災禍の種火 一頁目
「おーしお前ら準備はできたか!」
「昨日はしっかり休ませてもらったし、万全よ善さん」
「すんませんッス。もう少しだけいいッスか? 今日はちょっと寒そうだから、上着持ってきます」
善が指示を出してから一夜が過ぎた。
外を見れば僅かな雲が空を覆うだけの晴天で、心地よい………というよりは少々肌寒い風が彼らのいる森を席巻しており、落ち葉が空を舞うのを確認し康太は自身の部屋に戻った。
「………………はい」
そうして康太が足早に部屋に戻っていくと、すれ違いざまに少々具合の悪そうな様子の蒼野がリビングに顔を出した。
「どうした蒼野。顔が青いぞ?」
「いや緊張して眠れなくて」
「緊張? 興奮じゃなくて? どうしてよ?」
蒼野が見せている様子を見るに何かに怯えている様子なのだが、そうなる理由は誰にもわからなかった。
なので優が疑問を口にすると、蒼野は瞼の奥の瞳を僅かに揺らした。
「いやゲイルの話だと六大貴族の長達ってのは、ゲイルの父親を返り討ちにして、かなりきつい制裁を与えた人たちなんだろ。そう考えるとそのだな……恐ろしい存在なんだろうなぁって」
「言いたいことは分かるんだけど、あんた貴族衆の長の顔って知らないの?」
「し、知らない」
怯える様子の蒼野に対し、呆れた様子で頭を掻く優。
そんな彼女の肩を善は叩き、蒼野を擁護する。
「まあそれも仕方がねぇだろ。表立って顔を出すのはシロバくらいだ。ワイドショーやらニュースやらで見るとなるとオリバーのおっさん辺りも出てそうだが、他の奴らはちょっとなぁ」
「とりあえずあの猿が来たら行きましょ善さん。一度見てもらった方が分かりやすいわ」
しかしそこで止まってしまっては仕事に行けない。
そこで緊張で足が震える蒼野を優が支え、康太が戻ってきたところでゼオスの能力で移動。
「うし、ついたな。んじゃ、合流地点まで移動するぞ」
「善さん。あれって」
寂れた石造りの教会の前に飛び出てそこから周囲を見渡すと、遠くの方で煙が上がっているのを蒼野が見つけ指を差した。
「あれか」
前もって伝えられていた合図を目にして、さほど焦った様子もなく善が先頭で歩いて行き雑木林の前に出ると、人が立ち入るために舗装された道を見つけ中へと足を踏み入れる。
「なぁ」
「ん、なに?」
善が先頭を歩き康太にゼオスと続き、最後尾をワインレッドの上着を着こんだ蒼野とクリーム色のカーディガンを羽織った優が歩いていると、隣を歩く優に蒼野が尋ねた。
「優はダイダスさんがどんな人なのか知っているのか?」
周囲に気を配っている他の面々の意識を逸らさぬよう、周りに聞こえない程度の小さな声でしゃべる内容は、蒼野が心に引っかかっていた出来事だ。
「そうね。こうして依頼でしっかり会うのは初めてだけど、貴族衆関連の仕事で多少目にしたことはあったし、噂程度で聞いた事はあるわ」
「印象とか……もっと端的に言うと、悪い人じゃ無さそうだったか?」
「ああ、そういうこと」
蒼野に聞かれかつて出会った印象を思いだす優。
「まあそんなしっかり話したことがないから絶対、とまでは言えないんだけど」
「言えないんだけど?」
「少し話した印象だとそんな悪い人には思えなかっったわ」
「そ、そうか」
彼女の噂を聞く限り、Dの家系の長、ダイダス・D・ロータスは然程悪い人物であるとは思えなかった。
それを聞き、安堵から胸を撫で下ろす蒼野。
「ただ」
「た、ただ?」
しかし彼女は正直に答えただけでは面白みがないと考え、悪戯心から怪しげな声を発しで目を細め蒼野をじっと見た。
「ちょっとばかし見た目が怖いかも」
「と、いうと」
