禁忌の地を知り尽くせ 二頁目
禁忌の地『闇の森』。
何も知らないと言っても過言でないこの場所の探索を行うにあたり、先導したルイ・A・ベルモンドは二つの策を弄した。
一つは、死傷者を無くすため、なおかつ最新の技術にいち早く適応する存在は若者であると思い、三人の才ある青年をロボットの搭乗者に選定。そのうちの一人は未知の場所の探索に関して言えば優れた手腕を持っているゲイルであった。
これに加えもう一つ、探索に挑む本人たちにも知らせていない策を弄していた。
それがガーディア・ガルフを三人には知らせず、透明化した状態で部屋の隅に配置するという処置である。
(侵入する前に一度使わされることになるとはな。少し意外だが………………今の反応は………………)
ルイの狙いはガーディアが持っている最強の能力『絶対消滅』にあった。
魂の消滅または既に歴史に刻まれており大多数に周知されている。
このような事態を除き、現実に起きた事柄を『過去』に遡り原因から消滅。自分らにとって都合の良い『現在』に書き換えるというこの力を、彼は今回の探索で十全に発揮することを目論んだ。
言い換えればそれは、バットエンドの強制回避による『闇の森』の探索続行であり、ガーディアはこれから、『闇の森』の探索を行っている三人のロボットが砕かれたり動けなくなる。または使い手であるシリウス達に何らかの異変が起きる度に、姿を消したまま、不都合な事実を捻じ曲げることになるのだ。
(………………『闇の森』は自然発生の類ではないのか?)
これによりシリウス達三人は阻まれていたはずの現実を歪め内部へと侵入することができたのだが、得られる情報はそれだけにとどまらない。
シリウスにルイ。それにゲイルの三人は神器を持っていないため『絶対消滅』によってやり直す前の記憶を『なかったこと』にされてしまうのだが、使い手であるガーディアは違う。
やり直す前に起きた事態の記憶を保持しているため、より多くの情報を習得することができるのだ。
(ロボットが入り口前で動きを止める際、何らかの邪魔が入った様子はなかったはずだ。となれば前もって仕掛けておける結界の類が第一候補になるが、その場合、術者が存在することになる)
今の場合、改変する前の記憶をガーディアは保持しているため余人と比較して遥かに多くの考察を進めることができ、そのあいだにもシリウスたちは前進開始。
かと思えば先頭を歩いていたゲイルが操る人型の形を模したロボットが足を止め、真横に首を向けた。
「どうしたんだいゲイル?」
「早速この場所の情報を調べようと思ってな」
「何をするつもりだ?」
「木を切ってみるんだよ。で、樹齢を調べる。それだけでこの場所からどれくらい昔からあるのかがわかる。おかしかったらおかしかったで、『ならどういう事が起きてるのか』っていう疑問の提示にもつながるだろ?」
「なるほど。確かに」
言いながらゲイルの操るロボットの真っ白な右腕がドロドロに溶け、次の瞬間には刃渡り五十センチを超える刃物へと変化。電動ノコギリのように回転し始めると、側にある太い幹の木を切り始めた。
「それなら僕は近くの植物を取ってくるよ」
「おーう」
「私は周囲の警戒でもしていよう。といっても、この体ではロクな事はできないがね」
隠れているガーディアを含め『そもそも切ることができるのか?』という当たり前の疑問を抱いたが、予想に反し樹木は簡単に切れ、それを見届けたところでルイの操るロボットがまるで整備されていない獣道を歩き始め、シリウスの操るロボットが周囲の警戒を開始。
そうしている間にもゲイルの操るロボットは比較するために隣接している木をもう一本切断しはじめ、空いている左手で側にあった雑草を掴んだ。
「あれは………………」
とここでシリウスが何かに気づき、ゲイルが二本目の木を伐り終え比較を始めたタイミングで、
「うわっ!」
まず初めに、レウが操っているロボットが胴体を貫かれ停止した。黒い影の塊による打撃攻撃でだ。
その声に反応したシリウスとゲイルが即座に臨戦態勢を取るが、次の瞬間には首を跳ねられ、探索は終了した。
「やられたな」
「だな。けどな、ちと気になることがわかった」
「気になること?」
すぐさま能力を発動し都合のいい『現在』へと改変しようとするガーディアであるが、その腕がピタリと止まる。ゲイルの不穏げな言葉を聞いたゆえに。
「あそこに生えてる二本の木は、どっちも全く同じ樹齢だった。他のまで見れてるわけじゃねぇから断言まではできないけどよ、おそらく同時に植えられたものだ」
「………………何か問題でも?」
「問題はその樹齢がそこまで凄まじいものでもないってことだ。太古の昔からずっと生えたままってんなら、千や二千では収まらねぇだろ? けど二本の木は、両方とも二百年ほどだった。となると奇妙だろ」
「遥か昔からっていう話が本当なら二百年は少ないし、一度切って育て直したなら、二つが全く同じ樹齢なのが変ってこと?」
「まぁ誰かが同じタイミングで伐ったっていうならそれまでだが、それならそれでこの場所で生活してる奴がいることになる」
「………………探索はここまでだが、それを知れただけでも成果はあったな。なら報告に」
(絶対消滅)
ここまで語ったところで有益な情報は出尽くし、ガーディアは現実の改変を実行。
そこからさらに探索を進めるが、彼らの歩みは熾烈を極めた。
それほどまで『闇の森』は侵入者に対し敵対心が剥き出しであった。
最初に行ったように木の伐採や周辺の調査を行えば、一分と持たずロボットたちは破壊された。
数歩進んだところでトラップとして仕掛けられていたレーザーが襲い掛かり、なすすべもなく爆発四散した事もあった。
それどころか足を止め警戒した瞬間に粉々になった映像が、会議室備え付けの大画面に映されたことさえあった。
「………………こいつを操作してる影響か。頭が重いし吐き気、が」
「僕もだ………………父さんに問題点として知らせよう」
(潮時だな)
そのような障害に阻まれながらも探索を始めてから一時間後。
『絶対消滅』の効果を受け始めること二十回以上。そこがガーディアの見極めた探索の限界地点であった。
それはどれほど事象を弄ろうと三人の操るロボットたちの生存が難しくなってきたため。すなわち侵入後数キロ進む侵入者に対し、相手も本腰を入れ始めたゆえで、かつてウェルダの持つ炎の極致『アポロ・D・エンド』を相手にした時と同じく、組み替えられる事象の限界が迫っていることを示していた。
加えて短時間に何度も自分たちの選択肢を変えられた、言い換えれば思考を強制的に弄られた影響がシリウスを除いた二人に出始めたのもある。
(せめて私自身が出向いていれば結果は違ったのだがな)
もし己が出ていれば確実に踏破できたであろう。
腕を組んだままガーディアはふとそんなことを考えるが、そうしなかったのもルイの策略である。
といってもそこに複雑な目論見は存在しない。
『死んだはずのガーディアをここで動かした場合、イグドラシルに彼の生存を知られる事になる』
この事態が厄介な事柄に繋がることを危惧したというだけの話である。
結果彼自身が出向くことはなかったが、それでも得た収穫は素晴らしいものであったといえるだろう。
彼らの行く手を阻む者が機械式のトラップと、黒い塊が様々な形に変わったものの二種類という事。
途中で撤退しようとしても、闇の森を包む黒い霧が物理的な壁となり、行く手を阻むということ。
多くの者を殺戮したであろうこの二つの要素をガーディアは『殺意の檻』と形容することにした。
(それに)
これに加えもう一つ、決して見過ごせない要素を彼は知った。それは――――
「………………ゲイル。これは」
「な、なんじゃこりゃ!?」
とここで、度重なる事象の改変の中心に立ったゆえに味わう頭痛。これに耐えながら進んでいた三人の青年が声を上げる。
(あれは………………)
これまでの木々と黒い霧が混ざった鬱蒼とした空気。
時折現れる機械製の罠。
そのどちらとも大きく異なる光景。
それを目にした三人の口から困惑と唖然呆然の念が混ざった声が漏れる。
それは四角い箱であった。
壁いっぱいに広がる画面からは映像しか拾えないガーディアの視点では確認できない重苦しい音を立て、チカチカと色々な色を発している物体。
それは紛れもなく機械の塊であり、それを囲うように建っているのは木々ではなく、いくつもの敗戦で繋がれた真っ白な機械の柱であり、
「――――――!」
「な、なぁ!?」
「こ、これは一体どういう!?」
「絶対消滅!」
それらを彼らが視認した瞬間、状況は激変する。
ロボットたちがいきなり故障したに留まらない。
六つほどの影が会議室へと侵入したかと思えば操作していた三人の体へと延び、かと思えばガーディアが一蹴。
即座に能力を使い彼らに自分の存在を知覚されていないよう現実を歪めると、そのタイミングで耳につけていた通信機から連絡が届く。
『ガーディア! ものすごい量の影が迫ってきてるぞ!』
『少し逃してしまったんだが大丈夫だったか?』
『問題ない』
通信の相手は彼が最も信頼する友と愛する人であり、あの巨大な箱と柱を見たことが大きな転換点であったことを知った彼は再び『絶対消滅』を発動。
塗り替えた現実の形は『最初の百メートルで迎撃され三機のロボットは破壊された』というもので、神器を持っているゆえに効果を受けなかったエヴァとシュバルツの二人が、外部からの干渉がピタリと止まったことをすぐさま報告。
「めぼしい情報は得られなかったな」
「まぁ………………相手が相手なのだ。許してくれるはずさ」
この未来を選んだことで此度の『闇の森』の探索は打ち切りとなったが、得たものは実に大きい。
先ほども言及した二つの迎撃機能があるという事実。
「彼らを見ていたのは無数の監視カメラ。それにあの箱と柱は何らかの制御装置と妨害装置だな。つまり――――あの森は粒子による術技ではなく科学文明。我々の築いた千年の叡智より遥か先の技術により回されている」
そして『闇の森』が遥か未来の科学技術を用いられたものであるという事実。
これが分かったことが、此度の探索における最大の収穫であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
『闇の森』探索話、なのですが少々端折り気味。
これは筆者としては少々残念なことですが、ここ最近の閲覧数がちょっと下降気味でして、
これを『さっさと事件を起こしてほしい』という要望のように捉えた結果、『再誕祝祭』をちょっと巻き気味で進めさせていただきました。
ということで次回は早くも三日目。
二日目にあった康太達の休日の話を交えながら、最終日へと突入しましょう!
それではまた次回、ぜひご覧ください!
追記:それと申し訳ないのですが、次回23日分を終わらせたところで一週間ほどお休みをいただきます。
というのも次回の新人賞投稿日が6月の末でして、そちらの方に専念させていただく所存でございますので、よろしくお願いいたします。




