イグドラシルからの招待状 一頁目
ある場所で音が鳴った。
音の出所は今やほとんど見る事の出来なくなった黒電話で、鳴り響き続ける音によって、周囲一帯の空間に自身の存在を主張し続けている。
だが二秒三秒と時を経ても、誰一人としてその電話を受けるものはいなかった。延々と鳴り響き続けるのだが、それも仕方がなかろう。
なにせ黒電話が置かれている場は、一寸先さえ見通せない闇のど真ん中なのだ。
人の気配は勿論、生物が存在しているような気配はなにもなく、静寂な空間には、黒電話のやかましい音だけが鳴り続けていた。
「………………」
音が止んだのはそれから数分後であったが、これは自然に止んだのではない。
黒電話の主が、顧客が前もって教えていた時間、電話を鳴らし続け応じたためだ。
「――――――」
「………………」
その人物は一寸先さえ見通せない闇よりもさらに深い闇を衣として纏い、流れてくる声に耳を傾け続け、
「了承した。お前の望みを叶えよう」
およそ一分ほど続き顧客が口を閉じたのを確認すると、会話の締めを知らせるよう、厳しさを感じさせる声で短くそう告げる。
この両者の会話こそが全ての始まり。
原口善に原口積。
土方恭介が兄弟二人に警告し続けていた終わりの瞬間。星を滅ぼす試練の始まりであった。
神の座イグドラシルの復活を祝うかつてない規模の大祭日『再誕祝祭』。
その終わりから一週間の時が経った。
その間にもやはり大小さまざまな争いが生まれては消えていたのだが、どれも取り立てて話題にするほどの物ではなかった。
行ってしまえば、日夜闘争が繰り広げられる戦人の星『ウルアーデ』のありきたりな日々が延々と続いていたわけである。
「みんな来てくれ。イグドラシルから前夜祭のお誘いがあった」
「…………前夜祭?」
「どうしたんだよいきなり?」
大きな変化………………少なくとも当人達だけの問題としては片付けられない。
場合によっては世界中を巻き込むほどの事柄、すなわち神の座の代替わりに関する案件に大きな変化があったのは更に数日後の朝で、いつも通り届いているメールを確認していた積が、強固なセキュリティーを施されている『機密文書』と記されているメールを見た後の事であった。
すぐにコンセントからケーブルを抜いた積がノートパソコンを掴みながらフローリングの床を駆け、リビング兼食堂として使っているスペースへと移動。
少々動揺した声を上げると、非番で暇を持て余していたゼオスと康太の二人が、見ていたニュースと手にしていた端末から積の方へと視線を移した。
「『再誕祝祭』最終日に提出した決闘の申し出が受理された。これは、決闘を行うにあたって提出された条件が記されたメールだ」
「なにっ!?」
「………………神の座はなんと?」
二人の意識が自分に注がれているのをしっかりと把握すると、積は持ってきたノートパソコンを音がなるほどの勢いで机に置き、事の重大さを理解した康太が積の動揺に呼応する勢いで急いで画面の前に移動。一歩遅れて、ゼオスが康太の後ろに回り込み、康太の頭の真上に自分の頭を置き、画面を覗き込んだ。
「対戦形式は5対5の勝ち上がり式か。まぁ問題ないな。だが開催の日取りが書いてないな。どういうことだ?」
「…………最後まで見ればわかるのではないか?」
「重要な案件ってのは最初に記載してほしいんだがな。何々………………あぁ。そこらへんに関して前夜祭とかいうのが絡んでくるのか」
康太が抱いた疑問の答えは、積が口にした前夜祭に関する情報欄に記載。曰く、実際に戦う前に一度顔を合わせて話し合いをしておきたいという事であった。
その内容に関してはいくつかあったが、康太が特に注目したのは2点。
神の座を巡る決闘の日取りをいつにするかという両陣営の予定のすり合わせ。そして、
「…………俺達が神の座を目指す理由?」
「んな事知ってどうするつもりなんだ? わかるか?」
液晶画面を覗いていたゼオスと康太が口ずさむ内容。
すなわち積を筆頭としたギルド『ウォーグレン』が神の座を目指す理由に関して聞きたいというもので、頭上にいるゼオスに康太が視線を向ける。
「……少し意地悪な発想かもしれないがな、時間を稼ごうとしてるって魂胆もあると俺は思ってる」
「時間を稼ぐ?」
