厄災来たる 二頁目
ウルアーデにおける最悪の脅威の一つと認識されている『黒い海』であるが、かつて語った通り、他二つと比較した場合ある程度の攻略法が確立されている。
その中で最も大きなものが出現予測であり、今回のオルレイユ出現に関しても、一時間以上早く察知していたので人々は島外に逃げ出せていた。
残された面々、つまり蒼野達に関して言えば、個々が突出した実力を持っているため、自身と仲間の身を守る程度ならば十分に可能である。
ただしそれは、ある程度の規模に収まった場合に関しての話である。
彼等が個々で対処しきれると言いきれるのは針の穴程度の大きさから人一人が入れる程度の大きさに限っての話であり、全員が協力したとしても、かつてミレニアムとの戦いの終わりに起きた、黒海研究所規模がせいぜいだろう。
つまり、今のように人工島一つを呑み込める規模の噴出など、想像だにしていなかったのだ。
「とにかく逃げるぞ! 追っ手とは戦おうとするな!」
そこに加えて百人規模の仮面の狂戦士となれば、如何に腕に覚えがあるとしても、尻尾を巻いて逃げることを恥とは思いもしないだろう。
事実冷静な分析力を持つ積も、今ばかりは考えることを放棄し声を荒げた。
「ダメだ! 数が多い!」
「ゼオス! 瞬間移動で何とかならないか!?」
「……無理だな。俺は念入りに狙われているっ」
「クッソォ!」
迫る粘性を帯びた黒い大津波に、その中から彼等へと向け伸びてくる数多の腕。これらにまでなら彼らは十分に対処できただろう。
だが空を突く黒い柱の中から、追い打ちをかけるように人の形をした脅威が現れ迫ってくれば、多少あった余裕は消え去った。
「こ、こいつら強ぇ!」
「どうなってるのよ!? 一人一人が『超越者』クラスじゃない!?」
「教科書で見たような風貌まで混じってるぞ!?」
加えて言えば一人一人が万夫不当の兵士たちを凌駕するほどの実力を備えており、それが百人規模で迫っている現状は最悪といっても過言ではない
「二手に分かれよう!」
「…………この状況でか!?」
「ここでだ! 一か所に固まって動いている分、攻撃の密度が濃い! 半分になれば、俺達ならなんとか対処できるレベルに落ち着くはずだ!」
「ギャンブル臭いが了解だ! 落ち合う場所はどうするマクドウェル!」
「そこまで考える余裕はない!」
レオンの提案に対し、もはや他の者らは疑念や異論を挟む余裕さえない。
「原点! 回帰!」
「デスバット」
「風穴開けてやるよ!」
手にした武器や得意とする能力を全力で行使し、迫る黒い海と仮面の群れの中に、巨大な空洞を同時に二つ生成。アイコンタクトを一瞬行っただけで全員が全てを察し、
「「今!」」
レオンと積の発する声に合わせ、二方向に別れ駆けだした。
「おいネームレス。お前なんてもん持ってるんだよ!」
「うるさいなぁ。さっきから持ってけってずっと脳内に響いてたから仕方がなくだよ」
「……安全圏に突入次第能力を行使する。追っ手を撒くことに集中するぞ」
「文句はないわ!」
「こっちが五人か。ということは………………!」
一方に集まったのは優にゼオス、レオンにイレイザーとネームレスの合計五人で、ネームレスの右脇には死した上司の首が抱かれており、黒い海をかき分け、迫る追っ手達の攻撃を弾きながら、汚染されていない海面へと到達し駆け出す。
「半々にはバラけられなかったか!」
「いやこっちには康太がいる! 命の危険に関する事ならこっちのが有利だ!」
「…………それなんだが、さっきから全方位から危険信号が上がり続けてわけが分からねぇことになってやがる。すまんが役には立つか分からねぇぞ蒼野」
「マジか!」
もう一方に集まったのは康太に蒼野。それに積の三者で弱音を吐きながらも効果を発揮する康太の異能に身を預け、黒い海の襲撃と仮面たちの攻撃を全て躱しながら、もう一方とは別の方角へと進んでいく。
これにより迫る脅威の数も均等とは言わずとも二分化された。つまりレオンの目論見は上手くいったと言っていいだろう。
((来る!!))