静かに、しかし意地の悪い笑みを隠しきれていない少女の姿に、蒼野が半歩下がる。
「見た目が、大きめの丸い目に先端が尖ってる高い鼻。それにちょっとずんぐりむっくりとしたあの体系は、魔女を連想させるのよね」
「ま、魔女」
そう言われ蒼野が連想するのは昔シスターが童話で話していた悪い魔女の姿だが、それを思い浮かべたところで口から笑いがこぼれた。
「ちょ、怯えた後に何でいきなり笑うのよ」
「いや、ちょっと想像して見たら面白くてな。今優が言った姿って昔シスターが話してた魔女みたいでさ」
「それで?」
「それを考えたところでなんか馬鹿らしくなったんだ。物語の中の人物なんて、そうそういないだろうにってさ」
そして一度笑ってしまえば、緊張は自然とほぐれ笑みが連続で零れる。
「もう。つまんなーい」
その様子を目にした優が両手を首の後ろに持って行き、不平を口に漏らす。
それから雑木林を歩くこと数分後、左右を覆っていた木々が消え、広場のような空間に出る。
「善さん、あそこにいる人」
辺りを見渡した康太が目にした人物を指差す。
「ああ。あれが今回の依頼人だ」
「どれどれ、どれだけ優の言ってた人物像に似てるのか、な……え?」
持ちなおした気分で最後尾から善の前に出た蒼野。その顔が凍りつく。
彼の目に映ったのは切り株の上に腰を下ろす老婆の姿。
手には何らかの動物の腕を鉄の棒に刺した状態でジロリと眺めており、加えて彼女の前には、ぐつぐつ沸騰した黄色い液体の入っている鍋がある。
「なんだいあんた。あたしゃ見せものじゃないよ」
その状態で、女性にしては低い声を発し、ジロリと蒼野を睨む老婆。
それら全てを頭で処理したところで胸が締め付けられ頭がクラクラする蒼野だが、
「っ!」
渾身の力で床を踏みこみ意識を失うという事態だけは回避した。
「おお、耐えた!」
「甘く見てもらっちゃ困るな康太。ここ数ヶ月どれだけ俺の心臓がいじめられたと思ってる。この程度ではもう倒れないさ」
「……負担?」
「わけのわからん狂戦士から始まってパペットマスター。アイビスさんやらゲゼルさんとの遭遇に他多数。極めつけはお前だお前! それだけのショックを受け続ければ、流石に耐性も付けられるさ」
「…………目の前にいるのは貴族衆最高位の一角だぞ」
ゼオスの聞こえにくい小さな声を聞き、蒼野が振り返りギリギリと歯を鳴らしながら恨みがましそうな表情をする。
「やめろ! 無駄に俺の心臓をいじめるな! 寿命が縮む!」
「ちょいちょいあんたら。いきなり来て騒がしいじゃないかい」
胸に手を置き必死に気絶せぬよう耐える様子の蒼野。
そんな様子を不審に思い切り株から立ち上がった老婆が顔を歪ませ膝を突いた。
「え、えと……どうかしましたか?」
「こ、腰が!」
「優」
「はいっ!」
腰を叩き痛みを和らげようとする老婆に近づき回復を行う優に、心臓を抑え必死に耐える蒼野。
なんだこのおかしな空間は
今回の初遭遇を慎重に進めようと思っていた善がその光景を前にため息を吐いた。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ということでダイダス・D・ロータスとの初遭遇回でございます。
もうちょっと先まで行けるかなと思ったのですが、区切りがいいのでこの辺で。
さて彼女の姿について言及していたのですが、異世界の物語なので例に使うわけにはいきませんでしたが、もっとわかりやすい表現を使うなら千と千尋のハウルの動く城の老人ソフィーを思い浮かべていただけるといいかと。
まあ性格はかなり違い、肝っ玉お母さんを超えた領域にいる人物ですが。
それではまた明日、よろしくお願いします