二人の疑問に対し、確信を持てないまでも一つの答えを提示できたのは積である。
兄の着ていた学ランを羽織り腕を組んだ積の姿は、背丈や体の厚みこそ足りないものの、髪型や目の形からしてよく似ている。
だからだろうか。ゼオスも康太も余計な口を挟むようなことはなく、黙って積の発言に注目した。
「簡単に言うなら、神の座を降りたくない故に質問をするってことだ。代替わりのルールを設けてこそいるものの、物事の決定権はあっち側だからな。理由を聞いて『相応しくない』なんてことを言いだして、勝負の場に持ち込ませない算段の可能性がある」
「………………………………いくら何でも卑怯すぎるだろう」
直後に発せられた説明を聞けば康太は開いた口が塞がらず、ゼオスも長い沈黙の末にそう絞り出す事しかできなかった。
「冗談だ。真に受けるな」
ただ積とてイグドラシルがそこまでケチな事をしてくるとは思っていなかった。なので肩をすくめ両手を虚空に広げながらそう告げると、ノートパソコンはその場に置いたまま、持っていた端末で既に仕事に出ていた蒼野と優の二人に連絡。
「………………ヘルス・アラモードとレオンさんへの連絡はどうするべきだろうな」
「レオンさんは連絡してもいいが、ヘルスさんの方はどうなんだ? ガーディアさんらと同じく、生存は隠してる状態じゃなかったか?」
「…………なら報告しない方がいいか? 生存を知ったことで余計な荒波をたてたくはないな」
その横でメールの内容を二度三度と確認しながら康太とゼオスがそのような話を行い、
(俺達が、いや………………俺が神の座を目指す理由)
連絡を終えた積が温かな日差しを投げかける外を眺めながら、誰にも悟られぬよう胸中でそう呟く。
そうこうしている間に月日は流れ、前夜祭当日午後6時。季節は初夏を迎え、茜色の空が世界を彩る中、自分たちが寝床としているキャラバンから出てくる影があった。
「……なぁ。よくよく思えばさ、積が神の座に就任するとしたら俺達もお城暮らしになるんだよな? そうなった場合、このキャラバンはどうなるんだ?」
影の数は五つ。いずれも振り返ればすぐそばにある、移動式の寝床に世話になった立場である。
そんな面々の中で殿を務めていた蒼野が振り返りながらそう告げるのだが、その声には答えを知っている故の寂しさが含まれていた。
「解体、なんてことをするつもりはねぇが、まぁ使われることはないだろうな。売りに出せば話は変わってくるが」
「それは…………なんか嫌ね」
「俺もだ。だからまぁ、誰にも使われず大切にしまっておくことになるだろうな」
答えたのは他を率いるように先頭を歩く積と、蒼野の一歩前を歩く優で、二人の声色にも蒼野と似た響きが含まれていた。
「倉庫で眠り続けるくらいなら使ってもらった方がいい気がするが、まぁその辺に関して気にするのは後にしようや。まずは目の前の案件だ」
話を締めくくったのは康太のそんな一言で、振り返り足を止めた面々の先を促すよう一番初めに動き出したのはゼオスである。
こうしてギルド『ウォーグレン』の一行は、指定された会場へと向かい歩き出した。
その一方で、
「本当に我が妹のみでよろしいのですか? 私や不死鳥の座も護衛に就いたほうがよろしいのでは?」
神の居城から出てくる影があった。
その数は三つ。一つは今しがた別の影に話しかけたノア・ロマネ。
「ただの話しあいですし、人通りの多い場所です。危険な事になんてなりませんよ。それに、もし危険な目にあったとしても、『神の盾』たるあなたの妹さんが守ってくれます」
「はい! お任せください!」
対応するのは神の座イグドラシルで、最後の一人にして元気のよい声を挙げたのはノア・ロマネの妹、アーク・ロマネであり、
「では、行ってまいります」
ノアを除いた女性二人もまた、会場へと赴くのであった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
さて始まりました4章後半戦の本題部分。
ここから先は一から十まで激動の展開。その始まりを告げるのは両戦力の顔合わせです。
二転三転する今回の物語。ぜひ楽しんでいただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




