終わりの先に 二頁目
「まったくなーにが『君達の手は煩わせない』だ。こいつ含めて三件目だぞ。真面目な声でもうそう語ったあいつの髭を引き抜いてやろうかな」
「まぁまぁ、そう苛立つなよエヴァ。実際のところすごいことだと思うぞ。千ヶ所以上で起きた奇襲まがいの行為の死者を、数えられる程度で済ませてるんだ。四大勢力連合軍を退けた奴らはよっぽどの手練れだったんだろう」
「手練れの意味を辞書で調べるべきだなシュバルツ。私やお前が小突く程度で瀕死になる奴らは『手練れ』なんて言えない」
「………………痛いところを突く」
間を置くことなく一斉に起きた全世界を対象とした奇襲攻撃。これに対する回答をルイ・A・ベルモンドを筆頭とした各勢力の首脳陣たちは見事に叩き出したと言っていいだろう。
とはいえ対処しきれない数や強敵が潜んでいる場合がごく少数ながら存在し、その対処に各勢力の腕自慢が派遣されていた。
ガーディアら三人もそのカテゴリーに所属しており、報告を受け現場に急行したというのが現状である。
「っ!」
すぐさま自身の右腕を掴む掌を振りほどくため『死神』が右腕に力を籠めるが、この時点で彼は思い知ることになる。目の前の存在が他者と比べ抜きんでた存在であると。
「あ、一応聞いておくがこいつの相手は私でいいよな? 早い者勝ちだ」
「少々引っかかりを覚えもするが………………まぁ異論はない。君に任せた」
なにせ力を込めた腕がピクリとも動かない。
上下左右は勿論、捻らせるために自身の体を僅かに捩じっても掴まれた右腕は微動だにせず、自身の全力を受けている男は、何事もないように赤煉瓦の屋根の上でくつろいでいる男と世間話をしている。
単純な膂力の差による敗北と、戦場で自分と会敵したにもかかわらず放たれている気楽な空気。
どちらも彼の人生において今まで一度も経験したことのない事態である。
「っ!」
「おっと反抗するか。ということは、後ろ暗いことありと見ていいな!」
振りほどけないならば違う手段で。
そう思い至った後の彼の行動は早い。
練度こそ低いと評価されたものの、持っている粒子の量に素質。それに出力という『技術とは関係ない点』において『神人族』たる彼は人類最高クラスである。
一切の溜めや詠唱を必要とせず、指先を少し動かしただけで行使された風の刃は、日々特訓している蒼野の放つそれよりも鋭く、
「ほぉ。このモブ顔中々やるな」
そう評価するエヴァの前で米粒のように小さな、けれど地面を深々と抉る殺傷力を秘めた鋼鉄の弾丸が指先から延々と繰り出され続け、
「おっと、はは。危ないな」
相対するシュバルツが地面を蹴り後ろへ移動。
「雷の鎌! 集う逆鱗!」
そうしてわずかながら時間を作った直後、死神が大きく仕掛ける。
掌に多量の雷属性粒子を集め、身の丈を超える巨大な鎌を瞬間精製。
柄の部分をしっかり掴むと両手を起点に一回転させ、周囲を揺らすほどの轟音と共に超圧縮した雷を刃に纏う。
「――――しゃぁ!」
それはこれまで一度たりとも形態変化を行ってこなかったこの男の初めての試みなのだが、その結果はすさまじい。
数多の戦士。それこそ並み居る『超越者』の位さえできぬ領域に易々と到達するその腕前は、『裏世界』最強を関するにふさわしいものであった。
「名も知らぬ者の中にこれほどの手練れがいたとは! これは楽しめそうだ!」
「甘い!」
『死神』の進化はそれだけにとどまらない。
自身の胴体を狙った一撃を容易に躱し、嬉々として反撃の拳を繰り出すシュバルツ。
『死神』はその動きを完璧に見切ると体を一回転させながら躱し、その際に生じたエネルギーを逃すことなく回し蹴りに上乗せし、シュバルツの脇腹へと向け解き放つ。
「おっと、これはこれは」
「見えているぞっ」
攻撃の威力はシュバルツが即座に広げたマントに九割がた吸収され、それでも残る僅かな力で巨体を浮かす。
そのままシュバルツが着地するよりも早く炎属性を圧縮したナイフを掴んで肉薄すると、一呼吸の間に千度の突きを撃ち込んでいく。
「見切った!」
「これ、は!」
それさえもシュバルツは全て捌くと、すぐさま反撃の裏拳を『死神』の胴体へ。
しかし『死神』はその一撃を予知したかのような勢いでしゃがみ、シュバルツの巨躯に見合った分厚い腕が頭部を通り抜けたのを把握すると、頭上へと向け大地の槍を突出。防御のために交差させたシュバルツの両腕を傷つけ、一歩二歩と後退させた。
(予知の類ではないよな。それならおそらく能力だから、神器の対象になる………………古賀康太のような危険察知か?)
