終わりの先に 三頁目
振り上げていた足を下し、後ろに回り込み、蹴りなおす。言葉にすれば実に単純な作業の連続。
しかしそれらを『超越者』相手に気づかれぬほど早く行うとなれば、無理難題極まりない。
それらを成し得た結果に叩き出された一撃を前に『死神』の体が沈んでいく。
「――――!」
しかし土の地面に触れる寸前、彼の体は突如制止する。
意識の大半を失い、地上に来たことを後悔した彼であるが、だからといってここで捕られる事になる未来を素直に受け入れたわけではない。
子供向けの安物おもちゃが見せるような、バネを用いた不自然かつ無意味に勢いのある跳躍。
それに酷似した勢いで跳ねあがりながら足元の土を一蹴。強化された無数の砂が地上最強を超えた『史上最強』の身に襲い掛かる。
「…………ふむ」
無論その程度の反撃が史上最強たる『果て越え』ガーディア・ガルフに当たるわけがない。
直前に迫ったそれらを退屈げに見つめると体を攻撃の真横に移動させ、続けて全てを易々と掴み事なきを得る。
(ここ!)
その間を縫って『死神』が駆け出す。光遮る鬱蒼とした危機的空間から逃れるため、決死の思いで走り出し、
「私が愛するエヴァを狙った。そんな害虫を逃がすわけがないだろう」
「し、神人族たる俺が!?」
けれど最初の数歩で、再び先ほど同様の部分を今度は真上から蹴られ、強制的に意識を刈り取られる。
こうして『死神』と呼ばれる男の足掻きは、いとも容易く潰えた。
「どれほど吹き飛んだのかと思っていたが、場の様子を見るに動き出したのか。随分とタフな奴だな」
「………………そうだな。さほど力を籠めず放ったものではあったが、首裏を狙った蹴りを耐えられるとは思ってなかったよ」
「おいおい、愛しきマイダーリンの一撃を耐えたのか。地味に見かけに反して中々のやり手だったのかこいつ」
十数秒後、緊張感のない足取りでシュバルツとエヴァの二人がガーディアのもとに訪れる。
彼らの前には簀巻き状態にされた『死神』の姿があり、そのそばにある切り株で座っていたガーディアは、二人がやって来たのを目にすると、耳に当てていた端末を懐に仕舞い応答。
側にある木片を手早く集め、火を点け焚き木とした。
「一つ、気になるワードを彼は口にしていた。自分が『神人族』であると言っていたんだ」
「『神人族』!」
「ならこいつが!」
エヴァとシュヴァルツの二人は側にあった別の切り株に座るのだが、お気楽かつ緊張感のない空気は彼が口にした内容を聞き豹変。
二人が顔を強張らせ、かと思えば疑惑の視線をガーディアの足元に転がり意識を失っていた男に向けた。
「いやしかし………………随分と弱かったぞ。素質はあるが、中身が伴っていない印象を受けた」
「同感だ。とするなら思い浮かんでいる答えは一緒のはずだ」
「偽物、というか話に聞いていた奴とは別個体ということか。だがこれで半信半疑だった例の件。『おとぎ話』と思ってた内容も無視できなくなったな」
彼らが話す内容はつい最近に起きたある邂逅の際に得た情報について。
それは未だ誰にも語っていない、いやよほどのことがなければ他者に語るつもりもない事柄であったが、エヴァの言う通り、半信半疑だった状態は大きく傾いた。
「緊急の連絡? 相手は………………神教………………全世界に向けたものだと?」
「みたいだな。私にも来ている」
「というか、本当に全世界向けなら世界中の携帯端末だろ。そこまでするほどの要件が………………」
「ではどう対処するべきか?」
能力『絶対消滅』で自分達がこの場を訪れた痕跡を完璧に消し去り、ひざを突き合わせて会話を再開しようとする三人であるが、そんな中、ガーディアの持っている端末に連絡が入る。
続けてシュバルツとエヴァの持つ個人用の端末も連絡が入ったことを伝えるように揺れ出すが、
「は?」
「なんだと? ガーディア、これは………………?」
「………………………………………………」
そこに記されていた内容。それは驚くべきものであった。
「なんにせよ引き上げようぜ。これ以上ここにいたって、できる事なんざ何もないだろ」
ところ変わって桃色の空広がる楽園。その下に広がる生命生い茂る緑の大地に腰を下ろして一息ついていたギルド『ウォーグレン』一行であったが、康太の言葉を聞くと立ち上がる者達が出てくる。
「そうだな………………なぁナラストさん。知ってるかと思うんだが、俺達はルイさんとエルドラさんの依頼を受けてこの場所に来た。その内容は知っての通りだ。その上で聞きたい。残ってる不穏分子はどのくらいいる?」
「『死神』の奴を除けばほとんど残ってねぇはずだ。決定権はあいつらにあるが、このまま地上と『裏世界』の併合に関して問題はねぇはずだ。俺も異論はねぇしな」
「そうか………………」
生まれたての小鹿のような足取りで立ち上がりながら、確認を行う積。
彼はこの『裏世界』の支配者である老人の言葉を聞くと表情を緩め、しかしすぐに引き締まった顔に戻し、
「よし、ならもう一度ウェルダの力の散策だ! 危険がない事を確認次第、『ウォーグレン』に帰還する!」
直後、声を張り上げそう告げる。
すると過半数は素直に従い残る少数が渋い顔を見せ、
「そんな嫌そうな顔すんな。ちょっと周囲を探った感じ周りに怪しい影はないんだろ? ならあとは軽い周囲の探索だけだ。そこまで肩ひじ張らず、気楽にやりゃ終わりだ」
続けてそんな事を言うと、皆を先導するように歩き出す。
その口ぶりに皆を引き連れるように後ろ姿には、遺品として残され羽織っていた黒い学生服の効果も合わさり、兄である善に似た風格が漂っていた。
積のそんな姿を、各々違う思いを胸に秘めながら見つめ、
「最後の最後まで一部の隙さえ見せやしない。いいねぇ。オタクらすげぇしっかりしてるよ」
「「!!」」
かと思えば突如彼らの耳に声が届き、全員が勢いよく首をそちらに傾けた。
「お前は………………」
そこにいたのは、真っ白なスーツに同色のハンチング帽を被った一人の中年。
書道に使用する筆を連想させる金のちょび髭を生やした彼はどこか薄汚い雰囲気を醸し出しているのだが、それが生活感と清潔感が混ざったものであると優と蒼野は推理。
康太とゼオスはすぐさま強烈な敵意を飛ばし威嚇を行い、ヘルスと積が余裕の表情を浮かべる彼の一挙一動を見逃さんと意識を集中させる。
「まさか………………………………!」
目の前にいる相手は初見の相手である。それは間違いない。
けれど彼らは、目の前の相手の事を知っていた。なぜなら既に、その顔を見たことがあったのだ。
それは今から数週間前『果て越え』ガーディア・ガルフの記憶を覗いた際。
ウェルダ誕生のきっかけ。現代にいたる因縁全ての始まり。
その丸薬を渡した胡散臭い中年男性がかつてと同じ姿で、木の幹に身を預け佇んでいた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
四章前半戦も本当の本当にクライマックス。
最後に訪れるのは後に続く伏線のオンパレードです。
次回、四章前半戦完結(予定)。
最後に繰り出される驚愕の展開をお楽しみに!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




