ある予告
カーテンを開き、司会に飛び込んできた光景を前に息を吐く。
そんないつもと同じルーチン。代り映えのない一幕から、原口積という人間の日々は始まる。
直後にベットから起き上がると着替えを始め、自室にある水道で顔を洗う。
「眩しいな」
部屋を出る前に外に視線を向ければ春とも夏とも言いきれない日差しが窓から降り注いでおり、彼はそんなことを呟きながら部屋を出る。
「さてと。今日はのご予定はっと」
「オレが賢教に手伝い。康太と優は善さんの墓参り。ゼオスは」
「…………午前中いっぱい、好きに動かせてもらう。午後以降は店番だ」
「そうか。まぁ俺が店先で働いてりゃ十分のはずだから、別に急いで帰ってくる必要はないぞ」
「…………承知した」
廊下を抜けリビングに入れば同じキャラバンに住む面々は既に食事を終えており、予定を聞きながら自分の分の朝食を机に乗せる。
米に味噌汁、焼き魚にほうれん草のお浸しに豆腐と、今朝の献立は和食である。
「ご馳走様っと」
「………………午後の一時前には戻るつもりだが、至急の用事があれば電話を頼む。できるだけ早く帰宅する」
「わかった」
食事を終える頃にはゼオス以外の面々は既にキャラバンから出ており、ゼオスもそう伝えると屋外へ。
「さて、やるか」
残った積はリビングから出ると来客用のカウンターに座り、時折時計と中と外を隔てる入り口に目を向けながら書類の山と必死に戦う。
書類の種類は多岐にわたる。
一番上に乗っている数十枚ほどの書類の山はネット予約された依頼の数々についてであり、その下に敷かれてる数枚の紙束は神の座に勝負を挑むにあたり必要な書類。さらに下には様々な場所から取り寄せた世界中の最新ニュースが載った新聞があった。
積がその中から手にしたのは早いうちに対処しなければならない一番上の書類の山であり、それに目を配りながら一番下に敷かれていた新聞を横に置き目を通す。
これが大きな依頼がない場合の彼の習慣に当たるわけだが、これに関しては兄を真似たわけではない。彼独自のものである。
「失礼する。一応確認しておくが、君以外は留守だね原口積」
まったく予想だにしていなkった来訪者が現れたのはこのタイミングであり、視線を持ち上げるまでもなく、積はやって来た相手が誰であるかを声で察した。
「………………!」
とはいえそのまま下を向いているわけにもいかず、顔をあげた積はそこで目にすることになる。
短く切り揃えられた黄土色の髪の毛に穏やかな光を灯す瞳を隠す丸眼鏡。
筋肉質な体は季節感のない長袖の白衣に包まれており、背筋を伸ばしたまま入り口に佇む影。
彼こそは蒼野と康太の義兄弟にして兄貴分。土方恭介その人なのだが、直後に積は座ったままではあったがいつでも戦闘に移行できるよう身構えた。
真剣味のある表情で佇む彼の纏っている空気が、あまりにも剣呑であったからである。
「約束を、果たしに来た」
「あんたは………………!」
「『隠してる秘密の一端。それを告げるときにまた現れる』亡き君の兄上との約束だ」
「………………そうか。兄貴との」
警戒を解くに至った理由は、彼がそんな空気を放ちながらも大人しく来客用に用意されていたソファーに座った事。
加えて『兄との約束』というワードを耳にしたからで、積は机の上に置いてあった書類の山と新聞を真横に移動させるとまっすぐに彼を見据え、
「それで『隠してる秘密』ってのはなんだ?」
単刀直入にそう問いかける。
「今、この星に崩壊の危機が迫っている。それは決して避けられない事態で、お前たちはそれを乗り越えなければならない」
「…………なんだと」
対する返事もまた単刀直入。装飾の類など一つもせず、机の上に組んだ手を置いた土方恭介は堂々と言い切った。
「いや待て。待て待て待て待て! どういう了見だそりゃ。『世界の危機』じゃなく『星の危機』? そんなもんが今からやってくるってのか! しかも避ける手段がないだと? どういうことだ!?」
土方恭介という男が見せる真剣な様子。今日にいたるまでに見せてきた彼の思わせぶりな態度。
この二つが合わさることで積は彼の発言を嘘偽りや冗談だと切り捨てるつもりはなかった。
とはいえ、耳を疑ったのは確かである。
それほどまで現実味がない話であった。
「どういうこともなにも、そのままの意味だ」
「っ」
積は今まで、いくつもの危機を潜り抜けてきた。
だがミレニアムにせよガーディアにせよ、それは『ウルアーデ』という星の上で繰り広げられる信念や意志、思想のぶつかり合いであった。
星自体が滅ぶかもしれないというスケールは初めての事である。
「理由は? 手段は? いや知ってることを全て教えろ!」
兄の真似も止め、慌てた口ぶりで追及を行う積であるが、対する土方恭介の反応は芳しくない。
組んだ掌を持ち上げ顔を置くと、静かに言葉を紡ぎ出す。
「………………そう、だな。手段はわからない。ただ、今までの傾向からして、決まった後は一直線のはずだ。理由は、り、ゆうは…………これは………………ルールだ。そういう………………仕組みだ」
しかし突然吃音になったかのように歯切れが悪くなり、言葉を選んでいる事も一目でわかる。
最後の辺りになると顔色が悪くなり、
「っっっっ!」
かと思えば勢いよく立ち上がり、それ以上は何も言えず出ていった。
「ルールに………………仕組みだと?」
その背中を積は追うことができた。しかしそうはしなかった。
衝撃的な内容を前に途方に暮れた、というワケではない。
今の一瞬の会話の際に見せた苦悶の表情。それを見て察したのだ。
土方恭介は脅されている。いや苦境に立たされている。
それがどのような手段によるものかはわからないが、彼は思うように喋ることすらままならない秘密を抱えているのだ。
それこそ本来ならば、迫る危機の警告さえできなかったのではないかと積は思う。
「兄貴との約束、か。いや………………もしくは別の理由で」
「今キャラバンから出ていく影があったが、何やら慌てていた様子だったぞ。何かあったのかね積君」
「シリウスさんに、クドルフさんですか。珍しい組み合わせですね。いえ、何も」
「そうか。いやなに。私と彼は今度行われる『再誕祝祭』について君らへ提案をしたくてね。少しいいかい?」
直後、入れ替わるようにしてノスウェル家の当主であるシリウスと、ギルド『アトラー』が保有する戦力の要であるクドルフが彼の元に訪れるのだが、彼らと会話を始める傍らで積は誓うのだ。
これから世界中で起こるであろう様々な出来事。その中に潜んでいるであろう危険な兆候を、絶対に見逃しはしないと。
しかし、そんな積の決意とは裏腹に世界に大きな編が起きることなく月日は流れ、
『再誕祝祭』は当日を迎えることになる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
出る度に不穏だったり含みがある男、土方恭介の本領発揮とでも言うべき一話。まぁそんな本領など発揮してほしくない物ですが。
そのため今回だけタイトルが別のさし変わっています。
なお、今回の彼は結構頑張った模様。多分過去一頑張った。
次回からは日常回に戻ります。タイトルも『再誕祝祭』に戻り、当日の動きが始まります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




