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再誕祝祭 四頁目


『確認。第零ー、――――――・フォーカス様』


 空気が抜ける耳障りな音と共に白い煙が彼を包む。

 そのうっとおしさに目を細めた彼は右手を左右に動かしながら前に進み、廊下の隅に置いてある真っ黒な受話器を掴んだ。


「今回の遠征も大したことはなかったな。それで、何やら外が騒がしいようだが、今日は何の日だ?」


 なんとも退屈げな様子で語り掛ける彼は、しかし実のところ嬉々とした胸中であった。


「どういうことだいそれ………………気にする必要はない。全て終わった話、と………………はぁ」


 がしかし、電話越しに話している相手の発言を聞くと眉を顰め、けれどそれ以上の追及が意味のないものであると悟るとため息で会話を終了。

 受話器を置くと、気晴らしでもしようと思い、外に出た。




『それでは皆様、我らが神、イグドラシル様の復活を記念したこの祝祭を心ゆくまで堪能してください』


 奇跡的としか言いようのない神の座イグドラシルの復活。それにより行われる事になった『再誕祝祭』。

 その始まりをノア・ロマネがラスタリアから全世界へと向け宣言し、各地で花火が上がり歓声が湧く。

 そしてその直後から、世界中で大勢の人々が動き出した。


「えーと、康太とゼオスの奴が警備で、積はギルドに籠って調べ物か。ここにはお土産が必要だな。

 シリウスさんにゲイルさん、それにレウさんに………………いや待て。エルドラさんやルイさんのところにも顔を出した方がいいのか………………ダメだまとまらん!」

「『あいさつ回りをした方がいい』 なんて思ってるかもしれないけど、そこまで必死にする必要はないでしょ。彼等だって色々な予定があるんだから、いちいち顔を出してたら失礼かもよ」


 その『大勢の人々』の中には蒼野と優の二人も含まれており、ショートパンツに薄手の空色のシャツを着用した優は、隣に立つベージュのチノパンに無地の桃色のYシャツを着る蒼野にそう告げる。


「ならどうするよ?」

「決まってるじゃない。お祭りなんだからめいいっぱい楽しむ。他に必要な事があって?」

「…………………………言われてみればそりゃそうだな。なら、難しく考えずに動くとするか!」


 片目を閉じた優が楽しそうに笑いながら人差し指を動かすと、少々呆気にとられた直後、同じように笑いながら応じる蒼野。

 

 そんな二人が今しがた滞在している場所は、貴族衆D・ロータス家が統治する大都市『ウルタイユ』である。

 二人がこの場所を祭日のスタート地点として選んだ理由は、この場所が世界最大の貿易都市であるため。それ特色から様々な文化が混ざった、他にはない様相を示していると睨んだためであった。


「それにしても、優の予想は完璧だったな。普段見ないものがずいぶんあるぞ」

「貴族衆のお店なんかは普段じゃお店にしか卸していないような高級食材を露店で使ってるらしいわよ。他にも四大勢力全ての文化が混じった料理もあるし、これは食べがいがありそうね!」


 この場所をスタート地点にしようと主張をしたのは優であったのだが、彼女の予想は見事に的中していた。


 賢教の様々な食材や香辛料。そしてそれらを活かすための調理法を用いた、伝統と歴史に裏付けされた多彩な料理。

 神教の始まりと共に広がった科学文明。その最新機器を用い作られた舌だけでなく目と鼻を満足させる料理の数々。

 貴族衆内でしか流通されていない高級食材をふんだんに使った露店レベルをはるかに超えた料理に、獣人や竜人、鬼人や魚人などの様々な亜人たちが作る、他とは一風変わった秘伝料理の数々。


