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慟哭のピリオド 一頁目


「風! 刃!」


 駆け出すのと同時に切れ味を極端に落とした剣が地面を擦り、張り上げられた声に合わせ振り上げられる。

 それにより生じたのは明滅する火花。そして不可視の刃であり、目標へと向けまっすぐ伸びていく。


「ッッッッ」

「避けられた! だがあの動きは!」

「……見てから避けた、という動きではないな。危険を察知し本能に従っていち早く動いた。野生動物が見せるものだ」

「そうかい。ならその動きに合わせて照準を微調整すりゃ全て…………」


 その斬撃を比喩ではなく本当の意味で『妖怪』と化したバークバク・G・ゼノンが躱し、その姿を見届け、蒼野とゼオス。それに最後尾で銃を構える康太が推測を建て、


「来るぞ!」

「俺が対処する。お前らはあいつに向かえ」


 その途中で康太の脳が警報を鳴らす。

 それに従い体を右に傾ければ蠅程度の小さな虫が人を飲み込めるサイズの塊になるほど密集して集まっており、康太が銃を向けるよりも早く、積が康太から渡された鋼属性の箱を利用し鋼属性粒子を増幅。強固な鉄の壁を形成し、虫たちの進軍を阻む。


「なにっ!?」


 事態に変化が訪れたのは直後の事。

 分厚い鉄の壁にぶつかった大量の蠅は、しかしそこで止まることなくさらに進む。


「にゃろう。ならこれでどうだ!」


 強烈な熱により障害を溶かしているといち早く気が付いたのは、この場にいる誰よりも優れた反射神経を備えていたヘルスで、撃ち出した神の雷が鋼鉄の壁ごと蠅たちを粉々に砕く。


「数だけでも面倒だったが、ありゃウェルダの炎を一部とはいえ宿してんな。水や鋼、氷や木の守りは全部消し飛ばすぞ!」

「厄介だな。まぁそれなら俺があれの対処うぉ!?」


 康太とヘルスの視線が目前の『死の塊』に注がれ、直後に二人の頭部が勢いよく地面に引き寄せられる。


「あぶね…………いや、何でもない」

「…………蠅はヘルス・アラモードに全て任せろ。お前は全体を見渡し危機を感じ取れ」


 勢いよく首を持ち上げ文句を口にしようと口を開きかけた康太は、けれどすぐに事態を理解した。

 自分とヘルスの頭を斬り裂くために、鋭利な刃物と化したバークバク・G・ゼノンの腕が振り抜かれており、その余波が彼方へととんでいっていたのだ。


「…………ちっ」


 反撃をするために前に飛び出ようとするゼオスであるが、けれど前進することはできなかった。

 前に出るより一歩早く、バークバク・G・ゼノンが背後へと下がりゼオスの射程から逃れたのだ。


「悪い。少し逃した!」

「原点回帰!」


 そうしている間にもバークバク・G・ゼノンは大量の蠅を関節部から吐き出し、ヘルスが雷で対処しきれない分を蒼野が急いで補うと、それにより新たに生まれた僅かな隙を縫うように接近し鎌を振り抜き、それを誰かが対処し反撃に転じようとするとすぐさま後退。結果的に積達の疲労だけが溜まっていく。


「ヒットアンドアウェイを延々と繰り返されてる感じだな!」

「めんど! くさいなぁ!」


 攻撃の圧は時を経るごとに増していき、積達の肉体に生傷が増えていく。

 幸い今のところは致命傷を負わない程度であるのだが、それがいつまで続くかはわからない。


「こんの野郎! いつまでこんなことを…………っ」

「ギャハハハハ。コノ程度! シンジダイの炎ハタダノロウソク!」


 先の見えない展開に歯噛みし康太が悪態を吐き出すのだが、不意に彼らの耳に届く音の質が変わる。

 雑音染みた声の中に嘲笑と侮蔑、いうなればバークバク・G・ゼノンの意志が混ざり始めたのだ。


「あぁ? 何言ってやがるコノヤロウ。随分とご満悦のようだがな、今使ってる力はお前さんのじゃなくてウェルダの力だ。しかもクソにも劣る使い方だ。俺の義兄弟は優しいからヒットアンドアウェイなんてお上品な言い方をしてやがるがな、オレからすりゃお前のこれはただのチキン戦法だ! 技術なんかじゃねぇ。ただ野生の勘に任せて半自動的に動いてるだけ…………あぶねぇなオイ!」


 苛立ちを募らせた康太が負けじと反論すればお返しとばかりに鎌が迫り、回避と共に撃ち出した弾丸が枯れ木のような上半身の脇腹を掠めるが、欠損した分は瞬く補填されていく。


