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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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災禍の種火 二頁目


「まったく……年は取りたくないもんだね」


 優に腰の痛みを和らげてもらってからしばらくして、悪態を吐きながら再び切り株に座る老婆ダイダス・D・ロータス。

 真剣味を帯びたその言葉で砕けていた空気が戻った事を理解した善が、未だ緊張した面持ちの蒼野を退け前に出る。


「ギルド『ウォーグレン』の原口善です。短い間だがよろしく頼みます」

「ふん、噂に違わぬふてぶてしさじゃないか」

「生まれつきでして。大目に見てもらえればありがたい」


 頭を下げ、厳かな口調で語る善をジロリと一瞥し口を開くダイダス。

 それに対し善が返事を返すと周囲に聞こえるように彼女は鼻を鳴らし、火にかけていた土色の鍋を再び混ぜ始めた。

 

「倭都の人達はいないんッスか? オレは彼らと依頼だって善さんに聞いたんッスけど」

「そのちょいとばかし癖のある口調……古賀康太だね。奴らなら少し離れた場所で監視をしてるよ。あたしの命を狙う敵がいるとしても、ワープ装置であたしの目の前に飛んで来れるわけでもないんだ。基本はそれで十分だよ」

「そうッスね。確か」


 後方に控えているゼオスに意識を僅かに割く康太だが、それ以上に自分の事を名指しで知っているのは驚いた。

 なにせ相手は六大貴族の一角。すなわちこの世界の経済の根幹を握っている存在と行っても過言ではない相手だ。そんな相手が末端の自分の名を知っているのは驚きであった。


「その様子ですと既に知ってるかもしれないんですが、部下の紹介を。ダイダスさんのおっしゃる通り、こいつが康太。こいつが優……」


 そう言って善が一歩横に引き後ろに控えていた蒼野達を一人ずつ紹介。


「んでこいつは………………」


 優、康太、蒼野と順番に紹介をして、ゼオスにぶつかろうとしたところで……言葉に詰まった。


この男をどう紹介したらいい?


 彼の胸中に突如飛びこんできたのは、そんな当たり前の疑問であった。 


「どうしたんだいいきなり黙り込んで」

「ああ、申し訳ねぇ。こいつの名前は古賀良牙。蒼野や康太と同じ孤児院出身だ。見ての通り蒼野の双子だ」

「ああ、やっぱ双子かい。どうりで似てると思ったよ」


 まさか正直に暗殺者というわけにはいかず、苦し紛れに吐いた説明に対しダイダスは納得するが、善の背後から康太とゼオスの視線が突き刺さり内心で謝罪する。


「倭都の奴らも既に来てるってんなら、時間に余裕があるがもう行くか?」

「そう焦るんじゃないよ……もう少し時間をおくれ」

「?」


 紹介が終わり老婆に尋ねる善。しかし老婆は鍋をかき混ぜる手を止める事なく、善にそう告げた。


 一体彼女は何をしているのだろうか


 そう疑問に感じた一行が目にしている前で、彼女は切り株の向こう側に体を向け、そこから綺麗に現れた新鮮なニンジンや白菜などの鍋に使う野菜が乗っている銀のボウルを取りだし始めた。


「えっと、何をしてるんですか?」


 本当に目の前で何をしているか理解できず、そう尋ねる蒼野。


「見てわからないかい。鍋だよ鍋」


 それに対し彼女はさも当たり前という様子でそう答えながら、ボウルの中身を順番に鍋に放り込んだ。


「それは見てわかるんですが。なぜここで?」

「仕事だよ仕事」


 全ての野菜を放り込んだダイダスが続いて綺麗に切られた何かの肉を入れ、蓋をして煮込む。


「ほうら、出来たよ」


 数分後、善達全員が待機を命じられ目の前で行われている仕事風景に目を向けていると、鍋が沸騰した状態から僅かに吹き出し、その反応を待ってましたとでも言わんばかりの様子でダイダスが蓋を外す。

 その後持っていた皮袋から十数人分の木製の汁碗を取りだすと、ギルド『ウォーグレン』の面々が何かを言う暇もなく、中身を注いでいき、全員の手に持たせた。


「さてさて、試食の時間だよ。安心しな、毒になったり腹を壊すことは絶対にありえないからね。あいつらも呼ぼうかね」


 そう言いながらダイダスが手を叩く。


「お呼びですか、ダイダス様」

「ああ、メンツも揃ったし飯もできた。みんなで食べて移動を始めようじゃないか」


 それだけで林の奥から十数人の袴や着物を着こんだ男女が現れ、油断なく周りを見回し危険がないのを確認した後に、その中の代表らしき人物が善達に一礼し、善の前まで歩いて来た。


「お初目にかかります。ギルド『倭都』を代表してご挨拶をさせていただきます」

「……こいつは驚いたな。倭都が誇る三将軍の一角と出会えるとはな」


 その姿を見て善が目を細める。

 雷属性を嗅状に備えているため金ではなく黄色くなった強めのくせ毛に、他の者とは違い方や胴、他にも急所となる部分に装備された赤銅の防具。そして何よりも特徴的なのは背に十本もの槍を備えたその姿。

