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戦の星が抱いた宿痾 二頁目


(話に聞いていた究極錬成か)


 周囲一帯を支配するような強烈な重圧が席巻し、その渦中に立つアラン=マクダラスは、これから目にすることになる原口積の全力全開に関して予期する。


 己が全てを絞り出し、その上で凄まじく難度の高い錬成を成し得ることで可能となる錬成メイカーが至る秘中の秘。

 本来なら必要な時間を古賀蒼野の能力『時間破戒』で短縮するという経緯も含め、彼はその形を知っている。


 それは間違いなく個人が単一粒子で行える最深なのであろう。当たれば今の己さえ退けられる途方もない威力なのであろう。

 だが彼はそれを恐れることはなかった。

 なぜなら彼はこれから繰り出される攻撃の形が一方向へと向け放たれる砲撃であると知っている。

 その上で、今の自分ならば他の者らに対処しながらでも躱せる自信があり、となれば脅威たりえないと断言できた。


「究極錬成――――――」


 その余裕が消えたのはすぐの事。徐々に変化していく積の右腕。その形を認識しての事である。


「殺戮の獣掌ジェノサイドマテリアライズ


 彼の知る通りであれば、究極錬成により生成されるのは灰色の肉塊からなる三角錐と、それに反する輝きを放つ天使の羽と輪っかのはずであった。


 だが、今彼の前で展開された形は違う。

 積自身の体を包み込めるサイズまで巨大化した右腕は色こそ同じ情報と同じ灰色であるが、竜人族の掌をより一層凶悪にしたような姿をしており、その上から数多の鋼鉄の棘が生えている。


 情報に聞いた砲身にはあった歪な神々しさなどまるでない。

 『野蛮』『暴力』という言葉をそのまま形にしたものが、彼の視界を埋めていた。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 続けて耳を突いたのは、顔の右半分を右腕同様凶悪な怪獣に変化させた原口積の、人というよりは獣の咆哮であり、その勢いに乗せ、究極錬成により変化した右腕は振り抜かれる。


「ッッッッ!!」


 その一撃をもって、アラン=マクダラスは知ることになる。

 ゼオスと蒼野の二人が捨て身の時間稼ぎをした結果得た力。その真価を。


(形は違えど、今の俺と同系統の力か)


 積の振り抜いた右腕は、アラン=マクダラスに届く遥か前に不意抜かれた。

 その振り抜きにより爪からは巨大な灰色の三日月が五つ撃ち出され、宙に残っていた黒い氷結晶を蹴散らしながら、アラン=マクダラスの肉体を食い破るために迫る。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「チッ」


