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『彼岸』再び 四頁目


「畜生! 張り付いたまま離れねぇぞコイツ!」

「少しくらい離れろコノヤロウ。お前さんはあれか? ストーカーの類か?」

「お前たち相手に距離取る馬鹿がどこにいるんだよ。最初から最後まで、あたしは自分のステージで踊り続けさせてもらうよ」


 ネオン輝く繁華街を舞台に飛び回る三つの影。

 空を突く高層ビルの戦いでは対峙する両者は『手心』を持ちながら戦い続けていたが、地上で力を尽くす彼らにその様子はまるでない。


「ちっ!」

「待て! 撃つな康太!」

「なんだぁ? お前さんまで蒼野みたいな平和ボケしたことを言うつもりか!?」

「そうじゃない! 引き金引いてる隙に、首と胴体が離れてるって言いたいんだよ!」

「………………クソッタレめ!」


 康太も積も、対峙するネームレスも、生死に関しては別として、目前の障害を心底から退けようと躍起になっていた。

 言い換えれば全力を発揮していたのだが、終始優勢であったのは驚く事に、単体で挑むネームレスの方であった。


(距離が取れねぇ!)


 はっきりと言ってしまえば個々人の総合力を比べた場合、一番劣っているのはネームレスであろう。

 しかし得意としている戦場の差が、持っている能力と開示されている情報の差が、彼らの間にあった力関係を逆転させた。


「ふ――――!」

(ここ、で!)

「悪いが吹き飛ばすつもりもないぞ」

「オレごとまとめてか!」


 まず第一に、ナイフを構えた彼女は絶え間なく距離を詰め、接近戦を挑み続けた。

 康太と積の二人は今や名だたる強者に並ぶだけの実力を備えている。これは事実である

 しかし康太の場合それは遠距離戦に限った話であり、積も自分が主体となって動く類ではない。ナラスト=マクダラス相手に勝利をもぎ取ることはできたが、それでも専門は前衛と後衛の間に立ち、中継地点として周りの支援と援護をすることである。


 つまり接近戦は苦手分野であり、康太が神器『天弓兵装』の鋼属性を渡す事さえできないほどの猛攻を繰り広げれば、二人の動きは自然と鈍くなり、防戦に大きく傾くことになった。

 結果、ナイフを持っていない左手の手刀を捌き切れず、積を起点として康太ごとまとめて吹き飛び、建物を二軒貫通した。


「………………また消えた!」

「左だ積! ボサッとすんな!」

「こっちは見えねぇんだよあいつの姿が!」


 ここに未だ二人が完璧には解明できていない能力を加えることで、彼女は自分有利の状況を作り上げ、保持していた。

 今で言うならば同時に建物を貫通した二人は地面を転がった後に体勢を整えるのだが、二つの神器を所有している康太は姿を認識できたのに対し、神器を持っていない積は『視界に映ることを『許可しない』』と選んだネームレスの姿を見失い、僅かにだが硬直。


「ちっ………………!」


 その面倒な状況を打開するため、隣に立つ積にすぐにでも鋼の箱を持たせようとする康太であるが、音を超えた速度で飛来するナイフがその隙を奪い、銃身で弾いているうちに本体であるネームレスが肉薄。


「喰らいやがれ!」

「………………………………」

「マジかよテメェ!」


 手が届く距離まで迫ったところで炎と雷の箱を開けるが、それらは『炎と雷の接触を『許可しない』』と即決した彼女の体を通り抜け、無傷で危機を乗り越えた彼女が振り抜いた革靴が康太の額を捉え、真下にある地面へと叩きつけた。


「ぐ、おぉ………………っ!」

「昔戦ったときより」

「ん?」


 反射的に頭を抱える康太へと振り下ろされるナイフの切っ先。

 これを止めようとしたところでこれまでのようにすり抜けると判断した積は、康太の首を持つと思いっきり引っ張り、一歩二歩と距離を取った。


「だいぶ強くなってるんだな。あんた」

「………………何言ってんだお前? そんなの当然じゃん。強くなれるのはお前たちだけの専売特許じゃない」


 油断なく見つめながらそう断言する積と、それを呆れた様子で肯定するネームレス。

 極採色の光照らされた彼女は髪の毛を掻き毟りため息さえ漏らしているのだが、今しがた口にした点を積は決して無視できなかった。

 というより、それこそがこうまで追い詰められている最大の原因であった。


 かつて遭遇した時のネームレスは、自分たち相手にかなり油断しており全力を発揮していなかった。

 だが存在していた余裕を加味したとしても、満身創痍のヒュンレイ・ノースパスが誘導できる程度の実力であったのだ。


 しかし今の彼女は違う。

 詳細まではわからずとも群を抜いて強力な能力。言ってしまえば『希少能力』を複数所有していることまではわかった。

 自分らが苦手な接近戦を延々と繰り返してくるゆえに今の戦況に陥っていることもわかる。


 だがその根底にあるものは、かつてとは比べ物にならない基礎能力と戦術眼だ。


「よっと」

「…………あぶね!」

「外れ」


 音一つ立てず距離を詰める奇妙な歩法と死角を縫う判断力。

 それを支える音越えの脚力と、ガーディアやアイリーンのような異様な速さとも違う、猫のようなしなる動き。


「重、い!?」

「ダッサ。同年代のか細い女に力負けするとか、恥ずかしくないのかお前」


 その状態から繰り出される攻撃はかつては感じなかった重さを伴っており、康太を右手で抱えたまま左手で受けた積は、力負けして数メートル転がる。

 そんな彼らを立て直す暇なく追い詰めるため、ネームレスは腰に携えた茶色い革袋から新たなナイフを取り出し投擲。


「ちっ!」


 それは積の痺れかけていた左手で弾かれるが、その一手が康太から鋼色の箱を手渡されるだけの余裕を奪い、そこからさらに追い打ちをかけるようネームレスが前に進み、


「!?」

「そうだな。負けたら恥ずかしいよ。だけどまぁ、互角なら手足の差もあってギリギリ許されるだろ」

「…………いや。ダサい事には変わりないだろ」


 数歩進んだところで片膝をついた。

 積の胴体を狙い、左腕で防がれた鋭い蹴り。

 それは確かに積を吹き飛ばしたが、抵抗する左手を圧倒しきれず、少なくない反動があったのだ。


「これでやっとお前が見えるよ」


 そうして足を止めた少々の間に康太が眩暈から解放され、積は康太が手にしていた鋼の箱を己の掌に。

 これにより透明化の影響を受け無くなる。


「そうか。けど、それだけで差が埋まったわけじゃないことはわかってるだろ?」

「…………まぁな」


 無論それだけで彼我の差が埋まったわけでないことは重々承知だ。

 しかし状況が好転したことも正しく、


(まずは一歩。次は………………あのわけわからん能力の正体だ)


 康太が名もなき二挺の神器を構え、積が鉄斧を二つ生成。

 完璧なる攻略を行うため、二人は頭を働かせ始めた。


 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


始まりました積&康太VSネームレス。

一章の頃は不完全燃焼な決着でしたが、今回は完璧な勝ち負けにまで持っていきます。


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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