予想だにしなかった戦況を目にしながらそう評するエヴァであるが、彼女の予想は正しい。
優れた血統、あらゆる事に精通するポテンシャルを秘めている『死神』は、先のヘルスとの戦いで初めて命の危機を実感し、その直後に新たな力を発現した。
それはまさしく康太が所持している異能『危険察知』であり、彼は今、虫の知らせのように知らされる敗北の危機に対し、考えるよりも先に動き出し、躱していた。
「………………」
そんな両者の戦いが数秒続いたところで、ふとエヴァは考える。
シュバルツにはまだ余力がある。打撃のみで神器を使わず、水属性も一切使っていないので当然だ。
だが今の彼にそれらを使う気配はなく、その結果、徐々にではあるが劣勢に陥っている。
となればあり得ざることではあるが、敗北し死ぬ可能性があるということに話は繋がる。
「……ちっ!」
援護をして早々に片付けるのが最適解なのであろうが、エヴァはこれにも躊躇する。
戦いを楽しみ始めた彼が回りからの援護を嫌うことを彼女は知っており、最悪の場合、援護と思い放った攻撃は、敵ではなくシュバルツに邪魔をされる可能性がある。
そこから敗北に繋がるとなれば最悪の未来も予期できてしまい腕は固まり、
「シュバルツ、代わろうか?」
そんな風に頭を悩ませている彼女と『死神』相手に心底楽しそうに戦うシュバルツの耳に、赤レンガの屋根の上で座っている友の声が届く。
「………………………………いやいい。こいつは私が片付けるよ」
直後、場の空気が大きく変わる。
『死神』が発していた刺々しい殺意とシュバルツの放っていた嬉々とした熱気が混ざっていた空気が、呼吸することさえ困難な重苦しいものに変貌。突然の事態に『死神』が驚きから目を見開く。
「シュバルツの一番の弱点はね」
「ガーディア!」
「私以外が相手で、仕事ではないプライベートな場で戦うと、大半の場合本気にならず腕自慢、いや遊び始めることだ。本気でやって相手が一撃で沈むのが嫌なんだろうな」
その変化はエヴァにしても意外なもので、そこまで大きく変化をした理由を、いつの間にか彼女の隣に降り立ったガーディアが説明。
「――――むん!」
(早い!)
彼らの目にしている前で、友に煽られ心を入れ替えた巨人が、これまでとは別次元の速度で拳を撃ち出し、回避する暇がないと察した死神が両手を鋼属性で硬化させた上で交差。受けきる構えを見せ、
「なっ!? ばっっっっ!? はぁ!?」
『死神』の予想が易々と砕かれる。
交差させた両腕に直撃した拳は『この程度の守りなんぞ飴細工に等しい』とでも言うように敷かれた守りを食い破り、その奥にある『死神』の胴体に直撃。そのまま耐えようとすれば天性の肉体は易々と貫かれていたはずであるが、彼は脳が上げた危険信号に従うことで地面から足を離し、後方へと吹き飛ぶことでその運命は免れた。
とはいえ、それは即死の未来を避けただけだ。
吹き飛んだ肉体は五十近い家屋を突き破ってもなお止まらず、その先にある日光を遮るほど鬱蒼とした森一番の大樹に突き刺さるまで止まらなかった。
「ば、馬鹿な………………」
この結果に対し、体内に残っていた余裕の全てを奪われた『死神』はそう呟く。
たった一度、たった一度の衝突で指先を動かすのさえ億劫になるほどの極大のダメージを負った事実に、思考が追い付かず唖然とする。
とはいえ『戦闘』ではなく『撤退』こそが最上の道であると理解した彼は、痛みを訴える己の全身に鞭打ち、小刻みに震えながらシュバルツのいる方向から背を向け、
「どこに行くつもりかね」
「!」
「任せたのは確かだが、エヴァに手を出そうとした仕返しくらいはしたいと思ってね」
そこで目にすることになる。
音どころか光さえ置き去りにして、衝突地点を完璧に見極め先回りしていた一つの影。すなわちガーディア・ガルフの姿を。
(い、いくら地上が広いとはいえ! あ、あのレベルの化け物がウロウロしているわけがない! こいつから感じる力は微塵もない! ならば残る全てを注ぎ――――――押し通る!)
『死神』の判断は素早い。
目の前の存在が放つ空気に体格。なんの変哲もない真正面からの顔面狙いの蹴り上げを目にすると、突破口を開くため腕を引き、両手に残っている十属性全ての粒子を籠手に注ぎ、貫手の構えを作り回避と共に反撃する算段を建て、
「!?」
次の瞬間、真後ろから衝撃が訪れる。
それは『死神』が既にガードをしているのを確認した『果て越え』が、振り上げた足を下し後ろに回った上で再度攻撃を仕掛けた故の結果であり、うなじを貫くような鋭い痛みを脳が認識した直後、彼は衝撃から体内に残っていた酸素全てを吐き出し、そのまま意識を手放す中で思った。
「化け物だらけの地上にちょっかいなどかけるべきではなかった」と。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ということで4章前半における最後の脱走者の末路もこれにて終了。
一話だけではありましたが、かつて蒼野達を苦しめた彼らの活躍を楽しんでいただけたのなら幸いです。
さてさて色々あった四章前半もついに終わりが見えてきました。
最後にやって来る驚きの光景をぜひご覧ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




