アンノウンとの遭遇
『胡散臭い』『敵意なし』『いつからそこに?』『過去の記憶』etc
その場にいた名も知らぬ男を前に、七人の生者は各々の性格に沿った事を男に対して考えていたのだが、共通している考えが二つあった。
一つは『今ここで仕留めるべきかどうか?』
彼らはみな、日々戦うこの星の住民であることを証明するように、目の前に現れた存在に対し自身の持つ武力を行使するかどうか考えた。
つい数分前ならば余力など微塵もなかった状況であったが、生命変換を用いた蒼野とゼオスを除いた面々は、少々休息を挟んだことで、ごくごくわずかではあるが力を取り戻していた。
(ナラストさん。一つ聞きたい。あんたの息子が頼ってた商人ってのはまさか)
(一度しか見えた事しかなく、歳ゆえの老眼も抱えているがな。息子を唆した仇の顔は忘れんよ。あの男が間違いなく、息子の後ろに控えていた商人だ)
(厄ネタが一つ増えたってわけね。アタシ達からしても少し因縁があるんだけど………………)
しかし、もう一つの共通していた考えが、念話を続ける彼らが不用意に動く事を躊躇わせていた。
それは目の前の存在に対する共通の見識。
(積)
(とりあえず『待て』だ。状況の変化を見逃すな)
レオン・マクドウェルにエクスディン=コル。
ミレニアムにパペットマスター。それにデスピア・レオダ・
ガーディア・ガルフにシュバルツ・シャークス。エヴァ・フォーネスにヘルス・アラモード。
そしてガーディア=ウェルダ。
ギルド『ウォーグレン』にいる若者たちは、その年齢からは考えられないほど様々な種類の強者たちと相まみえた。
敵対者だけでも上述する通りであり、味方として出会った人らも加えればその数は倍以上に跳ね上がるはずだ。
しかしだ、彼らはここまで得体のしれない存在と相まみえたのは初めて出会った。
ミレニアムのような圧倒的な覇気を纏っているわけでもなければ、パペットマスターのように対峙する相手を竦ませる空気を宿しているわけでもない。
ガーディア・ガルフのような思わず平伏したくなるような異次元の存在が放つ空気とも違う。
例えるなら『底の見えない黒い穴』。
見る者に不安を与える『何か』を彼は宿していた。
(不用意なアクションは辞めとけよ坊主共)
(マクダラスさん?)
(俺の見たところ、奴さんは『黒幕』『暗躍』が趣味のタイプだ。そういう連中は必ずちゃぶ台返しができる秘策をこさえてる。一手間違えば悲惨な結末が待ってるだろうぜ)
(『黒幕』………………『暗躍』………………なるほど)
若者たちの予想を補強するように千年を生きた古強者が念話を挟み、蒼野達のうち数人が生唾を飲み、武器の切っ先を名も知らぬ相手に向けながら、しかし最後の一線、戦闘開始には至らない。
「見たところ敵対する意志はあれど手を出す気はないって感じかねぇ。そりゃ嬉しい! おじさんはそこまで強くないから、平和的に終わるならありがたい!」
帽子の唾を掴み、顔を隠しながら余裕を感じさせる声でそう告げる胡散臭い中年男性だが、積はその言葉の中に様々な感情が含まれているのを感じ取った。
『感心』に『落胆』。それに『歓喜』。
「………………『歓喜』? 『安堵』じゃなく?」
そのうちの一つに対し積は違和感を覚える。
この状況で安心するのではなく喜ぶような理由とは一体何か?
もしかすると、自分らは直感を捻じ伏せ、仕掛けた方がよかったのではないか?
そんな思いが頭の奥によぎり、
「そりゃ喜ぶさ。量は少ないが、目的のものは無事手に入ったわけだかんな」
彼らの見ている前で、積の呟きを耳にした男が、帽子で顔を隠したまま空いた掌を掲げ、浮かんだ物体を見せつける。
「テメェ………………」
「ま、まだ残ってたのかよぉ………………」
桃色の空を背景として虚空で露わとなった物体。
それはつい先ほど彼らが退けた二人の男に一度は宿ったウェルダの力の破片である。
「そいつを渡しやがれ!」
途端に激昂する康太であるが、それが功を奏した。
同様に怒り狂うはずであった面々は、自分以上の康太の怒りようを前に冷静さを取り戻し、正常な判断力で周囲を俯瞰できる段階になっていたのだ。
「それを使えば今の俺らなんか軽く捻れるはずだ。それをしないってことは………………自信満々で見せつけてくるのはいいが、自分では制御できず最後には死に果てるって感じか?」
康太が持ち上げた腕を優しい手つきで下ろしたヘルス。
彼が真意を探るように尋ねてみると、目の前の男は肩を竦めもう一度息を吐き、
「降参だ。この状況で冷静に状況把握に分析をできるとは。流石、新進気鋭の有力株って感じだな!」
そんなことを口にする。
(なんだ、この感覚は?)
