なくとも自分たちだけでこの状況を逃れる術はないと。
「二人とも走るぞ!」
「積!?」
「名案があんのか!?」
「ない! だからこそこの場から無茶してでも離れる! 少なくとも現状を変える新しい手札が欲しい!」
当然その程度のことで自身の命を投げ出すほど原口積という青年は愚かではない。
現状がダメならば覆すための一手を加える。
そのように頭を巡らせ、勢いよく廃屋の屋根を駆け出す。
姿は見えずとも地響きと怒声を発する仮面の軍勢。数万を超える黒い腕。
どちらがより危険であるかと己に問うと、迷うことなく前者を選び、『闇の森』を右斜め前に超えるように跳躍。
「風刃!」
「分裂弾!」
自分らが駆ける空へと向かい迫ってくる腕を瞬時に全て視界に収め、蒼野と康太の二人が数多の攻撃を繰り出し退けると地上へと無事着陸。
「………………え?」
そのまま駆け出そうとしたところで康太は偶然目にするのだ。自分らへと伸びてくる腕の根元。『闇の森』の奥に潜む影の姿を。
「………………………………どーいうことだよこりゃ!」
目にしたのは、つい先日対峙した『十怪』クラスの猛者、アサシン=シャドウの姿。
それが視界に飛び込んできたゆえに声をあげたわけだが、康太は彼の『姿』を見たから戸惑ったわけではない。
電車に轢かれこそしたものの死体の確認までは行っていなかったのだ。生きている可能性は当然のように考えていた。
だが『数』に関しては違う。
一人であるはずのアサシン=シャドウの姿が、目算で百体を超えるほど『闇の森』の中に潜んでいるのは、率直に言って気持ちが悪い。
そして不可解だ。
同じ顔が無数に並び、感情の宿っていないガラス玉のような目で見つめてくる光景。そんな状況に康太はこれまで遭遇したことがない。
吐き気を覚え、鳥肌が立ち、嫌な汗が背中を伝う。
「っ!」
「康太!?」
「安心しろ。大丈夫だ」
これにより並みの者ならば僅かな隙が生まれてしまうかもしれないが、康太は違う。
躊躇することなく自身の人差し指を強い力で噛み、迸った鋭い痛みにより正気を取り戻す。そのまま十色の箱を取り出し、肉体強化を行おうと算段し、
「な、あ………………!」
「これは………………透明な何かに捕まれたのか!?」
その瞬間、蒼野達三人は再び予期せぬ事柄に襲われる。
『闇の森』でも『仮面の大群』でもない。
けれど確かに存在する何者かが彼等の胴体に触れ、三人を一塊にしながら巻き付き動きを束縛すると、何らかの抵抗をされるよりも早く強烈な力で三人の予定していた進行方向から外れた方角へと引き寄せる。
「こ、いつ!」
「待て積。オレ達を今捕まえてるこの『何か』! こいつらに敵意の念がまったくねぇ!」
「つまりどういうことだ………………賭けに出るってことか?」
「活路を見いだせてない今、それが最適解だとオレは思う!」
慌てて抵抗し始める積であるが、康太が慌てて語ると反論する気を失い、
「ここ、は」
「一体?」
康太の意見に乗っかり脱力。
それから数秒の間、黒い腕と仮面の群れから離れるように引っ張られたかと思えば、陽の光が全く当たらず、草木一本さえ生えていない洞窟のような空間へと突入。
「………………何かの体内か?」
ほんの一瞬前に訪れた、食べられるような感覚。
それを率直に述べると、それが正解であると告げるように壁がうねる。
「積」
「そうだな。この展開はダメだ」
となれば康太達の行動は早い。
思うような結末ではなかったと判断し、すぐさま外に出ようと動き出しながら武器を構え、
(お待ちください。この場所は、貴方達にとって安全な場所。聖域といっても良い場所です。その証拠に黒い腕も仮面の軍団も追って来ないでしょう?)
「………………まあ確かに、そう、だな」
「あ、この声って康太にも聞こえるんだな」
「俺にも聞こえるから全員に向けた念話ってことだろ」
待ったをかける女性の声を聴き静止。
念話により伝えられた内容の示す通り、自分らを襲ってきていた二つの脅威が迫る様子がない事を把握し、手にしていた武器を下す。
(それでいいのです。それで。さて、私はあなた方に大事なお話があるのです。よろしければ、奥へ)
「どうする積」
「………………………………」
(あなた方は命を救われた恩を無下にすると?)
「おい蒼野! こいつ結構図々しいぞ! 本当に信用して大丈夫か!?」
「ま、まぁまぁ」
その話しぶりは康太の告げる通り怪しいものが含まれていた。
しかし蒼野は自分たちを助けてくれた恩の方を優先し、促された通り奥へ。
何らかの生物の体内を動いているという情報があったもののそのような印象は全く抱かず、明かりのない道を奥へ奥へと進んでいき、数十秒したところで彼らはたどり着くのだ。
「ここ、は?」
「本当に生物の体内なのか?」
聞こえてきた声に促された最深部。
青空に包まれた、未来都市ガノに並ぶほど高度な発展を遂げた見知らぬ土地へ。
「そうは思えねぇな。歩いている間に転移の類を行ったとかじゃねぇか?」
「それならお前の神器が弾くだろ」
「そりゃそうなんだが、あんまりにも現実味がなくてなぁ」
なおも警戒したまま前進する康太と積。
彼らが歩く地面は土でも石でもなく、鉄を整形して作られたものであったのだが埃一つなく、空を飛ぶカラフルな情報の帯には様々な情報が流れ、浮かんでいる雲上の物体には外の景色らしきものが映っている。
一つだけ奇妙なのは、そこまで発展しているにもかかわらず人の姿が痕跡含め一切存在しない事で、
「ようこそおいでいたしました」
「えっ!?」
康太と積がなおも警戒心を抱く中、未知の世界に興奮した蒼野が小走りで駆け積を追い抜き、その先にある公園らしきところで目にするのだ。
「わたくしは――――――」
「か、神崎優香………………!」
出会うのは初見ではある。
けれど過去の記憶で目にした和服に身を包んだ童女の姿を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて彼らの物語も最終章に至ったということで、以前から存在を示唆されていた人物がついに登場です。
本編では裏側から時折コメントを発していた彼女が述べる言葉。
それは一体どのようなものか?
次回に続きます
それではまた次回、ぜひご覧ください!
追記:連絡を忘れてしまい申し訳ありません。次回更新についてなのですが、賞に出す小説の方を詰めていきたいため、一回分だけお休みさせていただきます。
そのため次回更新日は8月6日になるので、よろしくお願いいたします




