禁忌の地を知り尽くせ 一頁目
人災たる『三凶』に『十怪』。
数多の人を苦しめ、屠る天災『黒い海』。
この二つに並ぶ『闇の森』に関してわかっていることは極端に少なく、それこそがこの場所の最も恐ろしい点であると言えよう。
この脅威の最初の確認は、資料による記録によれば数万年前、賢教による統治が盤石であり、寄り添うように貴族衆が存在していた時代である。
何の前触れもなく現れた黒い霧に包まれた森は、かと思えば音もなく消失。
それは各地で何度も確認され、賢教はこの謎の場所の解明のため、一個小隊を派遣した。
がしかし、その結果は芳しくない。むしろ最悪といってもいいものであった。
当時賢教指折りの実力者をリーダとして編成されたその一個小隊は、内部に侵入した数時間後に連絡途絶。待ちの一手を取ることしかできなくなった賢教は、三日後彼らを迎え入れる事になる。
恐怖に引きつった顔面と、体のパーツの一部という形でだ。
これ以降から『闇の森』と賢教の戦いは始まった。
結果わかったのはこの『闇の森』がまさしく神出鬼没というにふさわしい場所であるという事と、出現の頻度は極稀で、早くとも数十年に一度あるかないか程度という事。
そして一度現れた後は、二度三度と繰り返し出現することくらいで、内部に関しては何一つとしてわかっていなかった。
神教の時代に移行してからもこの状況に変化はなく、おおよそ百数十年おきに数度の頻度で現れるこの場所に関しては未知の部分が大半であった。
「そんな場所に無人機で侵入するねぇ。いやそりゃな! 確かに人的被害は抑えられるぜ! だがその反動に得られる成果はめちゃくちゃ少ない気がするぞ!」
「それでも『何一つ得られない』という状況よりはマシ、というのが父さんの判断だ。それはそうと、この作戦の要は君だ。頼むよゲイル」
「無様な結果を晒すのがオチだと思うがなぁ………………」
そんな『闇の森』の久方振り、およそ百五十年ぶりの出現に対し、手を取り合い協力することを覚えた四大勢力は再び挑む手筈を整えたのだが、その形はこれまでとは大きく異なっていた。
「成果のほどは別としてだ、ここまで科学という分野が発展したのは素直に喜ばしい。そうは思わないかね?」
「そりゃまぁ、兄貴の言う通りだけどよぉ」
挑むメンツは、これまでのようにその時代指折りの猛者からかけ離れている。
多少の実力はあれど若く、時代を担う萌芽。
すなわち貴族衆の行く未来を担うゲイルにレウ、それにシリウスの三人であるのだが、その恰好は普段とはかけ離れたものであった。
祖父の遺品であるシルクハットをつけているわけでもなければ、己が地位を示すような貴金属の類は何一つとしてなく、全身を白タイツで固め、首にはゴテゴテとしたゴーグルを掲げ、全身の至る所に真っ黒な球体が張られている。
待機している場所とて現地は勿論の事、仰々しい装飾が成された王宮でもなく、一般的に用いられるような会議室であった。
「いいじゃないか。命の危機がなく最先端の技術を体験できるなら、僕は大歓迎だよ。それこそ、歴史上類を見ないほど大きな祭日さえ霞むほどにね」
言いながらレウがゴーグルを装着すれば、視界が映すのは彼らがいる会議室ではない。
草木一つ生えていない荒野の景色である。
『闇の森』に関して数少ないわかっていることは、出没が夜時間に限られるという事と、人の集まる村落や都市部には出現しないということである。
そのため神の座イグドラシルは自身の復活を祝う『再誕祝祭』の夜時間の会場を町や都市などに限定。
広い空間で行われるイベントの数々を場所の移動か中止の二択に絞った。
次に行ったのは闇の森の解明に関する部隊の派遣であるが、ここで口を挟んだのが貴族衆の長であるルイである。
神の座が裏で賢教と内通していたことから完璧には信用できない事を告げた彼は、派遣部隊の編成を自分が行う事を要求。
彼が口にした罪状が罪状のためイグドラシルは反論できず、ルイを筆頭とした貴族衆が、派遣部隊として『最新の機器に対しても順応性が高いだろう』という理由で三人の若者を選定。