 その全てをこの場所では二人がいるエリアでは取り扱っていた。


「料理を食べ終えたら次はショッピングね。この三日間だけ限定の特売も行ってるし福袋なんかもあるみたいだし………………」

「いいけどその大量の荷物はどうするんで? 腰に携えてる革袋に入れるにしても限度だってあるはずですがお嬢様?」

「そりゃもう、頼れる執事の力を借りるわよ。ま・さ・か、蒼野君は困ってるか弱いお嬢様を見捨てるとでも言うつもりかしら?」

「まさか。ですが召使めはお給料を求めています。そちらの方がいかがされるおつもりで?」


 鼻息を僅かに荒いものに変化させ、目を輝かせて話をする優に、苦笑共と返事をする蒼野は、


「もちろんお支払いするおつもりでしてよ。労働には報酬がつきものですもの。これから食べに行くお店のお支払いは全部アタシがしてあげる」

「………………マジで?」

「マジもマジよ。ここ最近ほとんどお金使ってなかったから有り余ってるのよ」


 芝居がかった仕草をしたかと思えば呆ける蒼野の姿を前に、勝ち誇った笑みを浮かべる優。


「その代わり、今日の夕暮れ時にプレゼントを頂戴。『召使い』なんて言ってはいるけど、男と女が一対一で動くならデートでしょ? それくらい望んでも構わないわよね?」

「………………破産しないくらいの加減はしてくれよ?」


 最後にそう言われ優雅な笑みと手を差し向けられればそれ以上の言葉は思いつかず、二人は人の海の中に体を埋めていった。




『おぉっと! 赤コーナー『ダイナゾン』! ここで一回転叩きつけ! 青コーナーの『トリケマン』! モロに喰らい、地面を転がったー!」


 ところ変わり竜人族の住む地『ベルラテス』は、それまで冠していた『秘境』の二文字を置き去りにしていた。

 竜人族の生存が世に知られ受け入れられた結果、穴倉に閉じこもるような生活が終わりを迎えたのだ。


「麦酒おまちぃ!」

「ありがとよ! しかしここの麦酒はほんとにうまいな! 飯も最高だ!」

「エルドラ様が自信をもって送る麦酒とステーキだ! 材料はたくさんあるから! 好きなだけ食うといい!」


 そんな彼らは世間とのつながりをより強固にしようと考え、『再誕祝祭』においては世界中の様々な場所に露店を展開。その上で人間同士ではできない迫力のプロレスを様々な場所で行い、血の気の多い観客を沸かせ、引き寄せた。


「こいつがうまいこと言ってくれればいいんだがなぁ。視聴率はどうだ?」

「十二パーセントを超えています!」

「いい数値だがもう一押し欲しいな。何とか二十を超えて欲しいんだがなぁ」


 腕を組み胡坐をかきながらその様子を見ていたのは竜人族の長であるエルドラであり、隣に立つジーパンを履いた竜の青年の発言を聞き唸る。


「失礼します。エルドラ様。至急お耳に入れておきたいことが」

「ん? なんだ?」


 そんな彼の耳に別の竜人族が現れる。

 丸縁眼鏡にスーツを着込んだ巨大な姿をした彼は見るからに知的な雰囲気で、エルドラの方を向くと念話を開始。


「………………はぁ!? どういうこったそりゃ!?」

「各勢力の長に伝わっている情報ですので、デマの類ではないかと。至急使いの者を送ってほしいとのことなのですが………………」

「俺が行く。少し待ってな!」


 胸中ではかなり慌てながらも観客たちに察せられないため、エルドラは落ち着いた足取りで立ち上がり、その場から移動を開始。


「たくっ、世界中が盛り上がってるってのに野暮な奴がいるもんだぜ………………いや、こういう事が日常茶飯事な方がこの星らしいか。心底嫌だけどな」


 彼の耳に届いた至急の連絡。


 それは――――――三賢人の一人。世界最高の科学者メヴィアス=ロウの死。否、殺人事件である。




「ほ~ら。この程度でへばってちゃ先が思いやられるわよ蒼野! まだ午前中よ!」

「え、遠慮がないな。もう少し加減をだな!」


 一方で共に動いていた蒼野と優は『再誕祝祭』を心ゆくまで堪能していた。

 小言を言っている蒼野であるがしっかりと食事を楽しんでおり、待遇面に関してはそこまで文句はなかった。


「いやホントに待て優。重さは全然大丈夫なんだよ。けどなぁ、これじゃあ手が足りねぇって! どっかで人にぶつかっちま………………すいません!」


 とはいえ荷物が多すぎ持ち切ることができないという状況は彼を苦しめており、大量の紙袋を人にぶつからないよう細心の注意をはらい動いていた蒼野は、しかし思うようにいかず人に衝突。


「………………………………」

「あの、大丈夫ですか?」


 ぶつかり尻餅をついた青年は最初、呆けた様子で口を開いていたが、蒼野が話しかけると気を取り直し立ち上がり、


「いや、僕の方こそ申し訳なかった………………失礼だが、君たちの名前は?」

「? 蒼野だけど」

「アタシは優よ。あの、それがどうかしましたか?」

「いや、僕は幸運でね。こんな風にぶつかるのなんて初めてだったものでね」


 薄い笑みを浮かべながらそう言った。


 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


申し訳ありません、寝落ちしてしまいました。

結果、とても珍しい早朝の更新となってしまいました。申し訳ない。


さてさて本編の方は復活したと騒がれている神の座イグドラシルがロクに出ることもなく『再誕祝祭』が開始。

日常編を描きます、という事ですが、人死には出てしまうのです。

まぁそれこそ闘争の星として成長してきた『ウルアーデ』らしいということなんですが。

他にも色々なキャラが入り乱れながら、退屈しない日常編を描ければと思います。


それではまた次回、ぜひご覧ください!



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