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再誕祝祭 一頁目


 個人用にしては少々豪華すぎる浴室に、シャワーの栓を閉める音が響く。

 続けて水を踏むような足音が二度三度と続くと、彼女は脱衣場にあがり、濡れた緑の長髪を手にしたバスタオルで丁寧に拭き始めた。

 

「それにしても驚きました。一報入れてくだされば、こちらでもご用意できることがあったでしょうに」

「その件については本当に申し訳ありません。まさか私も生きて帰る事ができるとは思ってもいなかったもので。動揺していたのです」

「当然と言えば当然ですね。しかしそれは些事です! 主の帰還を神教一同、いえ惑星『ウルアーデ』に住む全ての民が歓声で迎えるでしょう! そうだ! 貴方様が未だ健在であることを示すために祝祭を!」


 それは蒼野達が戦いを終える十数分前のことである。

 四大勢力全てが目前の急務に対処する中、神の座イグドラシルは現れた。

 対処したのは玉座に座る主なき『神の居城』を守る『神の盾』。智天使アーク・ロマネであり、ボロ布の奥から現れた素顔を前に慌てて喪に伏していた兄ノア・ロマネの元へと急行。

 日夜うめき声をあげていた彼の世話をしていた兵によれば、話を聞いた彼の変わりようはすさまじく、枯れた木が数秒で天を衝く大樹へと変貌していたかのようであったとのことだ。


「ああ………………本当によかった!」


 無論、脱衣場の向こう側で控えているノア・ロマネとて最初は半信半疑であった。

 しかし何の前触れもなく現れた彼女の汚れて衰弱しきった素顔。ボロ布の奥に隠れた美しい肌に刻まれた致命傷が塞がった痕。そしてなおも全身から漂わせる気品のある空気を前に疑いは晴れた。

 いつもの正装ではなく、海から打ち上げられた際に拾ったボロ布で身に包んだ姿であったことに、自身を慕う兵の姿を見た瞬間に崩れ落ちた様子も、現実味を持たせる要因となっていた。


「それで、本当に彼らを………………いえガーディア・ガルフを仕留めたと?」


 帰還直後、両腕を掴まれ連行された彼女がすぐに行ったのは身を清めるための湯浴み。そして現状の世界の様子確認だ。

 それは頼れる参謀として扱っていたノア・ロマネにより伝えられたのだが、真っ白なキトンに身を包み花の冠を被ったところで、彼女は最も気になっていた点について尋ねる。


「はい。私は確かにそうお聞きしています」

「……方法は?」

「なんでもガーディア・ガルフは凄まじい弱体化をしていたようでして。その状態に対し全勢力が持っている戦力をつぎ込み辛勝を掴み取ったとのことです」

「………………弱体化、ですか。その言い方ですと、貴方はその場にはいなかったのですねノア」

「も、申し訳ありません。何分、世界中の混乱を抑えるのに必死だったもので」


 実際のところは主を失った故のショックであったわけであるが、ここで言いくるめられたことでイグドラシルは真実を知る機会を棒に振った。


「そうでしたか」

「は………………………………………………その、何か問題が?」


 告げられた事実に関する返答は実に簡潔なものであった。

 がしかしノアはその言葉に込められた感情に違和感を抱いたゆえに聞き返し、


「いえ、なんでも。それにしてもギルド『ウォーグレン』の活躍は目覚ましいですね。ゲゼルの遺産をゼオス君が………………あぁ、それと祝祭については火急の用事があるので気は勧まないのですが」

「火急の用事?」

「……忘れてください。それより祝祭についてですが、彼らがいなくなったとはいえ、星を支える地盤は緩んだままのはずです。ここは盛大にやりましょう。そこに私がいる必要はないので、その間に各勢力の長達と顔を合わせておきます」


 投げかけられた疑問を振り払うように、脱衣場から廊下に続く扉を開きながらそう指示を出す。


「はっ!」

「お食事の用意が既にされているのでしたね。それでしたら私はそちらへ向かいます。今のうちに他に聞いておくことはありますか?」



 そうなればイグドラシルに忠誠を誓うノア・ロマネは片膝をつき頭を垂れるほかなく、そんな彼に対し、変わらぬ様子でイグドラシルがそう尋ね、


「これといったことは………………いえ、そうですね。貴方様が復活した今、話は白紙に戻るのは確定でしょう。しかし、ここ数日の近況をお伝えし忘れていました」

「何かあったのですか?」


 対するノアは頭を上げ一瞬だけ逡巡した後、頭に浮かんだ事柄について口にする。

 それは自身が参加していなかったゆえ、人づてに流れてきた情報。

 イグドラシル亡き世界においては関心を誘われる事のなかった後継者問題で、彼は告げるのだ。


 この世界が向かう新たな形。すなわち四大勢力の統一と、それに伴う『裏世界』の撤去。

 その大問題に対しギルド『ウォーグレン』が奔走し、報酬として空白の玉座を渡す手はずになっている事を。


「そうですか。積が」

「既にお伝えした通り、白紙に戻るでしょうがね」

「確かに。ですが外で起きている大規模な破壊行為がそこに関連する事柄である可能性もあります。急ぎで申し訳ないのですが、世界中に回線を」

「かしこまりました。し、しかしお食事の方は?」

「昔からやせ我慢は慣れているものでして。もう少しなら動けます」


 続く彼女の返答を聞くとノア・ロマネは自身の全身を無数の紙に分け、必要な機材を取りに。


「準備が済み次第、ご連絡をさせていただきます。会場には私が」

「お願いします」


 残った数枚の紙の内の一枚が中から通信機を取り出すとノア・ロマネの声が響き神の座は応じる。


 その顔を影で隠しながら。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


少年少女最後の物語が始まります。

その記念すべき第一話は、舞台裏の話。

世界中が慌ただしく動く中、裏で何があったかについて。

神の座イグドラシル。この世界を支配していた存在。そしてこの物語の『裏側』に精通していた一人。

彼女の再登場が何をもたらすのか、そもそも本物なのか?

色々な事柄について、これから語っていければと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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