再誕祝祭 七頁目
「気が付けば世界一の規模を誇る祭りもあと一日で終わりか。三日あると聞いた時には長すぎる気がしたが、いざ体験してみるとすぐだったな」
「私たちの場合、好きに動けるほんの半日ほどでしたからね。他の人達の場合、全く違う感想を持ってるかもしれませんよ?」
「楽しい時間はすぐに過ぎる、なんて言うくらいだ。そう大差はない気がするがなぁ」
「いえいえ。物理的な時間の流れを無視することはできませんよ」
『再誕祝祭』二日目が、沈みゆく夕日に合わせ過ぎ去っていく。
ゲイル達が人知れず世界のために働く裏で、多くの人らが充実した一日を終える。
その大勢の人らに含まれていた康太とアビスの二人が、少量の紙袋を石畳の上に置き、木造ベンチに腰掛けそんな話をする。
その様子は実に親しげで、両者の胸中を明確に表していた。
「それ以上娘に近寄ってみろ古賀康太。さすればそれが貴様の命日だ!」
「シャロウズ殿。どうかもう少し冷静に。今の貴方は悪質なストーカー、賢教の代表代理を務めている事を忘れずに」
「む。それは………………そうだな。いやしかし」
その光景を百メートルほど離れた位置からアビスの父であるシャロウズが見つめており、獰猛な獣を連想させる鋭い瞳と強烈な殺意を真横で感じ、同じ『四星』である雲景が呆れた声を上げた。
「よし。こんなところか」
「俺はこの二人に関してそこまで詳しくは知らないんだけどさ、これで本当に喜んでくれるのか?」
「そこんところどうなのさレオンさん」
「二人とも人の善意に対し邪推するような性格じゃなかったからな。ちゃんと喜んでくれるよ」
「そっか。ならよかった」
また別のとある場所では亡き親友の墓に添えるお供え物を買うために歩いていたレオンが、ヘルスとシェンジェンを連れ、役割を終え背を伸ばし息を吐く。
その際に発する言葉に疑問を抱くような点はなく、話を聞いたヘルスとレオンの肩に乗っていたシェンジェンは、顔を合わせ薄く笑った。
「しゃあ! 二百杯達成だぁ! もっと酒を持ってくるんだねぇ!」
「待ってくれ姉さん! これ以上はさすがにヤバイ!」
「おいおいどうしたってんだい? 飲み放題の言葉は嘘があるってのかい?」
はたまた別の場所。竜人族の里ベルラテスでは、酒飲みマシーンと化した鬼人族の長、壊鬼が持っていた巨大な杯を傾け、今こそが人生最高の瞬間であるというような表情を向ける。
そしてその様子を前に、他の鬼人族と竜人族の半分が顔を青くし、残る半数が抱腹絶倒という様子で笑い転げた。
「ここまで犯罪率が低い日があるとはな。この祭りは本当に多くの人らを幸せにしてるんだなクロバ殿」
「ま! 僕らはその幸せを享受できないわけだけどね! 全く、君と一緒に警備をすることになるなんて最悪の一日だよ!」
「文句を言うなシロバ。俺達は、大きな事件もなく一日を終えれたことに感謝していればいい」
「勤勉な事だよ全く」
嬉々とした表情を浮かべるのは祭りの参加者たちだけではない。
数多の場所で笑みがこぼれる中で警備に当たっていたクドルフにシロバ。それにクロバが口では刺々しい言葉を吐くものの、その表情を和らげていた。
こうして二日目は終わりを迎える。
一日目同様、裏で秘密裏に処理した案件はあった。
『闇の森』の影響で夜時間の禁止区域や時間短縮が起きたりはした。
しかし世界中の人らが満足した表情で帰路についた様子から見て、一日目と同じく大成功を収めた一日といっていいだろう。
「ふんふんふんふーん!」
三日目、最終日の朝。奥へと続く真っ白な廊下を歩く足音に軽快な鼻歌が混じる。
声の主は太陽の光をそのまま形にしたような長髪を蓄えた美女アイビス・フォーカスであるが、彼女は誰の目で見ても明らかなほど上機嫌であった。
とはいえそれも当然であろう。彼女は今、数えるのも馬鹿らしくなるほど長く生きてきた生涯の中で、最高の瞬間を謳歌し続けていたのだから。
理由は勿論、神の座イグドラシルの復活にある。
死んだと思っていた彼女が奇跡的な生還を果たし、毎日のように話をできる事実を、彼女は心底から喜んでいた。
そんな彼女の心境は足取りや鼻歌だけでなく全身から発せられており、感化された多くの人らの心を満たすだけに留まらず、物理的に歩いた跡の床に色とりどりの花を咲かせていた。
「おっはよー! 元気にしてるイグちゃん!」
勢いよくドアを蹴破り、吹き飛んだ破片が床に触れるより早く修復させる。
そうなれば聞こえてくるのはイグドラシルの呆れたような笑い声で、それを目にして彼女は更に楽しく笑う――――それがここ最近のルーティンであった。
がしかし、今日は違った。
勢いよく扉を開いた先に主の姿はなく、食べかけの食事が置いてある明かりの消えた部屋があった。
「………………イグちゃん?」
その時、アイビスの声に不安が混ざる。
彼女は今、考えてしまったのだ。ここ数日の事柄が全て夢であり、今この瞬間に目が覚めてしまったのだと。
だとすればそれは――――なんて悪夢なのだろうか
「探したぞアイビス!」
「…………ノア?」
「イグドラシル様がお待ちだ! 作戦指令室に来い!」
幸いにもその予想は瞬く間に裏切られる。
背後から現れ焦燥感を孕んだ声を発したの、はアイビス同様ここ数日を『幸せ』の二文字で塗りつぶしていたノア・ロマネであり、けれど今の彼はその文字がふさわしくはない表情を浮かべている。
「どうしたのよ切羽詰まった声を出して。アンタは三日間ずっと『再誕祝祭』の運営に当たる予定じゃなかったの?」
早足で先を進むノアの後を、空を飛びながら追いかけるアイビス。
とはいえ今の彼女はイグドラシルがしっかりと生きている事を聞いただけで安堵の息を漏らし表情を緩め、
「三日目は中止だ!」
「え?」
「つい数分前、貴族衆が統治する『マテロ』に鬼人族の里『豪湖』を中心とした十数ヶ所で、『黒い海』が吹きあがった! 現場ではすでに対応中だが、一度にこの数は異常だ!」
けれどノアの報告を聞き、すぐさま表情を凍らせる。
これもまた当然のことである。
なぜならそう遠くもない過去、イグドラシルの命に終止符を打ったはずの厄災が今、かつてない規模で立ち塞がったのだから。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
お知らせしたとおりの超巻き展開。色々な場所であったイベントなどは、またいつかどこかで紹介できればと思います。
ということで最後のアクシデントが起きる三日目へ突入。というよりも決戦です。
この危機を乗り越え華々しく祭りを終えましょう。
そして最後の戦いへと至る物語を始めていきましょう。
それではまた次回、ぜひご覧ください!
追記:先日お話させていただいた通り、これから一週間ほど新人賞応募用の作品を煮詰めるためにお休みをいただきます。次回更新は7月1日なので、よろしくお願いいたします!




