『彼岸』再び 一頁目
訳も分からぬうちに起きた天井の破壊。明滅の末に消える証明。そして死体として落ちてきた神教の最高幹部の一角。
それらを全て正確に認識した時、積達五人は周りの空気が変わったことを感じ取った。
それまで周囲に漂っていた温かく幸福な空気が瞬く間に掻き消え、血肉飛び散る戦場の真っ只中に放り投げられたことを認識した。
「康太。優」
「安心して。もうやってるわ」
「危険信号は何もなしだ」
この状況、常人ならば多少なりとも取り乱すであろうが彼らは違う。
郷という日までに培ってきた様々な経験。それこの非常時にいかんなく発揮され、まず康太とゼオス、それに優が周囲の警戒に。
「死因は心臓を一突きか。他に傷がついた様子はない。てことは不意打ちか。頼めるか蒼野」
「ああ。やってみるよ」
『神の盾』として名高い猛者である彼女の死因と状況を瞬く間に分析すると背後に控えていた蒼野に声をかけ、積が見守る中で、蒼野は能力『時間回帰』を発動。時間を五分戻し、それでも目を覚まさない彼女の姿を見て、首を左右に振った。
「ダメだ。目を覚まさない。五分前の時点でもう亡くなってる」
脳の破損や心臓の破裂、それに首の切断。戦場に限定するだけでも様々な要因により人は死ぬが、どのような形で死に至ったとしても、それは『完璧な死』ではない。
魂は肉体の中になおも宿っており、五分ほど経った頃、器としての機能を保てなくなった肉の鎧から離れ、霧散する。
これこそが『ウルアーデ』が見つけた人の生き死にの法則。いわゆる『魂の大原則』であり、一縷の望みが絶たれてしまった事で蒼野は目を伏せる。
「…………妙だな」
「積?」
ただ隣にいる積の思考は、そこで止まらない。
蒼野の言葉を聞いた瞬間に抱いた違和感、その答えを見つけるために意識を集中させる。
「何がそんなに気になるんだ?」
「落ちてきたタイミングと死んだタイミングの違いについてだ。お前の能力が誤った答えを出したわけではないと思ってるが、だとしたらおかしな話になる」
「おかしな話?」
「アーク・ロマネを殺した犯人の行動に関してだ。そいつが不意打ちなりなんなりで彼女を殺したかと思えば、五分間以上放置した上で、地上に向けて投げ捨てた事になる。なんのためにそんなことをした?」
「確かに………………言われてみれば妙な話だな」
今から五分前以上前に殺し、『魂の大原則』の範囲外になった事を把握した上で落下させる。
言葉にすればたったそれだけ。けれど確かに積の言う通り気になる話であった。
まるでそこに、五分前にまで戻せる蒼野がいるとわかっているゆえに、警戒した結果のような動きに思えたのだ。
「これだけ待っても敵の姿はない………………ねぇ積。それならアタシ達はすぐに動くべきじゃない?」
「というと?」
「だって、アークさんだけ死んでイグドラシル様がなんの危害にもあってないとは思えないじゃない! もしかすると、今まさに襲われてる最中かも!」
「………………確かに、その可能性は捨て置けないな」
ただ、これ以上考察を続けられるだけの余裕がない事も事実であった。
アーク・ロマネ単体を狙った事件である可能性も確かにある。
しかし積や優の考えは違った。
主である神の座イグドラシルが襲われた際、正体不明の敵対者に立ち向かい、敗北した。
こちらの方があり得るケースであるように思えたのだ。
「……とりあえず外に出よう。ゼオス、シェフの人らと会場に残ってる人らをお前の能力で避難させてくれ」
「………………承知した。お前たちはどうする」
「神の座イグドラシルの捜索にあたる。『生き返ったかと思ったら死にました』なんて、笑い話にもなりゃしねぇからな」
「………………なるほどな。では少し離脱するぞ」
「あぁ」
やるべきことが決めればその後の動きは迅速だ。即断即決という言葉を表すように、その動きに迷いはない。
指示を与えられたゼオスは部屋の隅で縮こまっている、または戦う気概を見せる者達の側に近寄ると、神器所有の確認や事情の説明を行い、その間に積は蒼野と優、それに康太を引き連れいち早く外へ。
「な、なんだこりゃ!?」
「どうなってんだ?」
危険察知能力の『異能』を持っている康太が周囲の警戒を行い続ける中、残る三人が目の届く範囲ではあるが先行。
会場から出る時点で抱いていた違和感は、外に出た直後に『疑念』と『正体不明の不気味』さに変化した。
「人が、いない?」
「いやあり得ない状況よコレ。つい数十分前までいた人たちはどこ行ったのよ!?」
外に出た四人が目にしたのは無人の大都市。
来た時と同じく目を襲う暴力的な光は残っている。けれどその中を闊歩する影。
都市の主役たる人間の姿が、一人残さず消え去っているのだ。
「いったい、何が――――」
起きているんだ
そう告げるはずであった蒼野の言葉はしかし、最後まで続くことはなかった。
彼らのはるか上空、雲にまで届きかけた高層ビルのガラス面が勢いよく割れ、輝くシャワーとなり地上へと降り注ぐ。
だが問題はその点ではない。
「蒼野! あれ!」
「イグドラシル様!?」
つい今しがた確保しなければならないと決意した神の座。その姿がビルの中から飛び出し、その後を追うように炎の咢が迫ってくる。
「クソッ! 間に合え!」
確認を取るより早く、瞬きほどのあいださえ与えず、距離を詰める蒼野。
「悪いな。これが、俺達の仕事なんでな」
そんな彼の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきたのはその時で、
「!?」
その声の正体に気が付き蒼野が目を見開いた時、不可視の蝶が破裂し、強烈な衝撃が全身を貫いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
いきなり死体として出てきた盾の猛者。襲われる神の座イグドラシル。
懐かしき声と不可視の蝶に、消えた都市の人々。
様々な要素を含め、四章後半戦の始まりを告げる戦いは始まります!
最初から最後までフルスロットル。息をつかせぬ闘いの日々を、ぜひお楽しみください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




