三賢人殺人事件
科学者という枠組みにおいて最高位を示す『三賢人』の一角、メヴィアス=ロウ。
一言で示すなら彼は『最高の科学者』であった。
アル・スペンディオが既に存在する物を簡略化・一般化させ世間に普及させる天才で、ジグマ・ダーク・ドルソーレが物ではなく者、すなわち他二人が取り扱っていない生物や生命に関する研究の第一人者であるのに対し、彼は特定分野に偏った天才というわけではなく、その腕はあらゆる範囲に届いていた。
転送装置や四次元革袋。インターネットに遠距離通信が可能となる携帯電話など全てが、他の惑星から仕入れてきた情報はあれど、彼の手によって生み出された成果であるのだ。
「…………コリャひでぇな」
そんな男が今、自宅の床を彩る血の染みと肉片へと変貌して、やって来た客人を歓迎した。
常日頃なら傷一つ、埃一つないはずのきれいに磨かれたフローリングの床は、赤黒いカーペットでも敷かれたかのように変色しており、部屋の至る所に骨や肉が飛散している。他にも部屋を綺麗にするための掃除ロボットも砕かれており、嵐が過ぎ去ったかのような惨状であった。
「研究の失敗、ってわけではないな」
「死体なら数えきれないほど見てきたが、その中でもこいつは特に凄まじい。仕立て人はどういう脳みそすれば、ここまでの事を思いつくのだ?」
『凄惨な死体になっているため、耐性のある者であるべし』という触れ込みでやって来たのは、ギルドからは人間形態になったエルドラ、賢教からは千年前の戦いを生き抜き『四星』に名を連ねる雲景であった。
ただそれほど長き時を生き、様々な経験を経た彼らからしても現場である研究室の様相はすさまじく、吐いたり涙を流すことはなかったが、胃に多少のムカつきを覚え眉を寄せた。
「復讐、いや恨みに限らねぇか。嫉妬の線もあるな」
「前者ならばギリギリ理解はできる。しかし後者ならば、頭のネジが緩むどころか吹き飛んでいるぞ」
「それはこの時点で確定では」
雲景が『研究の失敗ではない』と示し、二人が他殺の類であると確信した理由は、ただ凄惨なだけではなかったため。端的に言えば強烈な悪意を感じ取った故だ。
部屋中に飛び散った血と肉片――――この表現に嘘はない。
しかし全てが全て肉片と化したかと言えばそうではなく、無事な部分がいくらかあった。
両方の掌と足首から先がナイフに刺さった状態で部屋の四方に立てかけられており、彼の知的さを支えるように世界を見ていた二つの眼球が机の上に安置してあった。
「殺人事件で犯人の推理をする場合、対象の心理状況を推理するのが重要だったな。思いつくことはあるかなカーゴ殿。こと猟奇犯罪者の心理に関してなら、貴方の方が我々より詳しいはずだが?」
「恨みにせよ嫉妬にせよ、いえどのような思いが含まれているにせよ、犯人はメヴィアスさんに強い思いを抱いていた、と見るのが一般的でしょう。しかし」
「しかし?」
「一つだけ、気になることが」
応答したのは貴族衆の代表としてやって来た浅黒い肌をした二十代の女性。
かつて神の座に就任するために積が演説を行った際、いの一番に質問を投げかけたK・プロテクス家の当主カーゴだ。
世界中にある民間の警備や自治隊を統治している彼女はその顔を真っ青にして目を細めていたのだが、しかしその脳は平常時と変わらず動き続け、気になる点を指摘する。
「ほう。言ってみてはくれんか貴族衆の若き雄よ」
「両手の掌に両方の足先。それに眼球。ここまで残すなら頭や顔をどのような形であれ残しておくと思うのです」
「………………なぜそう思う?」
「恨みや嫉妬なら忌むべき相手の顔や脳を潰し、どこかに飾ったほうが歪んだ優越感を感じるはずですし、他の感情にしたって手や足の一部を残すくらいなら頭部の方が意味があるはずです。首から上こそ、一個人を示すシンボル足り得るのですから」
「それをしないことがおかしい、という事か。なるほど、一応筋道は通っている」
「ならば儀式はどうだ? この部分を残したのは、何らかの儀式に使うため。ないし使った後であると」
エルドラと雲景の二人は、彼女の抱いた違和感について納得こそしたものの他の考えを提示し、カーゴもそれを否定しない。
「とりあえず神教の代表待ちだな。今のうちに調べておこう」
「できる事ならデュークの件のような迷宮入りは避けたいがな………………蒼野君を連れてくるべきか?」
「蒼野君というと、ギルド『ウォーグレン』の? それは、やめた方がいいかと。耐性のない………………いえ耐性のある人でも場合によってはトラウマになりますよ。これは」
ぐるりと研究室を見た限りの考察を終え、実際に動き始める三者。彼らの会話の中身には平和主義の若人の名前が出てきており、
「すいません。手伝ってもらっちゃって。あの、ジュースでもどうですか?」
「気にする必要はないよ。ぶつかってしまったこっちに責があるのだからね」
当人はと言えば、大量に持った荷物を最寄りの駅にあった大型のロッカーに預けていた。
その隣にいるのは黒のチノパンに紫のやや厚手のワイシャツ。細長いフレームのメガネをかけ、前髪を左右に分け少々浮かせた、先ほどぶつかった二十代中頃の青年で、
「それに、そこの自販機はあまりお勧めしない」
「?」
「一本ジュースを買うだけで数分足止めされるのは嫌だろう?」
ふと発せられた言葉の意味を理解しきれず首を傾げる蒼野。
すると青年は肩をすくめながら苦笑し、
「運がいいっていうことは、時に面倒な事を引き起こす、ということだよ」
そう言いのけた。
それが嘘にせよ本当にせよ、何か言い返すべきだと思った蒼野。彼が目の前の青年の名前を知らない事に気が付いたのはこの時で、
「僕は、そうだな………………ハーティス、とでも呼んでくれ」
蒼野の胸中を察し、青年は自分の胸元に手を置きそう言った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
今回は自分の書く物語では割と珍しいと思われる凄惨なお話。この件に関しても追々詰めていきます。
一方の蒼野サイドと言えば、謎の人物との交流回。次回はそこから始まっていきます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