彼らに遠く離れた場所からでも自身の動きに合わせた操作が可能なロボットを提供し、これまで謎に包まれていた『闇の森』の内部を探らせるまでの道筋を記した。
「うっし。最低限の操作は覚えたな。ただ…………戦闘面に関しては本当に無力だな。大丈夫かよこれ?」
このような経緯を経て三人の若者が集められたのは『再誕祝祭』二日目の午前十一時。途中高級中華の弁当を頬張りながら一通りの操作を覚えたのは午後二時過ぎの事であった。
「まぁ、各時代指折りの戦士たちが挑んで返り討ちになった場所の探索だからね。こと実力に関しては、僕らには何も期待していないってことだろうね」
「おっしゃる通りなんだが釈然としねぇな。なんつーか………………ちと悔しい!」
そのタイミングで素直な感想を漏らしたゲイルにレウとシリウスは苦笑するが、これに関してはそれ以上何も言えない。
二人とも同意する部分が少なからずあったのだ。
「あ、でも武器の携帯をさせることはできるらしいよ。なんだったらゲイルが選んでいいよ」
「集まった時にも言ったがこの作戦の要は君だ。上手いこと利用できるものを選んでくれ」
「………………しゃーねぇなぁ」
今回の作戦の要がゲイルである理由は、統治している都市『マテロ』が歴史関連に関して造詣が深い、つまり探索関連に関して優れていることであり、その部分をくすぐられたゲイルが悪い気はしない様子で頬を掻くと立ち上がり、現地の調査に必要な装備をロボットが持っているかを確認。
「ゲイル、予想通り今夜も『闇の森』が出現した」
「そうか。うーし、なら行くかねぇ!」
午後六時半。完全な闇夜が訪れるよりもやや早く『闇の森』が出現。
彼らが駆使する人型ロボットはワープ装置に乗って現場近くへと急行し、威風堂々たる面持ちで立ち塞がる『闇の森』の前に立つことになった。
「………………ゲイル。実に残念なお知らせだ」
「………………………………あぁ。俺もよーく理解したぜ畜生が」
直後、未知の塊たる『闇の森』に挑むことになった彼らは、けれどすぐさま意気消沈した。
それは内部に入る瞬間にロボットへの操作が効かなくなったため。
すなわちあらゆる通信機能を遮断する妨害電波が黒い霧を覆う森全体を覆っているためだ。
「今回の計画は早くも頓挫かぁ。いやでも『電子機器をシャットアウトする』これが分かっただけでも成果かなぁ」
これにより敗北を悟ったルイが伸びをして息を吐き、そのタイミングで会議室のドアが開く。
直後、
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「まずは第一歩か」
「うん。妨害電波を弾く機能を積んでおいてよかったね。このまま行けるところまで行こう!」
彼らは一歩ずつ進むのだ。
自分たちの歩みが阻害されることなどまるで無かった様子で。
いや、事実なかったのだ。というよりなくなったのだ。
妨害電波に対する対策など何もしていなかったという『不都合な事実』など。
「………………辻褄合わせはしたが未知の探索だ………………どこまでいける?」
それはつい数秒前の会話とは大きく矛盾した展開である。
がしかし誤りなどではない。
なぜなら――――――彼らを覆う現実は覆されたのだ。
透明化した状態で腕を組み、会議室の隅で彼らを見守る一つの影。
過去に遡りあらゆる事象の改変が可能な史上最強の能力。
因果律『絶対消滅』を持つガーディア・ガルフの手によって。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
ウルアーデに住む多くの人が楽しむ再誕祝祭の裏で起きてる殺伐とした日常第二弾。
これまでほとんど語られることのなかった『闇の森』の探索です。
戦力的に絶対に適わない状況での探索というのは、実はこの話ではあまりなかった状況です。
この状況でインチキ能力片手に進む彼らの様子は、滑稽な面もあれど面白いものになると思うので、ちょっとの間だけお付き合いいただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください




