災禍の種火 三頁目
ダイダス・D・ロータスの脳天を貫ぬかんと、殺意の塊が一直線に伸びて行く。
思ってもいなかった出来事に硬直する者が大半という状況で、一早く動いたのは雷膳だ。
彼は銃弾が屋内に入ってきたのを確認してすぐ、銃弾の進行方向に自身の手を置き、銃弾を容易く掴むと、続けざまに飛来した銃弾全て掴み、攻撃のあった方角を睨んだ。
「曲者だ! 全員周囲を探れ!」
突如訪れた緊急事態を前に、声を張り上げ部下たちにそう告げる雷膳。
しかしその言葉を言いきる前に、攻撃は再び開始され、彼らを閉じ込めている分厚い鉄の壁が幾度となく貫かれ、依頼主を守るためにある者は肩に、ある者は腹部に、そしてある者は心臓を貫ぬかれた。
「ご無事ですかダイダスさん!」
声をあげ、守るべき者の名を唱える雷膳。
「あたしゃ無事だよ! それよりあたしを守ったこいつらが」
それに対し彼女はさして怖れを抱いていない強気な声で返事を返し、同時に一呼吸遅れ蒼野と優が周囲に視線を飛ばす。
「時間回帰!」
ダイダスを守る彼女の盾になり倒れた数人に半透明の丸時計を急いで当てる蒼野。
「何をやってるんだい!?」
彼女にとって初めて見る光景を前に声を荒げるが、蒼野はそちらに視線を向けることなく、額に汗を浮かばせながら一心不乱に時間を戻す。
「時間を戻してるんです。これで何とか助かれば!」
「心臓や脳を撃ち抜かれて、即死の奴もいるんだよ!?」
「大丈夫です! 息さえあるのなら、なんとでもなります!」
脳の破壊や心臓が吹き飛ぶことによる衝撃により意識を失う世間一般では即死と言われる状況。だが蒼野は、それが生命の終わりではないと考えていた。
というのもその状態でも間を置かず能力を使えば、人の命が助かることを何度も見たことがあったからだ。
そこから蒼野が立てた推論は、致命傷を受け意識を失うという事と、死ぬという事は同列では語れないという事。
原理や真実がどうであるかはわからない。
しかし『魂』というものが消滅した瞬間言党の意味で人は死ぬのだと、言葉では語れずとも蒼野は理解していた。
「うし、傷が戻り始めた!」
かくして脳を貫かれ瞬時に意識を失った男を含め全員の傷が戻り始める。
無論体の時間を戻せても精神まで戻す効果はないため意識は戻らないが、それでもこの結果に蒼野は満足し安堵する。
「大丈夫かお前ら!」
と同時に現れた康太に蒼野が笑いかけると、同じ方角から再び銃弾が迫る。
「この!」
だが完全な不意打ちでなく、さらに方角さえ分かっていればただの銃弾を防ぐ事は蒼野達でも容易く、優が作りだした水の壁が鉄の壁を破りはすれど威力が激減した銃弾を呑みこみ静止させる。
「想定した通りの事態になったか」
「え?」
扉を開き外へ出た雷膳が、馬をなだめ動きを止めながら辺りを眺める。
「雷善さんはこの事を予期していたのですか?」
「確証があったわけではありません。しかし、十分にありえる事態であると踏んでいました。何しろこの辺りは、そのような企み事をする輩にとって、あまりにも良い環境だ」
彼らの今いる場所は人気のない山の中腹で、馬車の前方は上り坂の後方は下り坂。馬車から見て左側は木々で覆われた斜面が広がっており、右側が多少の木々はあれど遠くまでよく見える、狙撃するにもされるにも絶好の環境となっていた。
「一番から八番は二人一組になり周囲の散策。全体を徹底的に調べなさい。九番以降は客席付近で待機。敵は狙撃手だがどのようなことがあってもダイダス殿をお守りしろ!」
「「はっ!!」」
指示に従い無駄のない動きで倭都の戦士達が動きだし、それを前にして自分たちはどうするべきか考える蒼野と優。
「む!」
そうして辺りを見渡していた雷膳へと銃弾が迫る。
「そこか!」
自身へと向かってくる銃弾を容易く躱し、背中に背負っていた槍を引き抜くと、虚空へと投げ出し空中で固定。銃撃があった方角へと針のように細く鋭い雷を飛ばす。
倭都の三将軍が一人富士雷膳は雷属性の使い手だ。
背負った十本の鉄槍『輝黄槍』を巧みに利用し、それに加え雷属性の特性である超反射神経を活かし戦う達人だ。
その腕前は槍使いとしては最高位の一角とされており、近接戦闘ならば雷属性の特性もあり無類の強さを誇る。
さらに雷属性を利用した中・遠距離攻撃の他にも、防御結界や探知などの細かな技も備え、部下に対しても的確な指示を出せる彼は、内外問わず大きな信頼を得ている。
