『彼岸』再び 二頁目
(これ、は――――!)
自身の身を包むような爆発が生じる数秒前、蒼野は確かに目にした。
その正体が不可視の蝶であると。
次いで顔を渋いものに変化させた。攻撃の正体を目にしたと同時に、敵の正体を理解してしまったために。
「………………振り返ってみるとさ」
不可視の蝶が皮膚をスルリと抜けて体内に入り込み、外部からではなく内部において爆発。
対象の体を挽肉へと変貌させる凶悪無比な殺戮の技が蒼野を襲うが、それが起こりうる直前に彼は能力『時間回帰』を発動。
外部からの干渉全てを跳ねのける守りにより、不可視の蝶は弾け跳び、無傷で危機的状況を突破。
「別に、アンタらとよく話してたわけではないんだ。けど二言三言だけでも言葉を交えてさ、少しだけとはいえわかり合えた気がしたんだ」
攻撃が止んだのを確認すると時の流れを元に戻し、神の座イグドラシルが飛び出た高層階へと着地し、足元にあるガラスの破片を踏みつぶしながら、そう語る。
「…………悪く思うなって。これが、俺達の仕事なんだ」
対峙するは、数メートル離れた先、暗闇の奥に佇む一人の男。
黒に近い地肌をした彼は黒のスーツで身を包み、愛用の黒いポーラハットで顔を隠しながら、寂しさを感じさせる声でそう呟く。
漆黒のステッキーを握る掌の力は緩めないままに。
「こんなクソな事をする職場なんて、辞めちまいましょうよイレイザーさん…………」
その姿を見れば、相手が止まる気がない事は蒼野とて十分に理解できた。
けれど発せられた声に籠る感情。それこそが彼の本音だと信じ、蒼野は全身に風を纏った。
「出てこないところを見ると蒼野が敵と接触したな。一人でも着地するはずだが少しだけ心配だ。優、神の座の方を任せていいか?」
「いいけど大丈夫? この気配って確か…………」
「今の俺達は数年前とは別物だ。能力を無効化できる康太もいるんだ。何とかなるさ」
「…………死なないでね」
「当たり前だ」
ゼオスと蒼野の二人が離脱し、そこからさらに優が離れ、積と康太の二人だけが遺される。
そのタイミングで二人以外には人気のなかったネオン街に現れたのは、一人の女性だ。
歳のほどは同程度。黒のライダースーツに身を包み、その上から真っ赤なジャケットを羽織っているセミロングの女は、得物としてなんの変哲もないサバイバルナイフを持っていた。
その姿を積と康太は知っていた。かつて今と同じく敵対者として対峙したゆえに。
「二人だけでいいのか? 今回は場所が場所なんだ。小細工なんて通用しないぜ?」
「ヒュンレイさんも優も蒼野もゼオスもいないが、今の俺達なら十分に対処できる。なんせ、あの時とは全然違うんでね」
「ほんとにな。あの時の泣き虫とは思えない姿だぞお前」
「前はゼオスの能力による場外での決着だったが、今回はそうはいかねぇ。どてっ腹に風穴開けてやるからな。降参なら早めにしろよ?」
「…………言うじゃん」
ネームレス、ノーネーム
他にも数多の名で呼ばれている正しい名など存在しない暗殺者。
レオン・マクドウェルに並ぶ暗殺ギルド『彼岸の魔手』の切り札が、今再び二人の前に立ち塞がる。
「………………貴方、は?」
「良かった。イグドラシル様生きてた!」
場所は再び別の場所へと移り優サイド。
光り輝く摩天楼を数度の跳躍で追い越し、落下する神の座を抱きかかえる優。
彼女は惑星『ウルアーデ』の主にして超えるべき壁が自分を認識したのを目にすると顔を綻ばせるが、すぐに顔を引き締め真下にある森林へと着地。
「イグドラシル様。その……大丈夫ですか? もしよければ何があったか教えてくださいませんか?」
頬に当たる夜風の心地よさを感じる間もなく周囲を警戒し、怪しい気配が存在しないことを把握すると、周りに聞こえないよう声を潜めながら尋ねかけた。
「私とアークは、貴方達の提案通りの時間と場所に待っていました。そしたらいきなり」
「…………ちょっと待ってくださいイグドラシル様。私達から提案? そんなはずは………………」
「嘘ではありませんよ。これを」