「……お前の言っている事に間違いはない。だが頭に血を昇らせるな。追い詰められてるのは確かだ」

「だからこそ、オレはなおさら腹が立ってるんだがな!」


 その光景を見届け、いや見届けるよりも遥かに早く、実に残念な事に彼らは気づいていた。このままでは自分たちは勝てないと。

 理由は単純。彼らに残された粒子があまりにも少ないのだ。


 蒼野と優はジコンと人々を救うために既にかなりの量の粒子を注いでおり、康太はアサシン=シャドウの相手をする過程で少ない粒子を消費。ゼオスに至っては死力を尽くしてエクスディン=コルを打倒したのだ。

 積とヘルスの二人に関してもそれは変わらない。ゼオス同様に各々前に立ち塞がった障害を全力を注いで打倒した。

 その上で残っていた粒子も先ほどまで戦っていた暴威の塊たる獣に投じた。

 つまり今の彼らに残されているのは残り滓というにふさわしい残量の粒子で、急いで現場に赴いたため、粒子を回復するためのアイテムの類もないのだ。


「なぁ積君…………」

「いや、むしろよくやった康太。お前のおかげで突破口が見えた」


 『今の自分達では勝ち越せない相手だが、この程度ならば各勢力の長で十分に対処できる』


 そう断じたヘルスが自分たちをここまで導いた鍵を握り提案を行おうとするが、それに重なるように積の声が他の者達の耳に入る。


「どういうことだ?」

「考えてみろ。今の今までバークバクは完全に攻撃を躱してた」

「そうね。それが厄介って話よね」

「なのに今、あいつは致命傷に至ってはいないが脇腹に銃弾を食らった。これをどう思う?」

「い、言われてみれば」

「それもそうだな」


 迷いなく、はっきりと断言する積。振り返ってみれば確かにその通りであり、優と蒼野の二人が僅かにだが動揺すると頭を回転させ始め、


「……………………煽りの類が利くという事か」

「理性のブレーキが壊れてるんだろうな。だからガキみたいにあっさりと挑発に乗って来た。この習性を利用したら、デカい一撃を与えられる隙ができるはずだ。もちろんこれは俺の勝手な予想で、命を預けるに値しないと言われたらそれまでなんだが…………」

「いやいいと思うぜ積君! このまま戦っても勝ちの目はないんだ。ならちょいとした賭けをするのは大いにありだ!」


 乗っかかるように鍵を再び懐の奥にしまったヘルスが言いきり、口火を切った彼の意見に反論する者は誰もいない。


「となればどんな内容があいつの意識を引けるかってことになるんだが」

「どんな内容でもいいだろ。いや、オレの言葉にあんだけ素早く反応したってことは正論の方が利くのか?」

「…………もしくはただの悪口もありかもしれん」


 会話している間も更なる圧を放つ蠅の群衆。それを紙一重で躱しながら彼らは会話を続け、口にする内容を決めたところで四方八方へと移動。


「どれだけオレらを追い詰めようとなぁ、そりゃ全部ウェルダの力だ! お前個人はただのヨボヨボのジジイだ!」

「…………無能」

「頼みの蠅共も、俺がいりゃ全部撃ち落とせる! となりゃ意味なんて何もねぇ!」


 康太が、ゼオスが、ヘルスが、思い思いの言葉を吐き出していく。


「キ、貴様ぁ!」

「オレ狙いか。いいねぇ。単独でならいくらでも避けられるからな」


 その中で最も強く反応したのは康太の言葉で、攻撃の勢いがそちらに大きく傾倒。

 しかしまだだ。まだ完璧な効果とは言えない。

 その証拠に関節部分から無限に湧き出る蠅たちの狙いは康太だけに絞られておらず、ヘルスやゼオスは未だに致命打を与えられず、近づくことさえ困難な状況だ。


「…………」


 そんな中で積が思案する。康太の煽り以上に意識を向けさせる言葉があるとすれば何か。

 自身の身に迫る大群を躱しながら頭を捻り、


「ヨワイ! ヨワイ! この程度! コノテイド! お主ラナド! ワシノアシモトニモ及ばん!」

「…………お前、ひょっとして」


 狂気に堕ちた老兵が嬉々とした甲高い声を上げる中、積は静かに紡ぐのだ。


「誰かに見て欲しかっただけなのか? それだけのために、これだけのことを?」


 バークバク・G・ゼノン。千年という時を生きた怪物の深窓に続く扉を開く鍵を。






ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


バークバク戦開始。といっても今回の戦いはかなり早く、おそらく次回で終わるかと。

さてさて四章前半戦もそろそろ終結。その結果彼らが得る結果、最後に見る景色とは。

そして四章の後半戦とは?


ここから少年少女の迎える最後の結末に向け、大きく動いていきます!


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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