「俺達の出番はなさそうか」
「いえ、敵の正体がわからぬうちは気が抜けません。それに少々奇妙です」
「妙?」
雷膳の言葉に首を捻る蒼野。
「連続で、同じ方角からの銃撃、か」
それに対して返事を返したのは、内部にいる彼らと合流した康太だ。
「流石銃使い。ご存知ですか」
「どういう事だ康太?」
「この野郎はずっと同じ方角から、同じような射線で撃ちこんできてるんだ。そりゃな、狙撃手が最もしちゃいけねぇ禁止行為なんだよ」
遠距離からの狙撃において初撃は最も避けねばならない事態は、スナイパー自身の居場所がばれてしまう事だ。
なぜなら絶対とまで言いきる事はできないが、基本的にスナイパーは遠距離の戦闘に特化したものが多く、近接戦に持ちこまれた場合、高確率で敗北する。
そのため彼らは基本的に一撃で相手を沈める事をするか、そうでないならば自身の場所が悟らぬよう、決して一ヶ所に固まらず、相手に居場所がばれないよう移動することが重要とされている。
だというのにダイダスを狙う狙撃手は百を超える銃弾を、同じ方向から撃っている。
それはつまり、自分の居場所を知られても怖くないと言っているも同然なのだ。
「それをしてくるってことはつまり、なーんか企んでるんだよなこいつ」
いやそれどころか知られることにこそ意味があるとでも訴えかける様にさえ康太には思えてならない。
「また来たか」
注意深く状況を観察する彼らに向かい、銃弾が再び撃ちこまれる。
それはもはや疑う余地のない、彼らを死地へと誘う、何らかの罠であった。
「…………俺が行く」
そこまで理解をしていても、それを無視することを彼らはできない。
放置すれば延々と依頼者に危険が訪れるこの状況を何とかするため、善が銃弾が襲ってこない僅かな時間を利用し雷膳にそう告げる。
「よろしいのですか?」
「ああ。十中八九罠だが、放置できるもんでもねぇ。それに部下を行かせて帰ってこれないと最悪だ。なら俺かあんたが行くしかねぇだろ」
「ならば私が」
「いや俺は接近戦しか脳がねぇから近接バカだ。こう言っちゃあんたみたいに色々できるわけじゃねぇ。そんな俺が言った方が都合がいいだろ」
花火を口に咥え、火を付ける善。
「三分だ。俺が三分で帰ってこれなけりゃ、死んだとみなして目的地へ向けて移動しろ」
すると彼は真剣な顔でそう雷膳に告げるのだが、その言葉に雷膳は失笑を返した。
「ご冗談を。御身が敗北するなど、考えられません」
セブンスター第三位であった彼の実力は、武闘派国家倭都の耳にも何度も届いていた。
自分の実力にはある程度の自信がある雷膳ではあるが、善と自分を比べれば、自他共に彼の方が強いというとは理解していた。
「そういう怪物の可能性があるってことだ。まあ狙撃手が複数人いて捕獲に時間がかかってるとか言う情けねぇ事情もありえるが、それならそれで奴らも俺を撃退するのに必死なはずだ。今よりは安全に移動ができるはずだ」
とはいえ、善には油断も慢心もない。
後は頼んだと真顔でそう伝えると、彼は銃弾が撃ちだされる山の方角へと虚空を蹴りながら近づいていった。
「ご武運を!」
そうして前方に見える山脈へと向け跳躍する善を目にして、雷膳はそう口にしながら見送った。
「まさか原口善がいるとはな」
紅葉が舞う秋の空。
ダイダスを殺そうと狙撃をしたその男は森の木々の一角に潜んでいた。
スコープ越しに彼が覗き見るのは富士雷膳と原口善の二人。
その内の一人、原口善が動きだしたのを見て彼は舌打ちをする。
原口善はまごう事なき超人だ。彼の向かう先には幾重もの罠を仕掛けているが、それでも動きを止める事はできないだろう。
「…………仕方がない。じっくりと攻める予定であったが、急ぐか」
そう言って手にしている自身の身長を超える長さのライフル銃に込める銃弾を変えると、自分がいる方向とは真逆の、明後日の方角へ向け走っていく善を一瞥しながら、彼は客席に隠れるダイダスへと向け銃弾を再び撃ちだした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
という事で戦闘開始でございます。
なお、本編最後に善さんが全く見当違いの方角へと走っていますが、
誤字の類ではないのであしからず。
ではまた明日、よろしくお願いします。