イグドラシルの全身の至る所に生じてる火傷と切り傷を瞬く間に癒す優であるが、彼女が口にした内容を耳にした直後、思わず手が止まる。
それほど衝撃的な告白であった。
「…………ホントだ。アタシ達から提案してる事になってる。でもそんなはずありません。アタシ達だって、イグドラシル様が出したメールを目にしてここに来たんですよ!」
「…………誰が犯人なのかまではわかりませんが、嵌められたという事ですね。厄介な事です」
「手書きなら筆跡とかでわかったはずなんですけど………………迂闊でした。アタシ達が確認を取っていれば」
差し出されたA4用紙には同じような内容が書かれており、けれど集合場所と時間だけはズレていた。
具体的に言えば、場所は先ほど神の座が落下した高層ビルで、時間はイグドラシル側の方が十分ほど早かった。
「すぐに安全な場所まで移動したいんですけど、ゼオスが一般市民の避難のために飛び回ってるんですよね。避難用のシャトルやヘリ、それにワープパッドなんかがあれば利用するんですが」
「………………ワープパッドはいいですが他はお勧めできませんね。外が危険すぎる」
「外、ですか。もしかしてそれって、オルレイユに誰もいないのと関係が?」
その意味にほんの一瞬ではあるが意識を割き、しかしすぐに別の疑問に意識を持っていく。
再び現れたと思われる『彼岸の魔手』。場所と時間の違う手紙と背後に控えている黒幕。
その二つよりも彼女が不気味に思っているのは、能力を行使された様子もなく消え去った人々であり、その点に関して食い気味に尋ね、
「っ!」
その瞬間、災禍は訪れる。
「この、気配、は!」
イグドラシルをキャッチするよりも前から優は気づいていた。
イレイザーとネームレス。あの二人以外に別の刺客がいることを。
それは神の座を呑み込もうとした業火の主であり、いつ現れたとしても対処できるよう心構えをしていたつもりであった。
(なに、これ!?)
だというのに、優は激しく動揺した。
自身に対し発せられた禍々しい気配、その圧倒的な重圧を前に一筋の汗を垂らし息を呑みこんだ。
「――――」
「アンタがこの事件の主犯?」
直後、二人の前に『それ』は姿を現す。
筋骨隆々の日焼けした両腕と両足。全身を隠す藁で作られた簡素な衣。右手に宿った毒々しい赤い炎に左手でしっかりと掴んでいる錆塗れの大斧。
「嫌なもん付けてるじゃないの!」
そして………………顔を隠す楕円形の赤い仮面。
それを纏っている存在の正体はわからない。しかしその気配は見知ったものであり、それゆえ彼女は心臓を跳ね上げた。
こうしていくつもの場所で戦いは始まった。
抱く想いはそれぞれであり、規模の大小も様々だ。
「………………どういう、ことだ」
がしかし『最も大きな衝撃』を受けたのが誰であるかと問われれば、それはゼオス・ハザートで間違いなかろう。
「…………なぜ………………立ち塞がる」
人工島オルレイユに残っていた罪なき民を全て逃し、仲間の元に向かおうと動き出したゼオス。
彼の前に立ち塞がる影があった。
「………………なぜ貴様………………いや貴方が!」
その男は美しいオレンジ色の髪の毛を携え、素顔の下半分と手にする二刀を真っ白な隠し、黒いコートに身を包んでいた。
彼からしたらそれで正体を隠した気になっていたるのかもしれないが、放たれる少量の練気と立ち姿でゼオスは確信を持っていた。
「………………俺の前に立ち塞がる………………この状況で敵意を放つ!」
目の前の男はレオン・マクドウェルであると。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
一章以来のVS『彼岸の魔手』。そこに新たな人物を加えた対戦カードが決定しました。
実のところ彼らは二章や三章でもある程度は通用するレベルでして、一章の勝利は結構な運要素と味方の強さが関わってました。
そんな彼らとの再戦は五人の成長の総決算でもあります。
最初の対戦カードは蒼野VSイレイザー!
ご期待ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