 倭都における最大戦力三将軍の一角、雷膳だ。

 それほどの存在を呼ぶのならば自分たちは必要ないのではと考えたが、それは口にせず目の前の人物の返事を待つ。


「はは。私こそ、元第三位のあなたとこうして肩を並べられるとは思いもしませんでした。この出会いに感謝を」

「おだてるのが得意な奴だな。まあ短い間だがよろしく頼む」

「嘘偽りのない本音ですよ。富士雷膳と申します。よろしくお願いします」


 差し出された手を取り、快く応じる善。

 それを見たダイダスが咳込み、二人の視線がそちらに向く。


「さて、堅苦しい挨拶はそのくらいにして、飯だ飯」


 手を合わし挨拶をしていた二人が少々の疑問を持ちながらも従い、体をそちらに向け、


「いただきます」

「「いただきます」」


 ダイダスの言葉に従い挨拶を口にして食事を開始。


 真黄色の液体を前に僅かに躊躇する蒼野や康太であるが、二人に挟まれたゼオスが何の恐れもなく食べ始めている姿を前に僅かに動揺するが、それからも箸を緩めず食事をする姿を目にして、少なくともまずいわけではないと理解し、蒼野は恐る恐るといった様子で、康太は一思いに、口の中に放り込んだ。


「これは……」

「おいしいですけど、それ以上に何か……」


 その時感じたのは、何とも不思議な感覚であった。

 味はいい、というよりも問題はない。

 動物系の出しと野菜、それに恐らく鍋の中の色を黄色に染める理由となった味噌が混ざったそれは、一般的な飲食店どころか、料亭に出されても然程違和感のないレベルの汁物となっていた。


 が、驚くべき点はそこではない。


 この味噌汁を飲んですぐ、その場にいる全員は力がみなぎる確かな感覚を覚えた。

 目は冴え、全身に力が巡り、僅かな寒さは気にならない程体が温まる。

 ただの食事という範疇を超えた能力であった。


「ダイダス殿、これは一体」


 その場にいた全員を代表し、老婆に尋ねる雷膳。


「わざわざあんたらに護衛を頼んだ理由……いやもっとわかりやすくいうなら目的地から離れた場所に来た理由は、ここら一帯にある野菜や、生息している動物を使った料理をしてみたかったからでね。前もって危険がないのは分かってたし、ある程度の効能は予想してたけど、これはいいね。新しい商品にできそうだ」


 そう告げながら二杯目を食べきる老婆ダイダス・D・ロータス。

 彼女の事についてはギルド『ウォーグレン』の面々は然程知らない。

 だが商売魂が強く、探求心もある人物なのは理解できた。



 それから二時間後二つのギルドと依頼人を乗せた馬車は移動を始めていた。

 外ではゆっくりと進んでいく馬車の周りを善を中心に康太やゼオス、倭都の部下が追従し辺りを見回しながら警護。

 三百六十度全てを鉄の板と強化ガラスで覆われた客席では、護衛対象であるダイダスを倭都の雷膳が中心となり蒼野に優、それに倭都の部下数名が厳重に警戒していた。


「ダイダスさん」

「ん、なんだい?」


 馬車は先へ先へと進んでいき砂利道を進み始めた。

 それまで危険なことは一切なく、平和な旅路を進む中、緊張がほぐれた蒼野が窓の外を眺めるダイダスに尋ねる。


「何でダイダスさんはあそこで食事なんて作ってたんですか。帰ってからでも良かったのでは?」

「まあ、あたしの癖みたいなもんだよ。集合時間には十分間に合うけど、巻きこんで悪かったね」

「癖?」


 ロータス家は世界中の貿易全てをまとめている家系だ。

 様々な企業のコントロールや商品の管理はもちろんの事、新商品の発掘も行っており、二大宗教やギルドの重鎮達も無視ができない程の権力者だ。

 なにせ彼女の機嫌を損ねる程度ならば支障がないが、もしも何らかの被害を与えたとなれば、世界中の流通網を全て断ち切られてしまう可能性があるのだ。


「ああ。まだ世に出回ってないようなお宝を行く先々で探し回っててね」

「なるほど。あ、そう言えばアタシ気になってたんですけど。何でギルド『ウォーグレン』に依頼をしてくれたんですか? 倭都の方々がいらっしゃるなら、十分な戦力な気もしたんですけど。誰かから噂でも?」


 そんな彼女に対し気になっていた事を優が質問すると、それを聞いた老婆は同意するように何度も頷いた。


「ああそうだよ。フォン家の御曹司……いや今はもう当主だったかね。あいつから友人がギルドに入って仕事してるってね。しかも元三位の原口善の名前があるじゃないかい。

 これだけの条件が揃ってるのなら、この機会に読んでみようと思ったんだ」

 出てきた名前は以前ともに旅をした仲間の名前。

 その名前を聞き孤島での一幕を思いだし懐かしむ蒼野と優だが、


「…………まあ、それだけが理由ではないんだけどね」

「え?」


 呟かれた言葉を聞き逃し再び口を開こうとしたところで、


「あ、康太から連絡だ」


 持っていた電話が揺れ、それを手にして音量を最大まで上げて全員に聞こえるようにする。


「もしもし俺だが」

「蒼野か。気を引き締めろ。何か来るぞ!」


 熱い鉄の壁の向こう側から聞こえてくるのは義兄弟の切羽詰まった声。


「何かってなんだよ」


 それを聞き蒼野が聞き返し、


「わからねぇ。だが、俺の勘がそう叫んでる」


 康太がそう伝え終えた瞬間だった。

 鉄製の厚い扉を貫通し、一発の銃弾がダイダスの脳天に向け一直線に飛んで行った。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で新キャラの僅かな紹介と顔見せ、そしてトラブル発生と詰め込み気味の一話です。

とはいえ今回の話は結構短めの短編でして、パペットマスターやゼオスの話と比べればかなり短いです。


なので、そこまで気張らず見ていただければと思っております。


それではまた明日。


一応言っておきますと、ダイダスさんが作った味噌汁は非合法の薬やら危ない成分が入っているわけではありません。

あれは、栄養やら各種野菜の効能やらを熟知した結果生まれたものです。

まあ味噌だけは特別ですが


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