奇想天外なる参戦
蒼野VSイレイザー
積&康太VSネームレス
高層ビルの一室とネオン街で行われた二つの戦いは、時折窮地に陥ることはあれど、結果的には余裕を持ちギルド『ウォーグレン』の若者たちが勝利した。
「じゃ、まだ戦ってる面々の応援に向かいます! イレイザーさんはどうするんですか?」
「いちいち聞くなよお前………………まぁお前らの邪魔をしない感じに動くさ。結果は別として、仕事はきっちり終えたんだからな」
「蒼野の方はもう終わったみたいだな。後はゼオスと優だが」
「その二択なら優の方だろ。誰が相手でもゼオスならどうとでもするはずだ」
未だ余力を残した彼らは、彼方で闘気を迸る二者を見比べ、迷うことなく優の元へと駆けていく。
その選択は間違っていない。
優がいくら千日手に持ちこめることに長けているとはいえ、ゼオスはギルド『ウォーグレン』の面々の中でも頭一つ飛びぬけているのだ。彼の勝利を疑わず、優の援護に向かう彼らを誰も責められない。
「………………っ!」
「どうした? 普段と比べると随分と動きが鈍いようだが?」
しかし今、彼らの予想に反することが起きている。
先の二ヶ所での戦いとは大きく離れた位置。都市部を抜け、まわりを囲う森林さえ超え、観光客が訪れるための連絡船が停泊する港の前で、剣戟を行ったゼオスが顔を歪ませている。
その理由は自身が追い込まれているから、というワケでは断じてない。
目の前で自分に殺意を向けている相手が思ってもみなかった人物である故だ。
「………………理由を言え。レオン・マクドウェル」
「俺を生け捕りにしたら言ってやる」
「………………っ」
原口善の後継人として自分たちを支えてくれていた心強い先達。それがレオン・マクドウェルだ。
普段から接している際に見せる優しさは裏のないもので、ゆえにゼオスも彼を心から信頼していたし、だからこそ積は、彼にだけは今回の前夜祭に関して伝えたのだ。
「鈍いな」
その信頼が裏切られた。その衝撃がゼオスのパフォーマンスに大きく影響する。
包帯で厳重に巻かれた二刀の剣が繰り出す絶え間ない猛攻。
それは間違いなく恐ろしいものだ。
しかしシュバルツ・シャークスを下した彼ならば、それ等を十分に対処できるはずであった。だというのに捌き切れず躱しきれず、都度二万回の衝突の末に押し負け後退。
僅かに生まれた隙間を縫うように繰り出された蹴りがゼオスの脇腹を捉え、背後にある豪華客船へと無理やり押し込んだ。
「炎と! 風!」
「………………ちっ」
攻撃の手は止まらない。
二本の剣に宿った炎と風。
これを乗せた斬撃が十字を描き、ゼオスが体を埋めた豪華客船を易々と四つに切り裂く。
ゼオスはこれを一度の跳躍で躱すが、この危機的状況の真っ只中で脳裏によぎるのは、自身の変化である。
「逃がしはしないぞ!」
ほんの少し前、ゼオスを取り巻く環境や世界は大きく変わった。
誰かが変わったのではない。己が変化したのだ。
それを多くの人らは祝福し、結果得たものはとても多かったと思う。
しかしこうして普段通りのパフォーマンスを発揮できないという弱所を自覚すると、意識せずとも考えてしまう。
自分は道を間違えたのか、と。
(速度重視か!)
体勢を整えるため港から続く森のど真ん中に着地すると同時に後退するゼオス。
そんな彼に追いつくためにレオンの体を光が包み速度が上昇。
彼我の距離は瞬く間に埋まっていき、対処のために撃ち出した紫紺の炎は一度の跳躍で躱され、落下の勢いさえ乗せて振り下ろされた斬撃の速度に対応しきれず、両肩が浅くではあるが切り裂かれる。
「むん!」
「…………っっっっ」
飛び散るゼオスの鮮血を目にしてもレオンが繰り出す攻撃の手は一向に緩むことはなく、最高速度を保ったまま二刀を重ねて横凪ぎ。
しゃがんで躱したゼオスの体を足の甲で勢いよく蹴り、森のさらに奥へ。
「風刃・乱麻!」
手足全てを使い吹き必死の態勢を整えようとするゼオスの頭上から注いだのは、巨大な風の塊。
竜巻をまとめ上げた上で球体に固めた物で、迫る圧力と刃の嵐が、ゼオスの体力を奪っていく。
(………………包帯で剣を隠してるのは、どちらが神剣でどちらが魔剣かを認識させないためか)
多量の血が地面を濡らし、思わず片膝をつきたくなる。
寸でのところでそれを止めたゼオスは、ここにきて至極冷静な判断力が戻ってくる。血を流したことで熱が引き、普段通りの思考に戻る。
(…………きついな)
胸中で零す言葉は、劣勢に追い込まれた今の状況に関してだけではない。
戦うと決めた瞬間に襲い掛かった胸の痛みに関してでもある。
「………………まずは神剣アスタリオンを落とすところから始めるしかないな。問題はどちらが神剣なのかだ」
息を整え、血の抜けた体に力を籠める。
と同時に回復術の一つでも覚えておくべきであったと考えるが、今更そんなことを考えたところで意味などないと自身に毒づく。
「ゼオス。お前と会ったのは数年前。今と同じ『彼岸の魔手』として遭遇した時の事だったな」
「………………」
「あの時と比べて…、本当に強くなったな」
「…………貴方は、昔と比べ殺人に対する躊躇がなくなったのだな」
「………………そうだな」
両方の剣に圧縮した風を纏い、獲物を狩る狩人が如き瞳でゼオスを見つめ語るレオン。
それに対するゼオスの口撃。
それに対する返答には感情というものが一切込められておらず、ここでゼオスは疑問を抱く。
自分に対し本気で襲い掛かるのには、何らかの事情があるのだろう。
だとしても、レオン・マクドウェルという男はここまで淡々と言い切れるような性格であったか?