纏っている空気に敵意がない以上そこに嘘偽りはないはずなのだ。しかしなんとも言えない靄が積の胸中には巣食っており、その心境が顔に浮き出る。
その理由を彼は中々掴むことができず、
「………………遊ばれているな」
「そうね。すっごく悪趣味」
代わりにゼオスと優がたどり着き指摘。
直後、名も知らぬ男に向ける積の視線に怒気が孕まれ、しかしそれを前にしても彼は余裕を崩さず、帽子の奥にある顔には困ったような笑みを浮かべる。
「そう怒ることじゃねぇって。俺の仕事は神殺しの力の回収でそれ以外はついでだ。けどな、おたくらはどれもこれもしっかりと正解を選んでる。これってすごい事なんだぜ?」
続けてそんな事を口にするが、無論そんなことで苛立ちを覚えた積の溜飲が下がるわけがない。
「俺達は」
「ん?」
「俺達はこの依頼を終えることで神になる。そしたらすぐに、お前を捕らえるために動き出してやる。そうなりゃ、裏でコソコソ動くだけの余裕なんざなくなるはずだ」
「………………」
「楽しみだよ。その人を小ばかにしたような態度が、どれだけ続くのか図るのが」
ゆえに積は指先を男の鼻っ柱へと向け、堂々と言い切る。
それは、男に対するまぎれもない宣戦布告であり、
「神の座! そうか神の座に就くか! そんでもって俺を捕まえるために動くと! なるほどそりゃいい! できるもんならやってみな!」
「………………何が可笑しい?」
「そんな余裕がどこにあるか、知りたいと思ったんでな!」
それを受けても、続く怒気を孕んだゼオスの問いかけを前にしても、男は余裕を保ち続け、これまで浮かべていた笑みとは違う。意味深な薄ら笑いを真っ白な帽子を持ち上げた顔に張り付け、
「……どこへ行く」
「怠くなってきたんでね。帰らせてもらうとしますわ」
かと思えば気だるげな表情を浮かべ、体を丸め緩慢な足取りで後退。
ウェルダの力を持っていない方の腕で手刀を作ると桃色の空間を突き、別の場所へと繋がる門を形成。
それは優れた空間能力者であるゼオスでも困難な、この場所へと繋がる鍵を持つ者しかできない行為であり、積達相手に無防備な背を向けた名も告げぬ男は、緩慢な足取りで桃色の空が埋める世界から退出を開始。
「………………いや、そもそも本当に神の座になれるのか。おたくらは?」
「なに?」
最後の最後に、そんな捨て台詞を吐くと、体は孔の奥に消え、続けて門も虚空に溶けて消えた。
「なんだなんだ。町から離れてるこの辺りにまで歓声が聞こえてくるじゃないか」
不快感だけが残る会話を終えた数分後、彼らも持っていた鍵を使いウルアーデへと続く門を設置。人通り皆無の場所を選び、意図した通り人のいない廃村にやって来れたのだが、周囲の空気がかつてないほど湧いているのを彼らは耳と肌で感じ取った。
「そこのアンタに聞きたいんだけどさ、このお祭り騒ぎは一体なに?」
「なんだお前さん寝てたのか? それとも情報メディアを使わない原始人?」
「いやそういうわけではない………………」
「まぁいいさ! ほら、あれだよあれ! こんなビックニュース二度とないぞ!」
「いったい何が………………は?」
「え?」
「ど、どういうことだこりゃ!? 約束は……この場合約束はどうなるんだ!?」
その理由がわからず首を捻る一行は、ゼオスの能力で最寄りの町へと移動すると目に入った酒浸りの老人にそう尋ね、指をさされた方角にあったテレビを覗き、目にすることになるのだ。
『神の座復活』とゴシック体で記されたテロップ。
そしてその言葉通りの姿を見せる存在。
ガーディア・ガルフがしでかした戦争の大きな転換点。ラスタリアにある神の居城で亡くなったはずのイグドラシル・フォーカスの姿を。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
4章前半戦はこれにて終了!
最後の最後に現れた、胡散臭いをそのまま形にした中年男性。
死んだ神の座イグドラシルの復活。
二つの不可解な事態の提示により終わりたいと思います!
次回からは四章後半戦!
少年少女が迎える最後の冒険。ぜひご期待ください!
それと一つお知らせです
毎度のことではありますが一区切りついたので少々お休みを頂ければと思います。
といっても四章前半は短めだったので、比例してお休みも短めで。
次回の5月30日だけお休みをいただき、6月1日から再開させていただければと思います。
それではまた次回、ぜひご期待ください!