しかし康太の直感が、レオンの培ってきた戦術眼が、『なおも自分たちは死至圏内にいる』のだと訴えかけ、
「NNNNNNNNOOOOOO!!」
「HUUUUUUHAAAAAAAAA!!」
すぐさま予感は現実となる。
がむしゃらに進む彼らの前に、一つずつ影が舞い降りた。
一方は番傘を手にした長身痩躯の男で仮面の隙間から見える短髪は派手な赤色で、もう一方は二本の槍を手にした仮面の偉丈夫であり、長く伸ばした栗色の髪の毛をしていた。
「おいおいおいおい!」
「まさか………………こんなことが!」
そんな二人を一目見た瞬間、彼らの正体を察した面々は慄いた。
今この場で、短時間で、目の前の障害を突破するのは不可能であると理解してしまったのだ。
「――――――――――――――――」
「え?」
「これって………………アタシ達を守る援護射撃? でも誰が………………?」
そんな絶望的なタイミングで、救いの手、否、救いの砲撃が差し込まれる。
現れた二人の刺客が、降り注ぐ七色の砲撃に晒される。
その質量、数、共に最高峰。
しかし見覚えのないもののため困惑を示す者がいるが、一方はネームレスが、一方は積がいち早く動き出し、さらに先へ。
「蒼野!」
「わかった!」
海を越え寂れた漁港に到着した瞬間、康太が手にしていた神器をしまう。
これが自身にも能力が通用することになった合図であると蒼野は察し、
「時間破戒!」
己が能力を即座に発動。
背後から迫る仮面の群れは痕跡一つ残さず移動した彼らの姿を見失い、その間に蒼野は更に連続で二度三度と能力を発動。
「何とか………………撒けたか?」
「どうだ康太」
「大丈夫だ。もう危険な感じはしない」
襲い掛かる魔の手から逃れることに成功した。
「クソッ! しつこい!」
一方のレオンサイドはなおも逃げ切れない。
人数が多い分戦力の層が厚く、シュバルツ・シャークス相手に一進一退の攻防を繰り広げた仮面を先頭に、数人がなおも五人に追い縋る。
「みんな跳べ! 勢いよく走れ!」
「ちょ、何が来るのよ!」
ふと、レオンの背筋に冷たい感覚が迸る。
無我夢中で振り返れば見覚えのある姿が大斧を振り上げており、声を荒げながら跳躍。他の四人も彼に続く。
「地面が!」
「振り返るな! 来るぞ!」
「何がだよ!」
一拍遅れてやって来たのは周囲の地面一体を凍らせる強烈な冷気の波紋で、軋むような音を立てる凍結は地面から木々に伝わりあらゆる生物にまで及んでいき、
「あの人の目に入る範囲全域を対象とした大爆発だ!」
ネームレスの問いかけに応えた直後、凍てついた全てが粉々に砕ける大爆発が発生。
熱と衝撃は瞬く間に広がっていき、五人全員が吹き飛んだ。
「っ!」
「デスバット!」
この際に足の先端部分をやられ足を止めた面々を庇うようイレイザーが前に出て、不可視の蝶を生成。
月の光程度ではその姿を視認できず、襲い掛かる仮面らには一直線に向かっていき、
「全く、知能がないというのは不便ですねぇ」
その全てを食い破るように、光で生成された獣たちが襲い掛かる。
「本当に………………これは現実なのか?」
その正体に関してまたも心当たりのあるレオンが息を詰まらせるが、相手側は待ってはくれない。
迫る不可視の障害を退けたことさえ知らず、猪突猛進を行い続ける仮面の狂気は、
「なっ!?」
「これって………………もしかして!」
光の獣とも不可視の蝶とも違う。
姿形の違う数多の生物による物量攻撃に押し負け、その足を止める。
そんなことができる人物を彼らは一人だけ知っており、
「こっちに来い!」
一瞬体を強張らせた彼らを導くように、少し離れた位置にある地面からはっきりとした声が聞こえてきた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ちょっとばかり長かった四章後編の始まりが終了。
今回の戦いでわかっていただけたかと思いましたが、最終決戦のため敵側も前編と比べてマシマシ。
黙示録という副題に相応しい戦いが始まろうとしています。
なお、この状況でも総合力なら三章のガーディアらの方が上の模様。
殺意マックスで襲い掛かられていたら間違いなくひとたまりもなかったですね。
次回からはまだちょっと不鮮明な此度の戦いの敵について。
そして新たな土地が解放されます!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




