寄せ集め達のブルース
桃色の空の彼方へ、バークバク・G・ゼノンだった粒子が昇っていく。
灰色の、薄汚れた光。
きっとそれは、単一で見るのなら綺麗な物としては映らないだろう。
だが桃色の空へと向け昇っていき、溶け、儚く散り行く風景は幻想的で、最後までその様子を見届けた蒼野は『美しい』と思った。
「終わったわね」
「……………ああ」
隣に立つ優の声には自分と同じ感想を抱いている事がわかる『色』があり、同調するように頷く。
「ふぅ、何とか守りきれた………………………いやぁ疲れた! けどみんな無事でよかった!」
二人から少し離れた位置にいるヘルスは側にある木に背を預け、蓄積していた疲労をそのまま吐き出すかのように息を吐る。
となれば残る三人についてだが、彼らの様子は他三人とは違う。
「そのまま消滅してるなら問題ないんだがな。そうじゃない可能性も考えなくちゃいけねぇ。悪いが手伝ってくれ」
「…………承知した」
彼らの脳裏によぎるのは此度の戦いの火種となった原因。
ウェルダの力についてだ。
通常ならばわざわざ考える必要のない事柄だ。
力を体内に吸収した老人は原点回帰により跡形もなく消え去った。とすればその者が持っている『力』も消え去るのが当然の帰結だ。
しかし彼らは情報として知っているのだ。
奪われた力が虹色の球体として吐き出されることを。タイミング次第では、まだ周囲に転がっている可能性が存在することさえも。
もちろん蒼野の原点回帰に飲み込まれ消えた可能性は大いにある。
だがそうでないなら周辺に落ちているはずで、これを見落として帰った場合のリスクを見過ごすことはできず、側にいた康太とゼオスと共に積は捜索に移っていた。
彼らのこの選択、最後まで気を抜かず可能性を潰していく姿勢は素直に賞賛できることであろう。
「……………………」
「おいお前! その手に持ってるのはっ!?」
だが実に残念な事に彼らは運がなかった。
世界の今後を左右しかねる強大過ぎる力の塊。その行く先は、彼らの掌ではなかったのだ。
「手を離すんだ。今の戦いを見ていれば、それが余人には扱えないものだとわかるはずだ」
「…………………………」
「聞いているのか――――――アラン=マクダラス!」
積が声を張り上げた先にいる人物。ウェルダの力である虹色の球体を掴む存在。
それは先ほどの戦いで自身が打倒したマクダラスファミリーの若頭であり、傷の処置を何一つとしてしていない行っていない様子の彼は、今にも崩れ落ちそうなほど体を揺らしている。
「今の戦いを見てないとしても、お前ほどの男なら感覚でわかるはずだ。手にしてるそれは、死に至る引き金だ。だがまだ引き返せるんだ。死にたくないならそれを渡せ!」
青白い顔をしている彼の意識は朧気なのか反応が乏しく、しかし積が喉を傷める勢いで荒々しい叫びをあげれば、胡乱げに視線を動かした。
「…………………………」
「わからねぇな。死ぬって言ってるんだ。なのになぜ手を離さない?」
ただじっと積を見つめるアラン=マクダラス。彼は積が今しがた口にした内容を聞くと、重く閉じられていた口を開いた。
「死にたくはないさ。だから俺は、こうやって世界に戦いを挑んだ」
「なんだと?」
発せられる声は空虚だ。感情というものが感じられない。
しかし積はそれを、何かを隠しているゆえの取り繕いであるとは思わなかった。
どちらかと言えば意識が朦朧としている故であると感じ、今こうして話しているだけでも、アラン=マクダラスにとっては命を削る行為なのだと断定した。
「俺達は皆、居場所を奪われた者達。いや、これから奪われることが決まっている者達だった」
「奪われることが決まっている者達?」
「平和な世界に至れば、武器職人の集いは最大の顧客を失う。それを避けるためにガマバトラは俺達に手を貸した。妖怪と言われる老人バークバク・G・ゼノンは今に至るまで多くを失った。その上で努力の結晶である機動兵器の開発権まで奪われる未来が決まっていた。エクスディン=コルと『死神』は雇われの身だが、少なくともエクスディン=コルは先の世界を望んではいなかったようだ」
だというのに男は語る。今、こうして動機を語ることこそ至上の命題であると伝えるよう口を動かす。
「そして俺達は地下に築いた千年帝国全てを失う。その見返りが、これまで『裏世界』を維持した功績をたたえた空虚な勲章に、表立って発表されることのないささやか過ぎる立場だ。原口積、お前はこれをどう捉える?」
「……………………」
「俺は、認めない。そんな結末は断固拒否する」
その果てに繰り出された言葉に、積は何も言い返せなかった。
なぜなら納得してしまった。
自分たちが築き上げる平和な世界。それは大勢の人間にとって間違いなく魅力的なものだろう。
だがその裏では涙を流す者が間違いなく存在し、そんな者達がこちらを指差し怨嗟の言葉を吐き出すのは当然の権利であると認めてしまったのだ。