 それを躱した直後、彼は目を見開いた。

 ほんの一瞬目を離した隙に、原口積が既に目と鼻の先に迫っていたのだ。


「命がけはそちらも同じか」


 これまで目にすることのなかったゼオス・ハザードにも届きうる身体能力。


 まさしくそれは原口積という一つの個が別の何かに変わりつつあることの証明であり、刀の隙間を抜けた斬撃は、アラン=マクダラスの装着する黒い鎧を大きく揺らした。


「だが俺には届かん」

「っ」


 それでもなお、趨勢はアラン=マクダラスに傾いている。

 目と口から血を垂らし、肉体が徐々に作り替わる不快感に必死に耐えても、ウェルダの力を得たアラン=マクダラスには届かない。

 たとえ黒い氷結晶を怪獣の腕が生み出す三日月で弾きアラン=マクダラス本体に届こうとも、体の芯を揺らすには至らない。最後の一打にはなり得ない。

 結局のところ、アラン=マクダラス優勢から変わりはしないのだ。


「………………直接ぶつける必要がある、ということか」

「安心しろよ積。そこに届かせるために、俺達がいるんだからな!」


 その状況を覆すために、蒼野が草原を駆ける。

 逆側からはゼオスが迫り、アラン=マクダラスの邪魔をする。


「――――――!!」

「うぉ!」

「……ウェルダの力とはここまでのものか!」


 そこまでしても、今のアラン=マクダラスには届かない。

 たったの一振りで三人を纏めてはじき飛ばす。


「こ、こまで来て!」

「!」

「負けてられるかってんだぁぁぁぁぁぁ!!」


 否、急激な肉体の変貌により、自身の重量を著しく増加させた積だけはその場に踏みとどまり、弾かれた右腕に力を籠め直し、殴りかかる。


「そうか原口積。お前が、お前こそが」

「あぁ?」

「俺が超えなければならない壁か!」


 その一撃を刀で真正面から受けながら、もはや語ることは何もないと口にしたアラン=マクダラスが口にする。

 ここに至りようやく掴んだ明確なビジョン。

 自身が立ち向かう『新時代を求める意志』。その尖兵にして巨大な壁が目の前の若者なのであると。


 するとその直後から攻撃の勢いが増す。

 鎧の隙間から自身の命の源である赤を漏らすことさえ意識の外に置き、最終奥義を使った蒼野とゼオスの二人の接近を数秒で捌いて弾き、残る積へと攻撃を叩き込む。


 その勢い烈火の如く


 積が決定的な一撃を叩き込むため突き出した怪獣の腕が、時を経るごとに原型を失っていく。

 親指、人差し指、小指、そこまでが尋常ではない意志の籠った斬撃により吹き飛び、


「――――散れ」


 手首を、その奥にある首を切り落とすという確固たる目的を定め、地を揺らす踏み込みと共に、アラン=マクダラスが決死の一撃を撃ち出した。


「積!」

「!」


 その思惑を砕いたもの。


 それはたった一発の銃弾。


 左腕を犠牲に撃ち出された、康太が行使できる正真正銘最後の一撃であり、僅かな拮抗の末に、アラン=マクダラスの腕が真上へと持ち上げられた。


「うぉぉおぉぉぉぉぉっ!」


 がら空きになった胴体を、人としての限界を迎えかけていた積がまっすぐに見つめる。

 続けてほんの一瞬前に行われた仕返しとでも言うよう、地を揺らす勢いで一歩踏み込み、真後ろへと引いた怪獣の腕を、黒い鎧へと向け迫らせる。


「――――――――――!!」

「う、嘘だろ!」

「アラン=マクダラスの方が早い!?」


 そんな積の必死の抵抗すら、ウェルダの力を得たアラン=マクダラスは真正面から捻じ伏せる。

 真上へとかちあげられた際の衝撃などものともせず、積が腕を振り抜くより早く、手にした神器を真下にある頭部へと振り下ろす。


(間に合わねぇ!)


 その一手により、この戦いの結果を当事者、すなわち積も理解してしまった。

 あと少し、ほんの一秒時間が稼げさえすれば、勝てるという確信が彼にはあった。

 だが、足りない。

 その一秒がどうしても足りない。


 時間の流れは徐々に遅くなり、しかし体の動きは元のまま、彼の意志など構うことなく、過去の記憶が脳裏を駆け巡る。


 生まれてすぐの事から兄である善の陰に隠れていた幼少期。


 父と母、いや全てを失った大火災と病室で目を覚ました直後の決意。


 それからの数年にもわたる『夢』を追う日々。


 ギルド『ウォーグレン』での時間。すなわち兄と再会し、分かれるまでの日々。


 そして、今に至るまでの軌跡。


 それらが勢いよく脳の中を駆け巡り、現実と空想の境目が曖昧になり、目前に迫った死の瞬間を前に、精神が屈服し頭を垂れかけたその瞬間、


 ――――――――――――――――アラン


 声が、聞こえた。

 遠く、遠く、地平線の彼方から木霊するようなその声は、しかし実際には目の届く範囲から発せられたもので、彼方へと旅立とうとしていた積の魂は、耳に入ったたった三文字の言葉により帰還。


「……………………親父」


 その一方で声の主、すなわち血だらけながらも迫る機兵全てを退けたナラスト=マクダラスの姿を前に、積と対峙するアラン=マクダラスは制止し、空虚な声を零し、


「ッッ」

「!?」


 積が、動く。

 ついに生まれた一瞬の隙、それを活かすために。

 無論それに気づかぬほどアラン=マクダラスは愚かではなく、己がしでかした失敗を埋めるため、更なる速度で腕を振り下ろし、


「俺の勝ちだ」


 勝敗が決する。


 ウェルダの力により強化された身体能力と神器。

 その二つは狙っていた頭部を砕くことはできなかった。

 しかしそれを防ぐために掲げられた右腕。究極錬成により生まれた怪獣の腕の手首から先を斬り飛ばした。


 こうして、積が生み出した切り札は潰えた。


「いや、それは違うな」


 それでも彼は安堵した。

 ギリギリで間に合ったゆえに。


「天使の喇叭エンジェルソング

「こ、れはっ!?」


 直後にアラン=マクダラスが目にしたのは、断ち切った腕がドロドロに溶け、灰色の液体へと変貌する光景で、大量の粘度を備えた灰色の液体はそのままアラン=マクダラスの全身を包み込む。

 まさしくそれは、先の戦いで苦しめられ続けた積の新たな力『輪廻巡鉄』の効果であり、彼はここで思い至る。


 最初から最後まで、彼は足元に敷いた液体を厄介視していた。それが『輪廻巡鉄』の起点であると考えていたゆえである。


 だが、それは思い違いだったのではないか?

 なぜならそもそもの話として、地を濡らす液体は原口積の体から零れ落ちたものであり、


「俺の切り札は――――――最初からずっとこっちだよ」


 そこまで思考が巡ったところで彼は目にするのだ。

 残っていた左腕が、灰色の肉により形成された三角錐の砲身へと変わる光景を。

 担い手である積の頭部に、天使の輪っかが浮かんでいる様子を。


「オ、オォォォォォォォォォォ!!!!!!」


 咆哮をあげたアラン=マクダラスは、すぐさま拘束を解こうと画策するが時すでに遅し。

 変形を終え、担い手から必要最低限のエネルギーを吸い出した切っ先部分が開くと、眩い光が発射部分に集積し、


「ブチマケロォォォォォォォォォォォォォ!!」


 裏返った声と共に吐き出された光が、黒い鎧を飲み込んだ。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


少々荒々しい、勢い重視の展開となってしまった気もしますが、少々長く続いた四章前半のクライマックスもこれにて終了! ここまでお付き合いいただいたことに本当に感謝です!


ついでにこちらで二つの究極錬成について説明してしまいますと、

『殺戮の獣掌』は広範囲を巻き込めるリーチに三日月の遠距離斬撃。身体能力の強化に傾けた形態。

『天使の喇叭』はたった一撃に全てを捧げる形態と言ったところです。

フィニッシャーとして使うなら後者。それ以外なら前者の方が便利です。どっちも命の危機を迎えることに変わりはありませんがね。


次回からはエピローグ。

そして少年少女の物語の集大成。衝撃から始まる四章後半戦へ突入します!

もうしばらくのあいだ、お付き合いいただければ幸いです。


それではまた次回、ぜひご覧ください!





 

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