「悪いが止まるつもりはない。これで――――――決めさせてもらう」
その点に関して追及したいゼオスであったが、それだけの暇はなかった。
彼の目の前でレオン・マクドウェルを中心に強烈な風が渦巻き、ゼオスの視界に映る景色が歪む。
その直後、僅かに腰を落とし大きく踏み込んだレオンの体が消え、
「………………!」
「対応するか。本当に――――強くなった!」
瞬きなどする暇もなく三本の刃が交錯。
強烈な火花が一瞬だけあかりのない夜の森林を照らしたかと思えば、同様の現象が延々と繰り返され、それに伴い二人の肉体に浅くはない傷が刻まれていく。
(押し切られる!)
その数は、ゼオスの方が幾分か多い。
「総合力なら、今の俺とお前はほぼ同等だろうな。だが特化した場合なら」
「………………!」
「まだ俺の方が上だ」
「……っ」
包帯で刀身を固めた剣を重ねて十字を作り、振り下ろされたゼオスの刃を躱して挟む。
その瞬間に『速度特化』から『攻撃力特化』にすれば地面に埋まった剣を持ち上げられず、得物を封じられたことで困惑したゼオスを尻目に、レオンは体を引き頭突きを敢行。
額同士がぶつかった衝撃で脳が揺れ、ゼオスは数歩下がったところで木の幹に己の体を預ける。
「はぁ!」
そのまま地面に尻をつけるより早く、刃が地を這い火花を散らし、ゼオスへと迫る。
彼はそれを足の裏で何とか弾くが追い打ちの蹴りは腹部に突き刺さり、僅かに浮いた体は更なる蹴り上げで木々を追い越し空中へ。
「――――聖魔同舟」
著しく体力が消費され意識をも朦朧とさせる中、ゼオスの耳に声が聞こえる。
それはかつて、善を相手に放ったレオン・マクドウェルの持つ『至高の一』の前口上であり、ゼオスは躱すために即座に瞬間移動を行おうとするが、上手くいかない。
レオンの持つ神器の能力無効化の範囲から逃れ切れていないためだ。
(どういうことだ?)
その結果に、ゼオスは困惑する。
なぜなら彼はレオン・マクドウェルが持つ神器の射程圏外から間違いなく出ているはずで、
「破却昇龍!」
新たに溢れ出た疑問の答えを知るより早く、ゼオスの炎耐性を貫通する温度の熱が襲い掛かり、龍の細長い尾と見間違えるほどに密集した鎌鼬がゼオスの全身を切り刻み、
「――――――」
疲労と痛みから意識を手放しかけた彼は見る。
とどめを刺さんと迫る奥義の核。
すなわち二本の神器の担い手であるレオン・マクドウェルの姿を。
「不吉な予感を感じて急いで来てみれば――――」
「………………馬鹿な。これはどういう、ことだ?」
とここでゼオスは固まる。呼吸することさえ忘れてしまう。
それは、自身の身を両断するはずであった二本の剣が、現れた援軍により防がれた故ではない。
「まさか―――――」
「…………貴方は」
「自分自身と戦う事になるとは思ってなかったぞ!」
その現れた援軍の正体が、対峙しているレオン・マクドウェルその人であったからである。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
まずは一言、この度は本当に申し訳ありません!
前回の話が投稿されていないのは、今日の仕事終わりに執筆のためにここに訪れて初めて気が付きました。
正直こんなミスをしてるとは夢にも思っていなかったので、結構動揺してしまいました。
さて意図せず一日に二話更新となりましたが、こちらはゼオスの胸中描写と戦闘回。
ただ今回は最後の最後の不意打ちが目的だったりもします。
レオン・マクドウェルが二人いるネタ晴らしは次回で。
ちょっとでも楽しみにしていただければ幸いです。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