「わかるか原口積。そうなれば俺達は死んだも同然なんだよ」
実のところ、積は最初から引っかかっていた。
マクダラスファミリーの構成員は数十万にも昇り、鋼鉄が如き団結力により今という時まで運営されていた。
そんな組織を束ねる長であるナラスト=マクダラスは、千年ものあいだその座を誰にも譲らず、一つの世界を統治し続けた傑物だ。
アラン=マクダラスとて相応の風格を備えているが、纏う空気の厚さはやはり幾分か劣るし、部下からの支持にも差がある。
そんな男から多くの離反者が出た理由を積はずっと考えていたが、今になりようやく理解できた。
彼らは誇りを抱いていたのだ。どのような形であれ『今』という形を愛していたのだ。
それを突然奪われると知ったゆえに死に物狂いで足掻いた。
ただそれだけ。誰でも持ちうる当たり前の理由なのだ。
「だから足掻くんだ…………たとえ待ち受ける結末が死だとしても…………最後の時まで必死にっ」
言葉を発するたびに、男の体に力が戻るのがわかる。
その顔には何物にも動じぬ鉄面皮は存在せず、目の前のどうしようもない現実に抗うための執念と情熱が宿り、その意志に従うように腕を動かす。
「――――――!」
「正直に言おう…………アンタの気持ちに同意しちまってる自分がいる………………同情さえ、してるよ」
「……………………同感だな」
「だけどこれも仕事なんでな。悪く思うな」
とここで、耳を突く銃声が木霊する。
更に言えば先ほどまで側にいたゼオスの姿は消えており、気が付いた時にはアラン=マクダラスの背後を奪い漆黒の剣を振り下ろしていた。
「俺も馬鹿じゃない。お前たちがそうやって動くことは十分予想できてたことだ」
「「!!」」
「だから――――実のところ既に同化は済んでいる」
彼らは己の眼で目にすることになる。
心臓を撃ち抜いたはずの弾丸が意味を成さず大地に伏し、振り抜かれた斬撃は胴体に届かず阻まれた結果を。
「俺は俺の選んだ道を征く。邪魔をする悉くを――――」
直後、世界が揺れその発生源である血だらけ傷だらけの男に大きな変化が訪れる。
手にしていた虹色の球体は漆黒の黒い靄へと変化し、肉体と一体化するのではなく全身を囲うかのように変化。薄く伸びると実体化し、鎧として宿主であるアラン=マクダラスの全身を覆い隠す。
「積! これは!」
「蒼野か。見ての通り、かなりまずい状況だ」
ミレニアムの黄金の鎧と比べるとややスマートな、防御力だけでなく機動力にも意識を向けたその鎧は首から下を瞬く間に包み込み、頭部を守るように鳥のトサカを付けたような兜が。瞳にはバイザーが張り付けられ、
「俺は撃ち滅ぼす」
もはやそれ以上の言葉は必要ないと、口を守るようにマスクが装着される。
「………………神器にまで纏うのか」
積達にとって意外だったのは変化がアラン=マクダラスの全身に留まらなかったことであり、手にしている刀にまで黒い靄はまとわりつくと、肉体を守る物と同様に具現化。元の長さを遥かに超える、シュバルツの持つ人斬り包丁を連想させる、三メートル近い長刀へと変貌。
「――――――」
「は!?」
「早ぇ!?」
次いでその動きにも変化が訪れる。
埒外の性能を持つ康太の異能『危険察知』。それが反応した瞬間には既に目の前に移動しており、回避する暇も与えず、手にした長刀が振り抜かれる。
「……下がれ康太」
「ゼオス!」
だが二人、突然の事態に追いついた者がいた。
一人は身体能力が神器により超絶強化されたゼオスであり、康太とアラン=マクダラスのあいだに割り込むと、振り抜かれた一撃を防ぐために剣を構え、
「ここは退くんだ康太君!」
もう一人。神の雷を会得したことでこのメンバーの中で一番早く動けたヘルスは、長刀のリーチから二人を掴んでから離れる余裕はないと悟ると、守りはゼオスに任せ、康太の胴を掴んでリーチの外に出ようと画策。
直後に漆黒の剣と、禍々しい黒い靄を帯びた長刀は衝突し、
「なっ!?」
「にぃ!?」
異形の結果が示される。
ゼオスは確かに振り抜かれた刃を防いだ。しかしそれで攻撃は終わりではなかった。
刃の衝突と共に接触部の周囲数メートルを包むように黒い氷の結晶が咲き乱れ、それに触れたゼオスと康太、それにヘルスの全身を切り刻んだ。
アラン=マクダラスの所持する神器の能力が進化したのだ。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
というワケでホントのホントに四章前半ラストバトル開幕。
ミレニアムにウェルダときて、流石に野生の獣と狂気の妖怪がラストでは締まらないですわな。
とはいえ既に何度も描写した通り、両者とも満身創痍が極まっており、様子見段階などありません。
最初から最後までフルスロットルの対決。繰り出される数々の奥の手をご覧ください!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




