『彼岸の魔手』の告白
耳を裂くような不快感を感じさせる声が、ネームレスの側から聞こえてくる。
「………………………………は?」
「おいおい、喋ったぞこの生首………………」
ここにいる者らは百戦錬磨。多くの戦場で多くの経験を培った猛者たちである。
とはいえ完全に死体と思っていた人物が言葉を発するという状況に遭遇するのは初めてで、座っていたレオンがしばらくして困惑の声を漏らすと、ネームレスの隣に座っていたイレイザーがワックスで固めていた髪の毛をクシャクシャにしながら呆れた声をあげた。
『とりあえずは机の上に頭を置いてくれ。いつまでも抱えられたままなのは居心地が悪い。話はそれからだ』
「いやそれより、なんでその状態で喋って………………」
『お前の不死性はまだそこまで届いてないのか尾羽優。なら知っておけ。不死者ならばこの程度は造作もないと。例えば今話に出たエヴァ・フォーネスやアイビス・フォーカスならば、当然のようにしてくるぞ』
「え、そうなの?」
続けてネームレスが抱えている生首が指示を出し、持っていたネームレスが促された通りに机の上に置いた後に質問に答えると、優の視線を受けたコークバッハが、同意を示すように頷いた。
「正しくは高位の吸血鬼に限ってだがな。それよりも話というのはなんだ?」
『さすがは並み居る吸血鬼を束ねるだけのことはある。話が早いのは実に助かる』
続くコークバッハの進行に対し賞賛の言葉を口にする『彼岸の魔手』の長であるが、合成音声が発する声に幾人かが眉を顰める。
素直に賞賛する以上の意味がそこに含まれているような感触を覚えたのだ。
しかしせっかく進み始めた話が止まるのは望まない。
そう全員の意見が一致しているため、誰も口を挟むことはせず、無言という形で先を促す。
『ただまぁ、まずは疑問に関して答えておこう。死んだはずの私がなぜ生きているのか。その答えは簡単だ。そもそもあの場にいた私が本体ではないのだ』
「………………人形か」
『話が早くて助かる』
「………………失礼する」
男か女かもわからないよう加工された声の発する内容に、実際に対峙していない優やイレイザーは小首を傾げた。
ゼオスはそんな彼らの前で生首の顔を覆っている黒い頭巾を取り上げる。
全員が躊躇のないその行為に気後れした空気を発する中で出てきたのは、精密機械で形成された無機質な顔面であり、声はその一部分から漏れていた。
『これでこちらが喋れる理由は伝えたな。では本題だ。私はお前たちに、行くべき道を示すことができる。だからそれを伝えたい』
「行くべき道?」
『知りたいだろう。あの仮面たちの主が誰かを』
それまで場には困惑や呆れの空気が混じっていた。いや大半を占めていた。
しかし正体のわからない首だけの相手がそう囁いた瞬間、コークバッハを除いた全ての面々の顔に緊張奔り、場の空気が重くなる。
彼らは既に理解しているのだ。
仮面を被った狂戦士達。彼らが死んだとされる者達で構成されていることを。
そんな者達の主がいるとするならば、それは過去に起きた忌まわしき事件全てに関わる、首謀者であろうことを。
そしてその人物は今、『黒い海』さえ操り世界を混沌に叩き込もうとしていることまで、理解しているのだ。
「………………先に聞いておく」
『ん?』
『………………今からお前が話す情報は信用できるものなのか? 憶測やこちらの思考を操る目的で動いているわけではないと誓えるか?」
『最もな意見だな。だが安心しろ。この情報に間違いはない。
この件は遡れば数年前、お前たち『ウォーグレン』が私の配下にいたレオンに襲撃された際にまで遡る。そのときこの件の犯人は、私にお前たちを殺害する理由としてこう話した。「彼らは知ってはいけないことを知ってしまった。だから消してもらいたい。そして死体は必ず回収するように」と』
「話し始めてくれたのはいいんだが、個人情報とか大丈夫かこれ。守秘義務はいいのかよボス」
『あっちからこっちを殺しに来たのだ。そこを果たす義理はない』
「かっるいな!」
「話を続けよう。そこから先は私個人の趣味だ。奴がなぜ死体を回収するように命じたか、気になったゆえに子飼いの情報屋で探らせた。結果わかったのは、手に入れた死者たちに奇妙な仮面を被せ、意のままに操るためという醜悪なものであった』
「誰だ。誰なんだその依頼主は!」
話が進むにつれレオンの身に纏う怒気が膨れ上がり、食いつくような勢いで声を荒げる。
『そいつの名は――――――――』
そんな彼の熱気に気圧されることなく、合成音声は告げるのだ。この事態の中心に立つ存在の名前を。
「無事でなによりです! 湯浴みの準備はできております! そちらで体を癒していただければ!」
「ありがとうございます。大切な話があるので貴方はここで待機を」
「いえ、それよりも体に傷が! すぐに修復を!」
「必要ありません。この程度の傷ならば、私自身で修復可能です」
一方そのころ、とある場所ではギルド『ウォーグレン』の面々の尽力により逃れた者の姿があった。
その人物の体の至るところには火傷や切り傷が刻まれていたのだが、説明するよりも早く木属性粒子を用い修復。
声を荒げる腹心をその場に待たせ一人で浴室へ入ると、衣を脱ぎ去り、シャワーを浴びる。
『残念ながら逃げられました。これは我々の手が及ばぬ高度な能力や術式の可能性が高いかと』
「そうですか。十分な準備をしたつもりですが、上手くいかない物ですね」
そうしている彼女の耳に声が入る。
その声はレオンサイドを襲撃した光の獣の使役者の者と同一であり、
「次の手は既に考えてあります。仮面の狂軍はしばらくのあいだ待機で。管理は貴方に任せます」
『かしこまりました。我が主』
そんな彼の声を耳にしても、裸体を晒す彼女は微塵も動じず返事を返す。
『この星の支配者。神の座イグドラシルだ!』
そのタイミングで、男か女かもわからない合成音声は告げるのだ。
最悪の敵の名を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
一章、二章、三章、四章前半と続き、物語はついに最後の敵の名を告げます。
彼女の思惑やこのような凶行に出た理由。
他にも様々なサプライズがここから一気に行われていきます。
ぜひぜひお楽しみください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




