終わりの先に 一頁目
「お前さん………………なんでここまでの事を仕出かした」
「………………………………」
目が覚めた時、視界を埋め尽くしたのは普段見ることなどまずない桃色の空で、声と共に視界に飛び込んできたのは父の姿であった。
「親父………………生きてた、か」
「ロボット共の中に、お前さんが俺の力を隠してたおかげでな。さてはお前、この展開を読んで…………いや、今はそれより、さっきの質問に答えろ」
「………………既に言った、はずだ………………今のままの世界を、望んで、いる………………愛している、と」
発せられる声にもはや圧はなく、指一本動かない己が身。
そして首を横に向けた際に目に飛び込んできた無念の表情を浮かべる蒼野と優を前にアラン=マクダラスは理解する。
己はもうすぐ息絶えるのだと。それは避けられない結末なのだと。
「馬鹿、んなことはもう聞いてらぁ。俺が知りたいのはその一個前。『なんでそんな動機を抱いたか』だよ」
自身を見つめる肉親の顔。そこには一つの世界を背負うものが易々と見せてはならない己が胸中。すなわち苦悩の色がはっきりと浮かんでおり、そんな表情をさせてしまった事を、息子であるアラン=マクダラスは申し訳なく思う。
「………………俺はさ、父ちゃんが大好きだった。がっしりとした肩で風を切って、いろんな奴に頭下げさせながら歩く、アンタが………………大好きだった」
だからというワケではない。だが彼はその時、墓にまで持っていくつもりだった本音。あまりにも幼稚な自身のわがままを口にした。
「………………………………」
「そんな、父ちゃんが、全てを捨て、朽ち果てるのが………………嫌だった。俺が跡継ぐ姿見て、満足そうに隠居して、ほし、かった………………………………」
言葉を発するにつれ声は掠れ弱弱しいものに。視界は狭まり色彩は失せていき、全身から力が抜けていく。
その言葉と姿を見てナラスト=マクダラスは思う。「バカ息子が」と。
しかしそれを言う暇さえ残されていないことを彼は肌で感じ取っており、ゆえに喉元まで迫っていたそれらを飲み込み、別れの挨拶を口にする。
「先に行ってうまい酒を用意しておけバカ息子。あっちで会ったら肩合わせて飲もうや」
「無茶、言うな。俺は地獄行きだ。父ちゃんとは…………会えねぇ」
「………………そうだな。統治のためとはいえ千年間悪事に手を染めて、息子見殺しにした俺は大地獄行きだ。とすると、会えないかもな」
「………………………………………………………………あほぬかせ」
直後の返事に対し冗談交じりにそう呟くと、アラン=マクダラスはそう呟いた。
呆れた様子の口調の彼は、しかしそれに反し安らかな微笑みを浮かべていた。
「終わった、か」
その様子を少々離れたところで見届け、優と蒼野の二人が残る全ての粒子を捧げ一命を取り留めた積が、木の幹に背を預けながらそう呟く。
すると四人が同意するよう頷いたりあいづちを打つが、ただ一人、ヘルスだけは表情を曇らせ頬を掻いた。
「いや~そうも言ってられねぇのよな。目的が目的だったからさ、俺『死神』を仕留められなかったんだよ。だからその………………元の世界の方に、あの超危険人物を解き放っちまったわけでして…………」
そのような様子を示したことに対し、残る五人はヘルスほど心配はしていなかった。
『死神』は確かに厄介な相手だ。
しかし顔や体格などの個人情報が割れた今、それを伝えれば四大勢力のどこかがほどなくして見つけるだろう。『裏世界』に籠っており、地上の地理を知らないとなればなおさらのことだ。
となれば後は適切な相手を送れば、瞬く間に全てが終わる。五人はそう信じていたのだ。
「ハァ、ハァ! ゆ、許さん! 許さんぞぉ!」
一方地上では、ヘルスが不安要素として挙げていた『死神』が覚束ない足取りで、壁を支えにしながら歩いていた。
その身は血で濡れているのだが、これはヘルスとの戦いが理由ではない。
狂気の色で染まった声を上げた彼は、地上に来てすぐ不審人物として事情徴収を受けることになった。
がしかし、極度の混乱状態にあった彼が素直にそれに応じるだけの余裕があるわけがなく、邪魔と判断した彼らを瞬く間に殺害。追加でやって来る別勢力の猛者も蹴散らし、血に濡れたまま歩き出したのだ。
(ち、血だ。血が欲しい………………)
ヘルスの戦いに加え、殺害した相手から繰り出された攻撃の数々を受けた彼は、極度の疲労に襲われ体を重くしていた。
ただ脳はある程度正常に戻り、それにより彼は自身が得た能力の中に『血を吸うことで心身の回復を行える』能力があることを思い出す。
それを行使するために付近を彷徨っていた彼は、しかし訪れた場所が避難済みの地域であったため、誰にも会うことができず、苛立ちを募らせ続けていた。
「お、おぉ! い、いた!」
しかし、そんな時間は終わりを迎える。
月明かりが地上を照らす時間に、真っ白な壁に血の帯を描き続けた彼が、曲がり角を見つけ獲物を見つける。
金髪を膝の辺りまで垂らした自身の脇腹程度しかない相手は、顔こそ見えないものの少女であることは体つきや歩き方でわかり、『死神』は極上の得物を見つけたと舌舐めずりした。
血を吸うという経験は未知のものであったが、せっかくするのなら同性や老婆よりは、少女や美女の方がよかった。
その点において目の前の少女は顔も見ていないがふさわしい相手であると確信が持て、音を殺しながら距離を詰める。
(よし)
そのまま手が届く位置まで距離を詰めると、躊躇なく腕を伸ばし、
「おっと、そこまでだ。お前さんが連絡にあった凶悪犯だな。悪いが、そいつには手を出させん」
そこで、分厚い木の幹を連想させる腕に捕まる。
「っ!?」
慌てて振り払おうとした彼はしかし、どれだけ力を籠めようと腕の拘束が微塵も緩まぬこと、というよりも微動だにできない事に困惑し、自身を掴んだ相手へと視線を。
「そいつ、とは言葉が足りんではないか。『可憐な』とか『儚げな』という枕詞をつけろ。だからこそこいつも私を襲ったんだろうからな」
「『可憐』? 『儚げ』?」
「なんだ? 文句あるのか?」
「い、いや、ない。一ミリたりともないぞ!」
そこで目にしたのは、自身より頭三つ分以上大きな巨体で、真っ黒な髪の毛をオールバックにした白衣に似た上着を着た彼は、やや慌てた様子で返事をした。
「………………よろしい」
振り返った少女はと言えばまごうことなき美少女であったが、吊り上がった瞼と瞳孔が縦に切れた真っ赤な瞳。それに常人では持ちえない魔的な気配が漂っており、
「それよりシュバルツ」
「ん、あ、そうだな。悪いが、一緒に署まで同行してもらうぞ。心苦しい事がないなら、問題ないだろ?」
そんな二人と自分を見つめるように、息を呑むほどの美男子が、感情の読みにくい平坦な声でそう発し、シュバルツ・シャークスがエヴァ・フォーネスとガーディア・ガルフを一瞥した後、最後にしっかりと『死神』を見据え、軽い様子でそう告げた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
四章前半、ラストバトル開始です!
といってもおそらく一話か二話で終了する短さかと思うわけですが、久方ぶりの三章組、その活躍を見届けていただければ幸いです!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




